パープルーム常設展へ 2 | なんでやねん

なんでやねん

ぼちぼち

前回からの続き。自分でも書きながら「ゴミみたいな文章だな」と思いながら、ゴミはゴミなりに最後まで書き切るかと、覚悟決めて書き切ると。そうすることで、外から批判なり情報なりが寄せられて、新しく物を知ることもあるだろうと。

 

梅津庸一インタビューより

「それが今の作家の、私小説的でゆるふわな感受性を形成しているんです。 一方で、会田誠さんが絵を制度批判の道具に使えるのは、受験生時代にそういった中途半端な『絵心』を注入されていない世代だからです。」

 

梅津さんは、1980年代に受験した会田誠世代の受験絵画を肯定して、2000年代に受験した梅津さん世代の受験絵画を否定する。理由は絵を制度批判の道具として使えてないから。

 

作家として世に出たとき、ソーシャリー・エンゲージド・アートのような、社会問題を取り扱った作風を要求される場合もある。ドクメンタでは、ドキュメンタリー系の社会派映像作家が集められる。パープルームTVの”やまひょう”さんを招いた回で梅津さんはオラファー・エリアソンを現代美術系彫刻家として絶賛するのですが、オラファー・エリアソンも環境問題を取り扱った作風で、視覚的に美しい作品を作ると同時に、社会問題に対する発言や実践がともなっていて、それが高い評価につながっている作家でもあります。

 

 

 

2000年代の受験絵画だと、大人達から入れ知恵されていない、子供らしいのびのびした絵、社会や自分が所属する集団に疑問も持たず、親から与えられた環境に対する圧倒的な肯定感・満足感、親に対する感謝などが伝わってくる天才子役的な子供らしさが求められる。大学側の意図としては、受験テクニックを学ぶ環境が無い地方の現役生を合格させるための受験システムだが、現実的には東京の美大受験予備校に通わないと合格できないような、人工的な子供らしさが要求される。

 

受験時に要求された技術が、社会に出て作家として活動するときに邪魔になる。天才子役の子供らしいしゃべり方や演技が、大人に成って、大人の役者として演技をする時に邪魔になるのと似た環境が、美術の世界にもある。

 

2000年代の受験絵画を否定した梅津さんが、パープルームTVなどで、パープルーム生達に、子供らしい演技を要求しているように見える。わきもとさきさんに対して、ツイッターやギャラリー内での接客で、語尾に「なり」を付けるようキャラ付けをする。キテレツ大百科のコロ助が語尾に「なり」を付けて話したのがルーツで、ある種の子供らしさの表現として「なり」という役割語を付ける。

 

00年代の受験絵画の技術が、美大を卒業して作家として活動した時にマイナスに働くのか?梅津さんの好きな作家の一人、ピーター・ドイグを見ると、エンジンバラ→トリニダード・トバゴ共和国→カナダという出自で、有色人種・黒人が、丸太をくりぬいて作った木の船に乗って、ジャングルの奥地にいる絵を描いている。ポストコロニアルなテイストがそこにあって、白人にとっての目新しい途上国の風景で、ドイグ自身、トリニダード・トバゴ共和国出身だから、文化的搾取と批判されることもない。

 

00年代受験で要求された、素朴な子供らしさ、高等教育を受けていない、作画技術よりも人柄の良さが前に出る感じと、ポストコロニアルで要求される前近代的な作風は、かなり近いと思われる。原住民目線のポストコロニアルは、植民地時代の宗主国を批判する、政治的作風だが、先進国に住む白人目線で求められるポストコロニアルは、大自然に住む原住民が、大自然に住む原住民を描いた作品で、世界に対する肯定感に満ちてなくてはいけない。

 

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前出の梅津インタビュー2つ目の質問の5行目

「自分の私小説的リアリティーの限界も感じていました。僕ひとりでは、世界系の飛躍をつくれなくなってしまったのです。」

 

ここで言う「世界系」は「セカイ系」の誤字だと思われる。セカイ系とは主人公の半径2mの生活世界と、大文字の世界が、中間項(社会)をはさむことなく、つながってしまうタイプの物語だ。中間項である社会、司法・立法・行政、選挙での投票行動や政治活動など、個人と世界をつなぐ論理が失われて、「僕とあの娘が結ばれたら、世界は救われる」とか「あの娘と破局したら、この世の終わりだ」といった物語だ。主人公の多くは中学生高校生で、社会の仕組みを知らない未成熟な思春期の妄想を扱っている。

 

梅津さんの言っていることは、セカイ系への飛躍を作れない、セカイ系から社会だけでなく、大文字の世界も消えた、半径2mの生活世界から出られなくなった、という話です。これはセカイ系の後に出てきた、日常系空気系と呼ばれる、宇野常寛的な世界観です。幼くてカワイイ女の子たちが複数出てきて、たわいもない雑談をする、ゆるふわな世界観は、パープルームのユーチューブ動画、パープルームTVという形で作品に成っています。

 

空気系の特徴としては明確な物語が無く、主人公が目標に向かって努力することもなく、カワイイキャラクターのカワイイ日常が繰り返される。不景気になると広告業界で3B(美人・赤ちゃん・小動物/ビューティ・ベイビー・ビースト)が流行ると言いますが、そういうことです。ユーチューブで、子猫やリスや赤ちゃんや美人の、何気ない日常を映した動画を見て、癒される。赤ちゃんが、初めて寝返りできるようになりました、初めて離乳食を食べます、初めてつかまり立ちしました。赤ちゃんの何気ない日常に癒される。そこに社会問題(戦争・差別・貧困)や環境問題(公害・地球温暖化・食糧難)を考える要素はない。

 

今回展示にうかがって梅津さんに「パープルーム/parplumeは何をやろうとしているのか?」を聞きました。美術予備校・美大・受験絵画・genronカオスラウンジの新芸術校卒展など、色々な物を批判する中で、それらに代わるより良い物としてパープルームを提示しているわけで、他との差別化をどう図っているのか?

 

「批判をすることで注目を集めることが出来る。批判する相手とも人間関係は築いていて、裏では仲良くやっているから大丈夫だ」

「美術予備校や美大とは全然違う。うちは成果を出している。現に作品が売れている」

「目標を言語化するとレッテルを貼られる。目標を達成したら解散するのかと言われる。続けていくから目標は言わない」

「青春、学園をやりたい」

例えば、ドラゴンボールであれば、ドラゴンボールを7つ集めるという目的があって、それを軸に物語が進むじゃないですか?という質問に対して、

「ドラゴンボールだって、集めるだけではなくて、違うことをやってる回もあるじゃないですか。わき道にそれたり、遠回りしたりといったディティールを描きたい」

「美術業界にはすごくヒエラルキーがあって、厳しい縦社会だから、下から上に文句は言えない。でも、うちはそういうのはない。Aさんなんて、すごく偉いから普通は物言えないけど、うちは平気で文句言えるよな」とアランさんに言って、アランさんが「はい」と元気に答える。

 

パープルームが、初期は予備校や大学を名乗っていて、美術予備校や美大と競合しているから「美術予備校ダメですね」「美大ダメですね」と言って、注目浴びてお客さんを集めるのは良いとして。具体的に、予備校や美大のどこがダメで、対案として、うちではこういうシステムにしていますという提案が無きゃダメだと思う。ただまあ、話を聞いている限り、美術予備校や美大は、生徒を作家としてプロモーション(宣伝)してくれないが、うちは売り出していくよということなのかなぁと思う。

 

だとすると競合するのはコマーシャルギャラリーに成るわけで、そことの差別化をどう図るのか?になるが、大手コマーシャルギャラリー所属の梅津さんは、そこは批判しない。競合他社として、美術予備校や美大を批判したなら、その業種内での教育システムの違いを語るべきでは?と思う。

 

私が期待した回答は、例えばシャドーボックス展という公募展がある。奥行きのある額縁の中に半立体の絵を作って展示するシャドーボックスというジャンルの公募展で、油絵や日本画や彫刻と違って、他に半立体専門の公募展が日本にはないから、差別化は図れていると思う。「他は平面か立体ですが、うちは半立体ですよ」と言われれば、なるほどと納得する。注目集めるために、競合他社を批判しただけで、具体的な論点がないなら、それは批判でなく悪口でしかない。

 

ヒエラルキーの話で、違和感を感じたのが、梅津さん(1982年生まれ)がアランさん(1991年生まれ)に、「Aさん(1990年生まれ)に文句を言えるよな?」と言って、アランさんが「はい」と元気よく答えた場面。Aさんはパープルームの外部の美術業界人ですが、縦社会なのであれば、梅津さんは8歳下のAさんに文句は言えるでしょう。梅津さんに「言えるよな?」と言われたアランさんも「はい」と答えるしかないのでは。

 

ヒエラルキーは年齢だけで決まるのではなく、学歴や所属ギャラリーの規模なども影響しますが、Aさんは東京の美術系私立大学の学部卒で、院には行っていない。大手コマーシャルギャラリーに所属しているわけでもない。アノマリー/ANOMALYという大手ギャラリーに所属している梅津さんとの比較で言えば、典型的な弱者にしか見えない。

 

ヒエラルキーで言えば、元パープルーム生で、「あま」さんがいて、疑似家族的な共同生活を営むパープルーム内で、先輩であるアランさんと同居をしていた。同居ということは、バイトで部屋を出る時以外は24時間顔を合わせるわけです。同じ部屋に住むアランさんから「あま」さんは(1996年生まれ)、「おなたろう」と呼ばれていた。

 

>あま @bokuama

搬入完了しました。

2016-05-08 15:45:29

 

アラン @alanmiura91

おなたろうの個展は、さすがの実力不足で、非常につまらないものになりそうです。特に作家活動をできている人、真面目に美術に接している人からしたら「なんだ…?こいつ……?」としか思わないでしょう。僕もそうです。 

2016-05-08 15:55:20

 

アラン @alanmiura91

ただ、美術全体で見た時におなたろう的な終わっている人も少なからず存在していることは否定できません。 そういう人を美術はどこまで受け入れることができるのか?という器の大きさを問う重要な展示になると思います。

2016-05-08 15:55:46

 

まとめより

あま @bokuama

冷静に考えて「おなたろう」ってすごくないですか?

2016-09-12 20:06:41

 

同居人から「おなたろう」と呼ばれるのは中々の縦社会だと感じる。普段顔をあわせない総理大臣とか大統領とか社長・会長・校長との間に、多少のヒエラルキーがあってもストレスは少ないが、24時間顔を合わせるルームシェアしている先輩との関係性は、強いストレスを生み出す。

 

「新芸術校の成果展は外部から偉い人を呼んで評価させる。それだと既存の美大とかと同じだから。うちらは違う」

 

と梅津さんは言うが、権威やヒエラルキーに対してのストレスはどちら方が強いのか?講師や審査員が黒瀬陽平さん一人だと、一種類の判断基準が絶対化されるが、複数の講師や審査員が入ることで、判断基準や価値観を相対化できる。パープルームが、住み込みで24時間師匠と共にいる厳格な徒弟制度だとすると、通いで複数の講師がいて、特定の人間が絶対化されないシステムに成っているのは、むしろ新芸術校側なのではないか。

 

「教える―教わる」という縦のヒエラルキー、教育をセックスに例えたのが「梅津庸一展 未遂の花粉」のプレスリリースです。

 

「展覧会タイトルの『花粉』とは、梅津にとって芸術家が別の芸術家に様式や感性の影響を与える際の媒介物を意味します。この『花粉』は既存の枠組みや時代の隔たりを越えてふわふわと漂い、思いもかけぬ形で実を結びます。梅津の絵画作品と愛知県美術館所蔵の近代洋画を共に並置することで、美術史の中を縦横無尽に飛散する『花粉』の存在を浮かび上がらせ、その行き着く先を共に見つめることができればと思います。」

 

「芸術家が別の芸術家に様式や感性の影響を与える」=教育する際の、媒介物として「花粉」=精子・セックスを持ってくる。自らの裸体画を展示し、若い女性を集めて、画塾を開く。

設定がヤバすぎて映画化できそうな気がする。

 

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今回のパープルーム常設展の個別の作品に、絵心のないど素人がコメントをすると

 

梅津さんの絵画は、新型コロナを踏まえて、ゾウリムシの顕微鏡写真みたいな絵でした。

絵画における写実(リアリズム)は、写真から絵を起こしたものを指すとして、

顕微鏡写真だなと。

 

同じく顕微鏡写真をモチーフにしているであろう浦川大志さんのと比べたときに

浦川さんはレーザー式の3D顕微鏡写真をモチーフにしていると感じる。

顕微鏡の発明が1590年、世界で一番初めに発見された病原菌、コレラ菌の発見が1854-84年といったときに、

平面的なゾウリムシ系の顕微鏡写真をモチーフにした絵画は、いささか古いのではないか。

 

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安藤裕美さんの作品も写実(=写真から起こした絵)の典型で、サーモグラフィ的な色彩を手描きのストロークで描いている感じ。レンズの歪みが四角い画面の四つ角に出て伸びる。岡崎乾二郎の「抽象の力」で、写真の長時間露光から抽象画が生まれる過程を書いているが、一見抽象画風に見えるが、カメラからの派生だと意味で写実の人だと思う。

 

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ゲーム作家のアラン(三浦阿藍)さんの作品は、不安定な正三角形の台座に、離れた位置から人形を投げて、三角形の中に上手く乗ればOK、落ちたら失敗というグラグラゲームの一種でした。

三角形の枠から、はみ出して落ちたら負けだというルール設定が、保守的であり、工芸的であり、近代美術的であり、伝統芸能的なのではないだろうか。前衛や現代美術を名乗るなら、既存の枠組み・価値観の外側に、自らを投企して、外の枠組みに接続していくべきではないか。枠の中に留まることが勝ちであるというルール設定に、アランさんの無意識や世界観が表れている。

 

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シエニーチュアンさんの作品は、自動筆記を用いて描かれた絵画だと説明されている。アンドレ・ブルトンが1919年に編み出したシュールレアリズム的技法を用いて、制作に偶然性の要素を入れることで、既存の価値観、既存の美学から外れた作品を作ったということなのだろう。

 

偶然性を取り入れた作品にしては、キャンバスの布や木枠や絵具といった画材が、既存の洋画家並みに高価な画材に描いているのが気になった。単純に、そこそこ良いキャンバスを使うと、画材代だけで1枚五千円ぐらいの値段に成ると思う。そのぐらいの金額を投資して制作するとなると、良い作品に仕上げて売って、制作費を回収しなくてはいけなくなる。

 

本来、偶然性を取り入れて、既存の価値観から外れた変な物を作るのなら、失敗して良い覚悟で、安い紙に大量に描くべきだ。何百枚何千枚の無秩序・偶然の中から、良さそうな物を選ぶ作業が入る。選ぶのが作家なのか顧客なのかギャラリストなのかサイコロなのかでまた変わるが、選ぶ側の価値観がそこで反映されて、偶然からは一歩退く。とわいえ、ドロッピングやマーブリングのような偶然性作品で、一枚のみ提示されるのと、百枚二百枚の中から客が自ら厳選して選んだものでは、結果同じ作品を選んだとしても納得度が違う。

 

2014年のブリヂストン美術館のウィレム・デ・クーニング展で、新聞紙をセロテープでつないで大きな紙にして、そこに子供の落書きみたいな絵を乱雑に描いて、だだっ広い倉庫に何千枚の落書きを保存していることろへ、デ・クーニングのギャラリストが来て、何千枚に目を通して、「これと、これと、これ」と言って、数枚を買い上げていく記録を見ると、変な説得力がある。

極端に安い画材で絵を描くと、打率を下げられるし、冒険が出来る。

 

極端に高い画材には、極端に高い画材の良さはあるし、作り手の意図によって、選ぶ画材も変わるだろうけど、「偶然性を取り入れた」を売りにした作品で、そこそこの高級画材を使って、一作のみの展示だと、偶然性の意味が薄まる。大量の没作品・試作品の中から、その一作が作家によって選ばれたとすれば、そこには作家の価値観や必然が示されている。観賞者にとって大量の偶然性の中から、自分が選んだ作品との偶然の出会いみたいなものは生まれない。

 

ポートフォリオやネタ帳を置いて、その中で大量の没作品を見せるとか、偶然性によって枠からはみ出してしまったものを、枠内に収めようと作家が右往左往する過程を見せるとか、偶然をより可視化する見せ方はあったように思う。

 

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わきもとさきさん。コロナでバイト先の深夜営業が無くなり、深夜番だったわきもとさんが、リストラされた。そのバイト先の制服の丈を合わせる時に切った端切れ部分を使ったコラージュで、洗濯をしただけでなく、5回も、わきさんと一緒にお風呂に入った布を使ったコラージュ。

地下アイドルが風呂の残り湯をペットボトルに入れてネット販売するみたいな話は、「きこうでんみさ」が、20年近く前に、TVの企画でやっていたなぁ。検索すると、最近だとバナナ・モンキーズというグループがやっているらしい。

 

自分が知っている中で一番ヤバい物を持ってきて展示するという、チンポムの天才ハイスクール的なテイストか?地下アイドルという意味ではPIPを思い出すなぁ。

 

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パープルームの美大批判(学費が高い・画家を輩出していない)に対して、ベタな反論・問題提起をすると。大学は教育機関であるだけでなく、研究機関でもあって、学費の一部は教授(教育者兼研究者)の研究費に当てられます。パープルームが大学の代用品となるには、研究も出来ていなければいけません。日本の大学の学者がやる研究(非理系)の多くは、欧米の学術書や学術論文の翻訳翻案です。

 

日本は明治期に一度、外国文化を大量に輸入して、その後、第二次大戦の敗戦時にもう一度、大量に外国文化を輸入しています。美術に関して言えば、明治期に入ってきたのが近代美術・写実主義で、第二次大戦敗戦時に入ってきたのが、現代美術・フォルマリズム~ネオポップです。梅津さんのラファエル・コラン~黒田清輝、安藤さんのナビ派(1888~1899年)、どちらも明治期の文化で、近代美術です。

 

梅津さんも表象文化論学会第13回研究発表会に顔を出されているので、釈迦に説法ですが、学会で集まって、研究論文を発表して、年に1回か4回か12回か学会誌を発行します。1945年の敗戦以後も、75年も経っているので、定期的に海外の学術書を翻訳して、国内の学説をバージョンアップします。そういう界隈の方は、日本未邦訳のこんな最新の学説を知っているぜ!というマウントの取り合いがあって、新しければ新しいほど良いし、月刊や週刊ペースで新しい学説が欲しい状態なのですが、西洋文化の輸入が明治(1868年~)で止まっているのは、さすがにアップデートしなさすぎだろうと。

 

布施琳太郎氏による安藤裕美論「パァ~(プルーム/スペクティブ)--構想ある構想画のために」(pdfファイル)を見ても、安藤さんの絵画を語る上での参照項がセザンヌ(1839~1906年)やモネ(1840~1926年)であって、明治時代(1868~1912年)から精々大正時代(1912~1926年)の枠内です。

 

夏目漱石は明治政府の公費で海外留学をした最初の民間人だったのですが、1900~1902年にかけてイギリス留学をして、トリストラム・シャンディ(1759~1767年出版)を日本に初めて紹介し、ウィリアム・グレイグの下でシェイクスピア(1592~1613年に活躍)を学んだ。留学時期から計算しても200~300年さかのぼって英文学を研究しています。

 

明治の文明開化で西洋文化を大量に輸入した時、たまたまその時期に、ほんの十年ほど西洋で流行っていた文化を、西洋における普遍的な文化だと勘違いして輸入した例は、多くあって、日本で流行した自然主義文学(ゾライズム)も、その一例です。その誤りを訂正する意味で、明治から数百年分さかのぼって西洋文化を輸入したり、現在に対してアップデートしたりして、明治の一時期に西洋で流行った文化を相対化し、数百年単位の長い視野での歴史に置き換えるのが、研究者の基本姿勢です。明治期の西洋文化、ラファエル・コランやナビ派に留まっているのは、伝統芸能的で工芸的な姿勢であって、現代美術とは別ジャンルに見えます。 3へ

 

岡崎乾二郎:芸術教育とは何か