「堺まち歩き」実施概要(第1回、第2回、第3回)はこちらから
第2回 堺の町屋歴史館(鉄砲鍛冶屋敷、打ち刃物鍛錬所、山口家住宅)・妙国寺
☆修験道道場・清学院(河口慧海が学んだ寺子屋・有形登録文化財) 詳しくは こちらから

「山伏清学院」の名前で、元禄2年(1689)「堺大絵図」に記され、修験道の寺院として歴史を持っています。また、江戸後期から明治初期にかけては「清光堂」の名で寺子屋としても使われていました。北旅篭町で生まれ、日本人で初めてヒマラヤ山脈を超えチベットに入った河口慧海もここで学んでいました。
南海本線 七道駅前銅像
☆旧鉄砲鍛冶屋敷 井上関右衛門居宅 詳しくはこちらから

江戸時代から続く鉄砲鍛冶井上関右衛門の居宅兼作業場兼店舗。町家建築として最古の部類に属し、鉄砲の生産現場など鉄砲鍛冶屋敷の面影を残す唯一のものとして市の指定有形文化財になっています。
鉄砲の制作工程 詳しくはこちらから )
(出所:堺市自転車博物館サイクルセンター展示より

☆水野鍛錬所 詳しくはこちらから

鞴(ふいご)のある古い工房が現役活動している庖丁・日本刀鍛造工房。
明治5年(1872年)創業の日本刀・庖丁を鍛える工房です。戦後の法隆寺の大改修の時、国宝五重塔九輪の四方にかかっている「魔除け鎌」を鍛造し昭和27年(1952年)に奉納しました。
「魔除け鎌」は200~300年に一度かけかえられるとのことですが、1300年前のものも含まれる法隆寺の古釘を集めて作られています、この「魔除け鎌」と心柱の釘が店内で実際に手にもつことが出来ます。
また、全日本学生相撲選手権優勝者に贈られる日本刀の鍛刀もしており、元横綱輪
島関や元大関朝潮関なども持っておられます。
☆山口家住宅(有形登録文化財) 詳しくはこちらから

山口家住宅の主屋(おもや)は、慶長20年(1615)の大坂夏の陣の戦火により市街地が全焼した直後に建てられた、国内でも現存する数少ない江戸時代初期の町家のひとつとして重要文化財に指定されています。

☆日蓮宗本山 廣普山 妙國寺 詳しくはこちらから
正親町天皇の永禄年間(1558~1570年)に、当時四国の阿波より兵を起こして畿内を支配していた三好四兄弟の一人である三好義賢(実休)が、仏教を深く信奉して開山となられた日珖上人に帰依し、大蘇鉄を含む東西3兆南北5丁の敷地と寺領5百石を寄進しました。

慶応4年(1868)2月、堺で起きた土佐藩士とフランス兵との衝突、幕府没落と明治維新政府樹立の狭間で起きた事件で「堺事件」と呼ばれています。
<引用資料> 「廣普山 妙国寺 案内パンフレット」
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前田秀一 プロフィール