気付く人 -3ページ目

フリーダム、キングダム、黒部ダム

長らく放置の末、お久しぶりの更新です。


旧年中は当ブログにご訪問いただきありがとうございました。


本年もよろしくお願いいたします☆



デザインも巡り巡ってシンプルな感じに落ち着きました。


アートは自分の内側を表現したりしますが、僕の場合はブログデザインでそれをやっているようです(笑)



で、なぜこういうタイトルなのか。


それは人間の本質を表現したかったからです。


「自由とは何か?」


これは多くの方が抱く疑問ではないでしょうか。


あくまでも個人的意見ですが、自由とは全てだと思っています。


働く自由、働かない自由。


遊ぶ自由、遊ばない自由。


縛られる自由、縛られない自由。


考える自由、考えない自由。


決める自由、決めない自由。


つまり人間は全て自由の元に生きているというのが僕の見解です。


「~しなければならない」「~すべきだ」というものは実は存在せず、「~したい」のみが存在していると思っています。


「そんなこと言っても、自分では縛られることを望んでいないのに私は縛られている!」と思っている方。


それは実は自分の無意識がそれを望んでいる可能性があります。


例えば「自分で判断したくないから他人の判断に委ねたい」とか。



本来、人間の魂には何の制限もないはずなのです。


僕自身、それがわかってからは世の中に出回っている成功哲学や自己啓発に興味がなくなりました。


なぜなら「あなたには制限がない」と言いつつ、「成功するためにはこうしなければなりません。」「こうすべきです。」と制限しまくっているという矛盾に気付いたからです(笑)



また、僕は以前とあるネットワークビジネスに誘われて、携わろうとした時期もありました。


「経済的自由と時間的自由と仲間が手に入る」という甘い言葉に乗せられて(笑)


でも、そこもやはり「そのためにはこうしなければならない」「こうすべきだ」という制限まみれだったのです。


自分の意志とは違うところで、「君のためだから」とがんじがらめにされていく感じでした。


結局それも自分が本当に望んでいる自由ではないと気付き、数ヶ月で大した活動もせず辞めました。



今思えば、それも自分自身の中にある制限が他人を通して表れたのだと思います。


成功するにはどうしなければならないのか、幸せになるにはどうすべきなのか。


自分自身がそういう考えに支配されていたんですね。



人生に正解はありません。


あるとすれば、その時その瞬間に自分の感じた事が正解ではないかと思います。


人生、行き当たりばったり。


人生、楽しんだ者勝ち。略して人生、楽勝。



誰かのためではなく、自分のために自分の人生を最高に楽しむ。


必要な事、物、人は必要な時に完璧なタイミングで現れます。


だから自分の欲求に素直に、自分を信じて、一つの事に執着せず柔軟に。


何かを手に入れるために何かを手放す。


両手いっぱいに物を持っていたら、それ以上持てませんしね(笑)


その結果として最後に残ったものが、自分にとって本当に必要なものなのだろうと思います。


そう考えられるようになってからは僕自身何かを失うことが怖くなくなりました。


冒頭にも書いたように、ブログのデザインがシンプルになったのは、余分なものを捨て始めた自分の内面が表れているからですね☆



タイトルについてもすごくシンプルになりましたし。


「由」には「物事が起こった理由」という意味があります。


つまり、永遠らが物事の理になる」ということを表現しているのです^^


ただしこれはあくまでも僕の独り言であり、この考え方を押し付ける気は全くないので、鵜呑みにしないでくださいね!



さて、皆さんにとっての自由とは何ですか?