家に着くと母がいない。
家は真っ暗。

当たり前のことなのに。
今まで当たり前の様にあった生活はもう戻ってこない。

まだ子どもは帰ってなかった。

仏壇の前に座ってお線香を灯す。
報告しているうちに声を上げて泣いていた。
ここではじめて全部理解出来たのかもしれない。

しばらくすると子どもが帰ってきた。

部屋の電気もつけず、仏壇の前に崩れるように座っている無表情の私を見て

心底驚いていた。

そんな子どもを見て笑えた。
大丈夫!笑える!

それからバタバタと家の事をこなし
子どもに全て話した。

後悔しないように行動したい。
協力してほしい。
あなたも後悔しないように。

いつになく真剣な顔で聞いてた。

父からメールがきた。
いつからそんなに悪かったのかと。
今日聞いたばかりだと言ったのに…
取り乱してるんだろう。
当然だ。
同じ市内に住んでいるようで
すぐにお見舞いに行くと返信が。よかった。

主人が帰ってきた。
子どもと同じ話をした。
泣かれてしまった。
子どもも私もみんなで泣いた。
そして目を合わせて皆で笑った。

笑って過ごそう。
泣いて過ごしても、もう事実はかわらない。だったら笑った方がいいに決まってる。
みんな同じ気持ちでよかった。

家族がいてよかったと思った日だった。

病院から出た私は、無の状態だった。
言葉がみつからないが
呆然としているってことなのかもしれない。

駅前のカフェに入った。
子どもが帰ってくる時間までに家にいたいが、このまま家に帰りたくなかった。


コーヒーを飲みながら
父にメールを送った。

ただ、数年連絡をとっていなかったので、このアドレスで届くのかわからない。


・母がガンで余命わずかなこと
・今の状況
・会いに行ってあげて欲しいこと
母のことを任されていたのに、
私がついていながらごめん。
の言葉で締めくくった。


読み返していたら
涙があふれてきた。


【私がついていながらごめん】


この一言が全てだ。
父にも、母にも申し訳ない気持ちで一杯だった。

一度出てしまった涙は止められなかった。
怪しまれていたと思うがコントロールできない。


涙がおさまった頃、店を後にした。


街はクリスマス一色。
すれ違う人が皆幸せそうに見えた。

私と母と同じような年齢の親子とすれ違う度に切なくなる。昨年は一緒に買い物に来てたのになー


娘は昨日、母がガンかもって言っていた場にいた。家に帰ってから
「絶対内緒にしないで。全部話して。」
と言われていた。
私もそのつもりだった。

長くないとわかった今、尚更その思いは強かった。
ただ、どう伝えるか。
思春期の子にはどういう影響を与えるか、でも包み隠さず話さないと、彼女が後々後悔することになる。

帰り道はその事で頭が一杯だった。
そんな事を考えているうちに
母が起きた。

「先生なんだって?」

「やっぱりガンだって。
膵臓にガンがあって、周りの血管とか神経とかも転移してる。肝臓にも沢山転移してるって。」

「お母さん手術したくない」

「手術はしないって。今度ね胃から膵臓とかに内視鏡で針刺して組織とって詳しく検査するみたいだよ。胃カメラ飲むのと変わらないくらい痛くないって。」

「よかったぁ。胃は?」

「胃は何も無くてきれいだったって。背中と腰が痛いのも胃が痛いのも吐くのも、膵臓が押しちゃってるから痛かったんだって。痛いのはガンの痛みで、とりあえず痛みを取るのが先だって。」

手術がないと聞いて、本当にホッとした表情になった母。でも手術しない=長くないと思っただろうか。

「もうね、痛くないの。すっごく眠いんだ。」

「そっか、寝れるならよかったね。
検査終わったら抗がん剤で治療しましょって。膵臓は無理だけど、肝臓にあるやつが小さくなるかもしれないし、抗がん剤もね、膵臓のは私達が思ってるようにすごくつらかったりしないみたいなの。2回目からは通院でも平気なんだって。合間に旅行に行けたりする人もいるらしいよ。」

抗がん剤と聞いて、渋い顔をした。
テレビで何度も壮絶な人達を見てるから。

「あとどれくらい生きられるのかな。」

「わからないって。ただ長くはない。肝臓の悪化が早ければ肝不全になっちゃってすぐにでも、あとは数週間とか、数ヶ月とかだって。人にもよるし、抗がん剤の効き具合にもよるから。」

「チビ(孫)の本番見に行けるかな。(3月にある部活)。」

「行けるよー」

ちょっと涙ぐみながら
「犬飼いたかったなー。チビと旅行行きたかったなー。」

「飼おう!行こう!」

声震えなかったかな…もう胸が一杯だった。

私の子供が小さい時、家には犬がいた。
亡くなった後は金銭的な問題と、時間的な問題で飼ってなかった。
なぜか夏頃から犬飼いたいなぁってずっと言ってた。

犬がいたら具合悪いなんて言ってる暇もないねーなんて笑ってた。

だから、子供の成績が下がってなかったら飼おう。飼うにしてもちょっと涼しくなってからじゃないと可哀想だし…なんて話してた。

もっと早く行動起こせばよかった。
無理してでも飼ってあげればよかった。

「最期はまた痛くなったり苦しんだりするのかな」

「旅行行って入院してきて元気だったのに昏睡状態になって1週間くらいで亡くなったり、本人意識なく痛みとかもないんだけど暴言吐いたり暴れたりしてやっぱり1週間くらいで亡くなったりする人もいるらしい。」

「暴れたり暴言吐いたりするのはイヤだな…」

「そうだね」

「病院に洗濯機が無くて、洗濯できないの。悪いけど汚れ物持って帰ってくれる?」

「もちろん。これから毎日来るから、洗濯物の心配なんてしなくていいよ。」

「毎日なんてこなくていいよ。大変だし。」

「なんと言われても来るから。連絡した方がいい人いる?お父さんとか、兄弟とか、友達とか。」

父とは15年くらい前に離婚していた。
でも関係は良好。
年に数回はメールでやりとりしていた。

兄弟は2人いた。
1人は2年前に亡くなっている。

「お父さんには連絡しといて。あとはしなくていい。友達には内緒にしといて。」

「わかった。お父さんには連絡しとく。」

「おばあちゃんには、お母さん具合悪いから来れないとだけいうから。週末にでも顔だしてくるよ。」

祖母は95歳。健在。
とっても元気で一昨年まで同居していたが、本人の強い希望があり今は家庭的な雰囲気の施設にいる。

「うん。そうして。お腹すいたの(笑)アイス食べたい。」

「夕食から食べていいってよ(笑)飲み物買っといたから取りあえずそれで我慢して。アイスは明日食べよう!買ってくるから。」

まだまだ眠そうな母。

「少し寝な。今日は帰るけど、また明日来るから欲しい物あったらメールして。」

「うん。無理しないでね。」

「また明日ね。」

カーテンを締める寸前
寂しそうな顔をしていた。
いたたまれない気持ちのまま病院を出た。

残された時間が少ないなら
私は笑って過ごそうと思う。

まだ涙は出てこない。