2005年になって3週間後と数日後に彼は戻って来た。イギリス経由で戻って来た彼の荷物が無くなってしまい、イギリスで2、3日足止めを食らったらしい。


2月になって、シカゴに来ていた妹夫婦。なんだか、夫婦仲がうまくいっていなくて彼は激怒。彼は、義理の弟が大嫌いだ。

妹を夫の元になんて置いておけない。だけど、彼はアメリカのビザを持っていなかったのですぐに連れ戻すなんてできない。だけれど、向こうの文化プラス、一番下でもともと箱入りの妹は英語は出来ても、お兄ちゃんとしては世間知らずの彼女を放っておく事なんてできない。彼は、シカゴに居る友人に頼んで妹を連れに行ってもらい空港まで送り届けてくれるように頼んだようだ。

丁度、その時彼の彼女は、卒業旅行で2、3週間のヨーロッパ旅行中。自分は、まだ会社に入って間もないので、私に早退して妹を迎えに行って欲しいと頼んできた。。なんて、勝手なんだ。。結局、私が上司になんて言い訳しようかとずっとうじうじ考えてたので、彼自身が自分で迎えに行った。そして、その週末、私に妹を会わせたいというので、彼のアパートまで会いに行って一緒に出かけた。なんだかわからないけれど、妹とはすぐに打ち解けて仲よくなった。彼は、妹にまで彼女と一緒に住んでることを隠していて、どうやら彼女に旅行に行く前にあまりにも女性らしい物は、片付けるように言ってたようだ。 もともと殺風景で特に何もない彼のアパート、そして彼のアパートはトロントから離れた小さなハミルトンにあること、寒くて暗いこっちの冬とか様々な理由で、

妹は家に居てお兄ちゃんが帰ってくるのだけ待ってるのに退屈して大変だったみたいだった。彼は、妹に離婚してほしくてたまらないようだった。そして、ある日、彼は出勤するのに妹を荷物みたいに連れてきた。かといって、妹は会社に入れるわけでもなく。。。妹は、会社の下の地下街でずっと座ってまっていて。。心配だったから、私と彼と交代で1時間おきに彼女の様子を見にいって、何かあった時にと、私の携帯電話を妹に持たせて、私と彼のオフィスの電話番号も渡しておいた。ランチも、彼と交代でとって、1時間ずつ彼女と過ごして。。私は彼女の買い物とかつきあってあげて。。米ドルしかもってない彼女に、私は、お店での両替のレートはよくないからと言って、彼女が欲しがってた口紅と、ネックレスを買ってあげた。”お兄ちゃんには内緒ね。”と、妹に言った。妹をてなづけてるとか思われたくなかったから。。本当に、彼女の事、いい子だって思ったから。。


妹は10日ほどカナダに居たから、時間を見て彼の家まで行って妹の相手、そして妹の話の相談、兄妹の喧嘩の仲介をしてた。

私には、兄弟はいないし、もともと人が争うのを見ているのはすごく辛い性分なので、私はただただ、妹にお兄ちゃんと楽しく過ごして欲しい一心だった。結局その時は、お兄ちゃんの一方的な行動で妹はパキスタンに送り返されてました。妹のだんなさまは、シカゴにでてきて自分の力だめしをどうやらしたかったみたいで、お兄ちゃんとしては力だめしをやるのは勝手だけれど、自分の妹は巻き込むな。というのが、彼の考えらしかった。彼の言うように、妹の旦那さんは海外に出てきた事がないので、こっちで生活するのがどれだけ大変かなんて分かってないみたいだったし。。。パキスタンにいれば、妹が退屈する事も、危険な目にあう可能性も低い。というのも、いつも誰か家族が彼女の傍ににるから。。


結局、今回の妹騒動は、シカゴからトロントまでのチケット2往復分(実は、妹、カナダ滞在中にシカゴに置いてきた旦那さまの元に一度4日ほど戻ってた。そして、また喧嘩して戻って来たわけで)、そしてトロントとパキスタン間の飛行機のチケット代、彼が全部出したのでした。


妹がパキスタンに帰国する時は、彼と妹を向かえに行って、空港まで一緒に送りに行きました。初めて会ったのに。。と妹はとても喜んでくれて、空港で彼女が大切にしているうちの指輪に一つを友情の証に。と、くれて彼女は去って行きました。




多分、一度キスを許したという事はきっと彼の何かに既に魅かれていたのだと思う。自分でも分かっていたけれど、

彼はお互い遊びだと思ってた。ただ、私をおとしたかったのだ。どうしてだろう。。今まで、危険だと思った人には近づこうとも思わなかったのに。。2004年のクリスマスの明くる日、私は彼の家に遊びに行ってしまった。あれだけ、自分にブレーキをかけていて

彼にも、”駄目だよ。お互い付き合っている人が居て、一緒に住んでるんだから。”と、ずっと言い続けてたのに、気が付いたら、彼のペースになってしまっていた。彼は、2004年12月31日の仕事収めの後3週間休暇でパキスタンに帰る事になっていた。

彼が帰る前日に、仕事の後、会いに行ってしまったし。。。彼が帰国している間は、自分で一生懸命言い聞かせていた。

”遊びなんだから。これで終わり。”って。。


ところが。。。女の子大好きな彼は、味をしめたんだと思う。又、一人増えた。みたいに。。。


社内恋愛だから、誰にも言っちゃいけない。お互い付き合ってる人にも言わない。。なんて、言ってて。。


普通だったら、馬鹿にしないでよ!って、すぐにさよならだろうに。。。


どうしたんだろう。この頃から既に自分に自信を持てなくなりはじめてたのだろうか。それとも、掴みどころのない彼の性格にがっちりとはまってしまっていたのだろうか。。どんどん、私は彼の事が好きになっていってしまって、一緒に住んでる彼にも

心苦しくて、(もともと嘘がつけないのもあって)。彼と深くなってからは、一緒に住んでいる彼に指一本すら触れさせられなくなってしまった。でも、これが今思えば私が辛い思いをする始まりだったんだと思う。


どうして女の子にだらしない彼を好きになってしまったんだろう。私は、もともと自分だけを見てくれる人でないと嫌な人なのに。

毒舌だし、堪え性はないし、女にだらしがないし、すぐ怒るし、自己中心なのに。。。だけど、子供やお年寄りや動物に対してみせる彼の驚く程の優しさだとか、外では強がってるけれど、本当は人一倍傷つき易い心を持ってるところとか、頭の回転の早さから来る巧みな話術、好奇心旺盛なのでジャンルを問わずいろんな事を知ってるところとか、スマートな立ち振る舞いとか、そういったギャップなんだろうか。私は、守って欲しいを思う方だったのに、何故か彼には守ってあげたい。と思ったのだ。。


彼とは、本当にいろんな話しをした。音楽、宗教、経済、財務、歴史、文化。。。いろんな事を学んだ。

彼は、戦争によって罪もない子供が死んでいくニュースを見ると心を痛めて涙を流したり。。動物、植物等生き物全般全てに対して優しく接せる人だ。一緒に出かけた先の駐車場で小さな女の子の靴ひもがほどけそうになって歩いてると、自然に優しい笑顔で、その女の子と同じ目線までしゃがんで、話しかけて靴紐を結んであげるような。


不思議と、彼の事は遊ばれると思ってても何故か、この人は天邪鬼で悪ぶってるけれど、本当はとても優しくて傷つき易い人だと感じてしまったのだ。

彼に逢うまでは、人を好きになる事がどういう事かなんて考える事もなかった。私の心の移り変わりを、自分の心や気持ちを整理する意味でも書きとめておこう。と思い、ブログを始めようと思った。


彼との現在を語るには、今までの事をFlashbackする必要があるのでそこから始めようと思う。

彼との出逢いは、2004年9月1日に彼が私の現在の職場にやって来た日だ。妙に姿勢がよく、第一印象は自信家で遊び人かも。といったネガティブなものだった。タイプ的には、私が一番苦手とするタイプだと直感で思ったし、まさか自分がそんな彼と深い関係になるなんて想像もつかなかった。彼は、同じ部署で席も私の左斜め後ろに座って居た。人懐っこくて、いたずらっ子の少年のような目をしていて、会社の人みんなに声をかけていつも会話の中心になっているような人だった。パキスタン人特有なのか、わざと意地悪な事を言ったりして人の気を引こうとしてるというか。。すごく近くに座ってるのに、内線電話を掛けてきて、”Hello”と言ってきたり。私は、なんて子供な奴だろう。。と思ってた。みんなにちょっかいかけていっていて。。


2004年11月頃から、退社時間あたりにコーヒーに行こうといい始めて。。ずっと断ってた私だった。と、いうのも、その当時私には7年近く付き合っている彼が居たから。そして、彼にもどうやら付き合ってる彼女が居たようだった。

彼は、7年も付き合ってて、まだ結婚してないなんてやめたほうがいい。とか言ってきてた。もっと自由に。そして、自分の心の赴くままに生きないと。人生短いんだから。。とも。。そして、今の彼女とは私と同じ感じで、行き詰っていて関係が終わるのは時間の問題だと。。


私が付き合っているのを知っていて、そして彼も付き合っているのにこんな事言ってくるなんて、何が目的なのか分かっていた筈なのに。。。その頃から彼に惹かれていたのだろうか。いや、もしかしたら7年間もその当時の彼一色だったので、他の男性から声がかかって単に嬉しかったのかもしれない。マンネリ化した関係から脱出したかったのかもしれない。昔から、浮気する人や、それ自体にむしろ嫌悪感さえ覚える私だったのに。。気が付いたら、彼のペースになってしまってコーヒーにでかけるようになっていた。


彼は、本当に物知りで経済、宗教、政治、文化、詩、とかいろんな分野での会話が出来る人だったので、コーヒーでの会話はものすごく楽しかった。それに、彼に逢うまでは、パキスタンの事は何一つとして知らなかったし。

今から思うとそれも彼の戦略の一つだったのだろうけれど、ペルシャ語の詩を英訳してくれた事が彼を好きになったきっかけかもしれない。話せば話すほど、彼に魅かれていっている自分が居た。又、彼は、過去にお父さんがパキスタンAirForceの教官だった影響でAirForceに居たのですごく姿勢が良くそんな彼の後ろ姿を気が付いたら、目で追っている自分が居た。そして、いつしか私達はよく退社後に只歩きながら話したりして頻繁に会うようになっていった。そして、12月22日に、何故か自分の洋服の買い物に付き合って欲しい(今思っても、自己中な奴)と言われて、付き合った後、又外を歩いていて近くにあった教会の角で初めてキスをした。今までは、オリエンタルをしか付き合った事のなかった私は、パキスタン人の情熱にただただ圧倒されて驚きを隠さずには居られなかった。