前回の続きです。

しばらく茫然としていた僕でしたが、
近くの交番へと走りました。


『自転車盗まれたんですが……』

『いつ?』

『たった今です』

『何処で?』

『すぐそこのビルの前です』

『あっ、そう。じゃあ、これに書いて』

『そうじゃなくて、たった今、すぐそこなんだから、探して下さい』

『……そりゃあ無理だ。見つかるのを待つしかないよ。この辺りはよく無くなるんだよ』


僕は、その瞬間、
怒りを超えて諦めました。

『こりゃダメだ』

海を渡って来たとか、高価だとか、大切な相棒であるとか、そんなこと全く関係ないのです。


自転車は自転車。
それ以上の何者でもない。

自転車の盗難なんて、ありふれていて、
そんなの事件にもならないんですしょぼん


もう諦めました。


彼のことではありませんよ。

警察に頼ることを諦めたのです。


それからというもの、仕事を終えると、
いや、仕事中でも、外回りの時には、
キョロキョロ目

勿論、自転車屋さんにも直ぐに話しました。


自転車屋さん曰く、

『珍しい自転車だから、簡単には売りさばけない。知り合いの専門店にも声をかけておくから……』


でも、後になって考えれば、
結局、これが彼の為には良くなかったのかも知れませんでした。


悲劇は起こりました。


それから、3ヶ月後。

警察から電話がきたのです。


『自転車が見つかりました』

『えっ、本当ですか?
直ぐに取りに行きます』

『お願いします。ただ、車で取りに来てください』

『えっ、それじゃあ、乗って帰れないんですか?』

『はい、難しいと思います……』


そんなやり取りをして、
僕は、盗難届を出した所とは離れた交番へと向かったのでした。

ただ、気になる一言が……
乗れないということは、サドルかハンドルでも盗られちゃったのかな?


まあ、いずれにしても、小さな車じゃ無理だから、同僚からワンボックスを借りて、はやる気持ちを抑えながら急ぎました。


そこは、繁華街のど真ん中の交番でした。


『先ほど電話頂いた者です。自転車を取りに来ました』

『あぁ、○○さん。随分大きな車で来ましたね~』

にこやかな顔で、僕を迎えてくれました。


『えっ?これじゃないと載せられないかと…』

僕がそう言った瞬間、
そのお巡りさんの顔から笑みが消えました。


『こちらです。間違いないか確認して下さい』

それは、

『そこにいたもの』ではなく、

『そこにあったもの』でした。

彼は彼じゃなかった。


ハンドルやサドルがないどころか、
タイヤ、ホィールは勿論、
ブレーキ、変速ギア、スタンド、ライト……

フレーム以外、全てのパーツが無かったのですカゼ

その時、そのお巡りさんが言いました。


『フレームには、車体番号があるから、それだけ残したんでしょうね~』


そうなんです。

犯人は、一台丸ごと売りたかったはずです。
だって、フレームこそ価値あるのだから。

でも、特殊な一台で、多分自転車屋さんから手配が回っていたせいで、それは出来なかった。

ならば、部品を外して売るしかない………


つまりは、
僕が彼をバラバラにさせてしまったようなもののです。

盗まれても、
そして、転売されたとしても、
そこで大切にされていたならしょぼん


僕は、無言で交番を後にしました。


彼を、
広大な荷室ではなく、
助手席に乗せて……


と、まあ、こんなことがあって、
それ以来、自転車とは疎遠になっていました。


でも、久しぶりに乗ると、
やっぱり自転車はいいニコニコ





それも、どこにでもあるような、
普通の自転車。

サドルを高く上げて、必死にこぐのではなく、
サドルを低めにして、前輪をフラフラさせながら、桜の下をダラーンとねニコニコ


長いお話にお付き合いいただきまして、
ありがとうございましたm(__)m