どれ位の時間がたったのだろうか。
ふと、顔を上げると、彼が向かい側にコップを持って座りました。
いつの間にか、眠ってしまったようです。
『悪かったな。やっと終わったよ。さあ付き合うぜ』
彼は、自分のコップになみなみとお酒を注ぎ、空になっていた僕のコップにも注ぎました。
それから僕達は黙ったまま、こたつでコップ酒を飲み続けたのでした。
時々思い出したように、ため息をつく僕。
そのため息の代わりに、酒を飲み込みます。
彼は『どうした?』の一言もなく、視線を合わすこともありません。
いつもは必ずかける音楽もかけません。
僕達は、ただひたすら飲んで、飲んで、飲み続けました。
やがて、外から人の話し声が聞こえてくる時間になりました。
『俺、そろそろ帰るよ。邪魔して悪かったな』
立ち上がった僕に、彼はニッコリ笑って言いました。
『もうすぐ正月だ。また飲もうぜ』
『そうだな』
そう一言だけ答えると、僕は彼のアパートを出ました。
駅までの坂を下る時、僕は一度だけ彼のアパートを振り返ったのです。
彼が窓を開け、こちらを見ていました。
彼の優しさが身に染みました。
その彼とは、大学入学後に、音楽を通じて親しくなりました。
今では、お互い仕事も、住むところも変わって、会う機会もほとんどありません。
数年に一時、酒を酌み交わす程度です。
でも、あの晩のことを聞かれたことは一度もありません。
僕も、自分から話そうとしたことはありません。
今更、話す気もありません。
僕は、後になって、僕なりに理解したことがあります。
話を聞こうとするのが友人、黙ったまま側にいてくれるのが親友。
つまり、こちらが何も話さなくても、伝わる人がいるのだと。
それ以来、彼は僕の大切な親友となりました。
中目黒と、中目黒の名もない坂には、こんな思い出があったのです。
勿論、このブログのことを彼は知るはずもありません。