平穏な日々が続いた。

僕より一つ年上、名門進学校出身で落ちこぼれのタケシ先輩。三流私立高だけど成績トップの僕。
その組合せが、逆に良かったのかも知れない。


そして、いよいよ別れの時がきた。僕は、タケシ先輩より一足先に帰らなければならなかった。2学期が始まるからだ。
その朝、僕達は最後のコーヒーを飲んだ。

『本当に御世話になりました。いろいろ教えてくれてありがとうございました』

『いや、僕の方こそだよ。君が来てくれたおかげで、勉強もはかどったし、なにより、頑張ろうという前向きな気持ちになれた』

『来年の春、一緒に合格祝いできたらいいですね』

『そうだね。僕はまだしも、君の方は難関だ』

そう言うとタケシ先輩は笑った。

『その通りです。今のところ、合格可能性は30パーセントですから。でも、あと半年、巻き返しますよ』

『その意気だよ。君なら絶対できる。あっちゃん神社がついてるし』

『はい、動機は不純ですが、僕の守り神です』

『単純でいいな、君は』

タケシ先輩は、再び笑った。

『一つお願いがあるんだけど、いいかな?』

それまでとは、うって変わった表情になって言った。

『なんですか?僕に出来ることなら』

『最初はね。君のことを弟のように思ってたんだよ。僕には、妹しかいないからね。でも、これからは親しい友人の一人として加えていいかな』

『何言ってんですか。僕達はもう親友ですよ。一ヶ月間、24時間一緒だったんですから。もう、離れられないです』

僕は、そう言って笑った。

『そうか、そうだよな。君と彼女の4時間2分とは比べられないほどの長さだよね。あっ、でも君の経験からすると、会えない時間の方が大切なんだよね』

『ちょっとカッコつけ過ぎました。でも、彼女と出会い、行動し始めたことで、全てが動き出したのは確かなんです』

『ああ、君の言うとおりだね。部屋の中に閉じこもって、あれこれ考えてばかりいても何も変わらない』

タケシ先輩は、自分に言い聞かせるように呟いた。
まだ、何かを胸の中に抱えている、僕にはそのように感じられた。

『タケシさんは、9月になったら東京戻るんですよね』

『そのつもりだったんだけどね。でも、東京での生活は僕に合わないから、ひょっとしたら金沢に戻って勉強するかも知れない。多分そうすると思う』

『そうですか。僕もタケシさんはその方がいいような気がします』

それが僕達の交わした最後の言葉だった。

その後、合格祝いをするどころか、二度と会うことはなかった。
というより、二度と会うことは、永遠に出来なくなってしまったのだ。



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