『もしよかったら、タケシさんの話も聞かせてもらっていいですか?実は大学受験のことあまり知らないんです』

『僕の話なんて、何の役にもたたないと思うけど…』

『お願いします』

タケシ先輩は、窓の外に一度視線をやった。

『すべては、僕の意気地がなかったからなんだよ』

そう言うと、僕の方を真っ直ぐに見た。

『僕の家は金沢で代々病院をやってて、僕は、そこの長男なんだ。だから、小さい時から、医者になるために塾やら家庭教師やら、まあ成績は良かった。国立大の附属にずーっと通ってた。でも、高校に入った頃からかなあ。僕は、文学に目覚めてしまったんだ。カッコよく言えばだけどね。まあ、最初はいろいろな詩人の作品を読むだけだった。ところが、いつの間にか自分も作ってみたくなって、高校の文芸部に入ったんだ。室生犀星知ってる?』

タケシ先輩は、そこで一息つくと僕に尋ねた。

『はい、あんずよ 花つけ、あんずよ 燃えよ ですよね。高校の授業でやりました。確か、金沢出身でしたよね』

『さすがだね。よく知ってる』

『その犀星が好きなんだよ、僕は。詩を作るために内灘という所があるんだけど、そこへ毎日のように行っては詩を作る。塾へ行くって嘘をついてね。その結果、成績はがた落ちさ。もともと、優秀な奴しかいない学校だからね。一年の頃はまだごまかせたけど、二年になると学年のほとんどビリだった』

『親は何も言わなかったんですか?』

『親父は何も言わなかった。母親だけは狼狽えてたけどね。でも、僕は学校の勉強なんて捨ててたから。そして、僕は、一日も早く家を出たかった。で、受けたのが早稲田の一文だけ』

『えっ、医学部じゃなかったんですか?よく許してもらえましたね。しかも、一つだけって……』

僕は、そこに何か事情があることを感じた。タケシ先輩は、悲しそうな笑いを浮かべながら続けた。

『受験が近くなった頃、父親は僕に言ったんだ。お前、医学部じゃなくて文学部行きたいらしいな。そんなだらけた生活してて、受かるはずないだろう。もし、一文に現役で受かったら許してやる。それが出来ないなら、浪人して医学部行くんだ』

『それで、どうしたんですか?』

『僕は、その条件を受けた。どこかで早稲田の一文なんて受かると甘く考えてたのかも知れない。でも、結果はご覧の通りさ』





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