『さあ、どうぞ』

タケシ先輩から手渡されたカップを、口元に運んだ瞬間、思わず呟いていた。

『あれっ、香りが違う。いつもより甘い』

タケシ先輩が嬉しそうに言った。

『わかるかい?違いが。君はやっぱりセンスがいいよ』

コーヒーを飲むのに、センスが必要かどうかは分からないが、どうやら誉められたようだ。

僕は、まず香りをじっくりと味わい、その後に一口だけ含んだ。

『美味しい、タケシさん、これ美味しい』

タケシ先輩は、満足そうに頷いていた。
僕のためだけに煎れてくれたのだ。

『タケシさんのは?』

『今日は君だけ。君のお祝いだから。僕のはとってある』

『そうなんですね。そんな大事なものをすいません』

『いいんだよ。さあ、聞かせてよ。北海道で知り合ったっていうけど、それからどうやって付き合ってるの?』

タケシ先輩は、目を輝かせて尋ねた。

『札幌の街を案内してもらったのが、去年の夏。それから、福井で一度だけ4時間のデートしかしてません。あっ、修学旅行の帰りに2分デートしたかな』

『なんだって~一年間で4時間と2分しかデートしてないの?』

『はい、そうなりますね』

『それで、付き合ってるの?』

『僕は、そう思ってます。でも……』

『でも、何?』

『確かに、会ったのはこの一年間で、4時間と2分だけど、会えなくても、いつも彼女のことを考えています。勉強してる時以外は』

『……』

タケシ先輩は、無言だった。

『すごい、すごいよ、アキラ君』

『その一度って、今年の5月だったんですけど、タケシ先輩の金沢から、福井までの朝の一時間が一番幸せでした。もうすぐ、彼女に会えるって思うと……』

『えっ、朝の一時間って?もしかして、夜行だったの?』

『はい、夜の12時過ぎの夜行でした。それしか時間的に無理なんです』

タケシ先輩は、いつの間にか僕の机の側に来ていた。

『もう1つ。その御守りのあっちゃん神社というのは?』

僕は、美味しいコーヒーを、更に口に含みながら答えた。

『彼女が京都の大学に行くというので、僕も京都の大学に合格できるように、彼女が作ってくれたんです』

『京都か~京都はいいよね。京都大学?』

タケシ先輩は、迷わず言った。

『良く分かりましたね』

『そりゃあ分かるよ。4科目をそれだけがんるんだから。京大以外考えられない』

『はい、僕は、彼女と出会うまで勉強なんて全然やらなかったんです。だから、人の何倍も、いや何百倍もやらないと。それに、タケシさんの学校からは京大行く人いますか?』

『ああ、何人もいるね』

『すごい、タケシさんは、そういう学校の出身だと思ってました。インテリぽいから』

僕は、少し笑った。
タケシ先輩もつられるように笑った。

『アキラ君の学校は?』

『僕のとこは所謂スポーツ私学で、国立大には一人の合格者もいません。というより、誰も受けません…』

そこで、少しの沈黙があった。
タケシ先輩の顔から笑いが消えた。

『そんなの関係ないよ。僕を見なよ。クラスメートに京大に入る奴がいても、僕は、私立にも合格出来なかったんだから』

タケシ先輩は、僕を見ながら言った。



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