部屋は十畳ほどであろうか、意外に広く感じられた。角部屋で、窓が二つあるせいかもしれない。

部屋の正面の窓際の机に向かっていた男性が、振り返りながら言った。

『どうぞ、お入り下さい』

眼鏡をかけた、短髪の優しそうな人だった。彼は立ち上がり、僕の方に歩みより、自己紹介をした。

『僕は、ナカムラタケシ、金沢の出身で、現在浪人中です。よろしくお願いします』

そう言って、軽く手を上げた。

『あっ、僕は、サトウアキラと言います。今、高三で、S市から来ました。約一ヶ月いますので、よろしくお願いします』

僕は、ぺこりと頭を下げた。

『同じ日本海側ですね。早速で悪いけど、僕はこちらの机を使わせてもらってるから、君はあちらでいいかな?』

『はい、構いません。ナカムラさんはいつまでいるんですか?』

『僕は、8月いっぱい居るつもりです。ああ、タケシでいいですよ。僕の方も、アキラ君て呼ばせてもらうから』

『はい、分かりました。先程、ここの人からタケシさんは、7月初めから居ると聞きました』

『ああ。ここはいいよ。とても気に入ってる。ずっと居てもいいくらいだよ。そうだ、君はコーヒーは好きかい?』

『はい。大丈夫です』

正直言うと、嫌いという訳ではないが、それほど積極的に好きという訳ではなかったのだ。

『じゃあ、挨拶代わりに、今煎れてあげよう。その間に荷物を整理しておくといいよ』

『すいません。では、そうさせてもらいます』

僕は、リュックから参考書、ノートを取り出すと、机の上に並べたり、着替えをハンガーに掛けたりした。最後に、あっちゃん神社の御守りを机の上に飾った。

そして、僕はほっとしていた。
ナカムラさん、いや、タケシ先輩の第一印象は悪くなかった。悪くないどころか、この人とだったら一ヶ月間、うまくやっていけると感じていた。

それにしても、部屋の中は涼しかった。僕は、長袖のトレーナーを重ねた。

その時、コーヒーの芳ばしい香りがしてきた。

『涼しいより寒いくらいでしょ。夜は厚い蒲団をかけないと、風邪ひいちゃうよ。でも、そのおかげで、ホットが美味しい』

タケシ先輩は、そう言うとにっこり笑いながら、僕にコーヒーカップを差し出した。

『ありがとうございます。随分、本格的ですね』

『ああ、僕は大好きなんだ。毎日、朝と午後に飲むんだけど、もし迷惑じゃなきゃ、付き合ってくれるかい?』

『いいんですか?』

『勿論だよ。僕の淹れたコーヒーを誰かに飲んでもらって、美味しいって言われるのがうれしいんだ。あっ、押し売りしちゃったね。ただ、時間が合うか……お互いに干渉し過ぎないようにしないとね』

僕のタケシ先輩への第一印象は、確信に変わっていった。金沢出身というのも、何となく親近感を覚えたのかもしれない。金沢はあっちゃんの住む福井の近くなのだ。

『いただきます』

タケシ先輩が煎れてくれたコーヒーは、本当に美味しかった。僕は、生まれて初めて、コーヒーを飲んで美味しいと感じていた。



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