『とんでもない山奥でしょう?』
ハンドルを両手でしっかりと握った男性が言った。
『はい、びっくりしました』
『テレビもラジオも入らないんですよ。あっ、電気、ガスは大丈夫ですから安心して下さい』
僕は、ただただ車の窓から見える、木々の緑色の深さに目を奪われていた。
それでも、信号もなく、対向車も来ない、狭い山道を15分ほどは走っただろうか、僕のお世話になる学生村の民宿に到着した。
その付近だけが、盆地のようになっていて、他にも数軒の建物を見ることができた。
『さあ、こちらですよ、どうぞ』
『はい』
僕は、リュックサックを手に持って、車から降りた。運転してくれていた男性が、この民宿のご主人のようだった。
建物の中へ入ると、左手の部屋が食堂になっていて、僕はそこに案内された。
壁には、『朝食は7時から8時、昼食は12時から1時、夕食は6時から7時の時間内に済ませて下さい』と書かれた大きな貼り紙が目に入った。
間もなくすると、ご主人が紙とジュースを持ってきた。
『どうぞ、お飲み下さい。それから、この紙にここでの決まりが書いてありますので、ご覧になっておいて下さい。お部屋は、二階の一番奥の右側の部屋になります。既にお一人いらっしゃいます。あっ、もし貴重品ありましたらお預かりします。部屋には鍵がありませんので』
『はい、分かりました。貴重品は後から持ってきます。相部屋の人は、どんな人ですか?』
僕は、一番気になっていたことを尋ねた。
『物静かな方ですよ。もう7月の初旬から来ていますので、その方に何でも聞くといいですね』
『分かりました。これから、よろしくお願いします』
僕は、そう言うと、二階の部屋へと向かった。二階には、廊下をはさんで、幾つかの部屋があったが、みな戸は閉まり、静まり返っていた。
相部屋になることは、覚悟していた。でも、どんな人なんだろう。僕は、緊張しながら戸をノックした。
『どうぞ』
中から声がした。
『失礼します』
僕は、そう声をかけながら、戸を開けた。
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