僕は、駅へと向かった。
さすがに、この時間になると、駅の周辺には人影は少ない。

駅前の交番の前を通る時、一瞬身体が固くなった。
中にいたお巡りさんと、目があったような気がしたからだ。

冷静に考えてみると、この時期、深夜の0時過ぎに、高校生が一人で、大阪行きの特急列車に乗るという計画は、大胆過ぎたかも知れない。

僕は、目立たないように、それでいて堂々と駅の中へ入り、何の迷いもなさそうに、改札を抜けた。


そして、深夜の上りホームで、夜行列車を待つ人は、僕一人だけだった。
ここで、初めて不安感が僕を包み込んだ。

『僕にもし、何かあったら……誰にも知られず死んでいくんだな』

そんな、バカなことも、ふと頭に浮かんできた。

その時、闇夜を引き裂くように、音もなく夜行列車『日本海号』が到着した。

僕は、そんな不安を断ち切るように、列車に勢いよく飛び乗った。

列車は、自由席だったが、車内に乗客はまばらだった。
僕は、中ほどの乗客が周りにいない座席を選び、腰を下ろすと、列車は静かに動き出した。

車内放送も全くなく、車内の灯りも若干暗いような気がした。

それでも、僕は、バッグから『絶対出る英単語』を取りだし、いつものようにページをめくった。バッグの中には、もう一冊、最近読み始めた『源氏物語』の文庫版を入れていた。

この英単語集は、僕が一番最初に書店で買い求めたもので、すでに繰り返すこと、三度目、僕の大切な御守りになっていた。
すべては、この本から始まったのだ。

それを今回、僕は迷わず持って来たのだ。

『あっちゃんに、あと8時間で会えるんだな。でも、それまで勉強しなきゃな』

僕は、真っ暗な車窓に、時折流れていく街の灯りを見ながらそう思った。



Android携帯からの投稿