ワタシノクラシ ANNEX

ワタシノクラシ ANNEX

The Tokyoite returned from Kansai to Tokyo.

昨年と同様、今年も気が向いたら気晴らしの近距離日帰り旅をしていこうと思っており、久しぶりに行ってきました。先月後半に。

記録します。

5月後半になった日曜に、突然「明日、宇都宮に行こう」と思い立ちました。

最初は大谷石の資料館にでも行こうかと考えていたのですが、出発の日の朝、目覚めてスマホを見たら、家庭画報の「若竹の杜 若山農場」を紹介する記事が目に飛び込んできました。バレエダンサーが青々とした竹林の中でくつろいでいる写真が気持ち良さそうで、場所は(栃木・宇都宮)と。

 ほぅ…そうか、ここ行こ!

さくっと目的地決定。
簡単な旅の支度をすませ、地下鉄の駅に向かいました。

地下鉄東西線に乗りながら「えきねっと」で東北新幹線の自由席券をとり、いつものように日本橋で降りて、歩いて東京駅八重洲口へ。

8:15 東京駅八重洲口の改札から入り、JR東日本の新幹線のりかえ口を通過

乗車したのは8時26分発のなすの253号。


自由席の座席も無事確保でき、宇都宮に向かいました。

9:18 JR宇都宮駅 到着
1時間もしないで到着です。

東海道新幹線とは違い車窓からの風景を眺めることも少なかろうと、車内で読書を…と思ったけど、さほど読み進まないうちに着いちゃいました。

宇都宮駅は、なんだか全体的に改修工事中っぽい感じでした。


バスターミナルに向かい、乗換案内に出ていた出発時刻から5〜6分遅れでやってきた「船生行き」のバスに乗車。


10:12 若竹の杜 若山農場に到着
乗換案内上では10時前には到着する見込みになってたんだけど、バスの遅れによりこの時刻。
バスはやっぱ、時間読みにくい。

バス停から10分くらい歩いたところに「若竹の杜 若山農場」はありました。

とりあえず、この写真の正面の白い壁の建物で入場料750円を支払った後、この画像の左側にある簡単な資料館みたいなところに入って、若竹の杜と竹についての説明などをさらっと見学。

2階建てで、2階には竹の工芸品が展示されていました。


そのあと、竹林散策の前に併設のカフェへ。

朝、何も食べず出発し車内でも何も食べなかったため、お腹が空きまくっていたんです。もー、何か食べたくって。

筍ボロネーゼのピザと紅茶をいただきました。

ピザはネーミング通り、角切りの筍が入っております。
お腹が空いてたことも手伝ってか、ピザ、美味しかった〜〜。

そして紅茶なんですけど、カップが大きくてびっくり。

並べますと、なんだかピザが小さいのか?ってふうに見えちゃうくらいの大きさ。
(ピザは充分な大きさでした)
たっぷりの量が入ってます。

宇都宮に滞在できる時間は短いので、どんどん行動してかなくちゃなんだけど、居心地よくて竹林散策前にカフェで結構のんびり過ごしちゃいました。

10:15 カフェを出て、農場の散策を開始すべく入り口に向かいます。

(つづく)


大阪土産と、塩昆布をいただきました。

パッケージに「八代目神嵜屋宗兵衛」と記してあり、「ん?これは…?神宗の新ブランドか何かなのかしら?」と思ったのでしたが、どうやら別のお店のよう。

話によると、なんでも芦屋に本店があり、大阪では阪神百貨店でしか売っていないのだとか。
(…そうなんだ。そいじゃぁ、神宗とは別のお店なんだな…と、納得した次第)


さっそく食べてみたら、なんだかとてつもなく美味しい昆布で、びっくりたまげました。

 なにこれ! すっごく美味しい…。

と、興味が湧いて、「八代目神嵜屋宗兵衛」のWebサイトを探して見てみたら、「神宗」の元代表だった方が、新たに開業した別の会社とのことです。
「神宗」の永年のお客さんからの「ぜひ昔の味を」という声を受けて、代々受け継がれる製法に基づいて作っているとありました。

んーーー、なにかいろんな事情があったりしそうな?
…しかし、ネット検索をさらっとしてみましたが、確信を感じるようなことは見つけられず。

 いや、いや…そんな情報は、この上質な食べものに必要ないな。

と思って、それ以上の検索をするのはやめました。

原材料を見ると、これはホントに古くからのレシピを踏襲して作っておられるのだろうなぁ…という、こだわりを強く感じました。

だから、こんなに美味しいんだわね…と、なんだか納得です。

ちょっとずつ、だいじだいじに食べたいような。
しかし、一方で、一番美味しい状態のうちにしっかり味わい、早々に食べきってしまいたいような気も…いや、それにしても美味しい。

(結局、どんどん食べてます)

そんな、嬉しい迷いが起きるくらい、ホントに美味しい昆布です。

良いものを知ることができて嬉しい。

ステキなお土産を、ありがとう。

実家は昭和に建てた家なので、水道の蛇口からは水しか出ず、温かいお湯で洗い物などをするときには瞬間湯沸かし器を使いますし、コンロも炊飯器もガスです。

わたしはノイズ音がものすごく苦手なため、ちょっとだけ火を使ったり湯沸かし器でお湯を短時間使うってときに換気扇を稼働させなかったりすることが多かったのですが、その度になんとなーく空気の悪さを感じていました。
「ちょっとの間だし…」と思ってきたんだけれども、今年はじめは体調不良がひどかったこともあり、「実際のところ、空気の質はどうなんだろうか?」と気になりだして2月の終わりに簡易なCO2モニターを買いました。

導入してみると、換気せずにガスや湯沸かし器を使った場合、すぐさま空気中の二酸化炭素濃度の値がぐんぐんと上がっていくのがわかりました。

もう、あれよあれよと上がっていくんです。

モニターの取扱説明書によれば、二酸化炭素濃度が700ppmまでは問題なしで、それを超えると換気が必要ってことなんですけれども、換気せずにガスをちょっと使っただけで、割とすぐに700ppmを振り切り1000ppm台になってしまいます。


今までどんな空気を吸ってきたのか?と思ったら、ちょっとゾゾゾっとしましたね。

また、台所とリビングはつながっているので、影響しているかしら?とモニターをリビングに置き、換気せずに瞬間湯沸かし器使ってみたところ、やっぱりあっという間に二酸化炭素濃度が上がりました。


「ちょっとだからと換気しないのはダメだったんだわー」「父の脳にも悪影響を及ぼしていたかもしれぬ(自分の脳にも…)」と、今までを大反省。

それ以降、台所で火を使ったりお湯を使うときには、必ず換気扇まわすか、窓を全開にするようにしています。

そして、さらに「ややっ?」と思ったことが。

窓を開けっぱなしにしてると、モニターの表示が400ppmで動かなくなる時があるんです。

「エラーかな?」と思って、センサー部分にフッと息を吹きかけたんですね。

そしたらば、ガスを使ってる時をはるかに超える上昇スピードで、モニターの数値がぐぐぐーっと爆上がりし、点滅しはじめたんです(びっくりしてすぐに写真撮った)。

このあと、あっという間に5000ppmに到達。

5000ppmが表示されたのは、その時以外、今のとこありません。

このモニターは400ppmから5000ppmまでしか測定できないんで、たぶん、5000ppmは軽く超えまくっていたんじゃないかと思います…(怖)

呼気って、思った以上に二酸化炭素の量が多いんですね。

…ってことは…。

あの疫病騒ぎの数年間、四六時中マスクしてた時に吸ってた空気って…どうなの?
(だいぶ不健康な空気を吸ってた気がする…!)

なんだか、考えちゃいました(汗)。

…といいますか、疫病のころにすっかり習慣化したのか、日常的にマスクをしておられる方を今でもよく見かけます。病院などでは今だにマスクしないと中に入れないところも多いですよね。
あれは、どうなんでしょう?

ホントに身体を守ることになっているのかどうか…。

(前回からの続き)
土いじりをしてはいけない日は、土用の期間だけと思っていたら、暦に「大犯土」「小犯土」という表記があることに気づきました。
字面から「土に関わる何かなんじゃ…?」と思って調べてみると、これまた土用の説明に登場した「土公神」という神様が土の中にいらっしゃる日だから土を犯してはならない日とのこと。

そんな日もあったのか…(汗)と、暦をざくっと確認したら、結構な日数が「大犯土」「小犯土」でした。でもって、さらに衝撃だったのが、土用の期間と「犯土」が結構被っているということ。

土いじりしてもいいとされる土用の間日が、「犯土」だったりしているんです。
間日だからと安心できないじゃないの!

…ま、気にしなきゃいいんですけど。

でも、気になってしまったので、今年の「土用」と「犯土」の日をカレンダーに印つけて確認してみました(苦笑)。

黄色のアンダーラインが土用期間(間日を除く)、青は大犯土・小犯土。加えて、「社日」という春と秋に1日ずつ設定されてる日も土いじりダメみたいなので、それもピンクのアンダーラインで表示。

土いじりを控えた方がいい日は、年間で130日ありました。
しかも、春土用と秋土用は、犯土の日と被っているので間日を使いにくいと感じます。

…ま、気にしなきゃいいんですけど。

なのですけれど、いろいろ調べていると、林業関連(森林組合など)のWebサイトに結構「大犯土表」が掲載されていることに気づきました。「犯土」の日に木を伐ると虫が入りやすくなったり、腐りやすくなる(土用も同じく)と、どのサイトにも書かれています。
古来からの経験則なの?と思うと、侮れない気が…。

触らぬ神に祟りなし。

土用や犯土などの日は土に関わる作業や、花木を切るのは控えようと思った次第です…。


とりあえず、今週5月11日から来月6月24日までは何のさわりもないわけなので、花壇の空きスペースに生えまくったカタバミと青シソを整理するところから作業をしていこうと思います。


年間で130日というと、週休2日の会社員の年間の休み日数とだいたい同じくらいですかね。

新暦を導入する前は日本に「1週間」という考え方はなく、日曜日がお休みって習慣はなかったはずで、昔は農民等が田畑や山での現場作業をお休みするのに「この期間は土を犯してはいけないから」って、ちょうどいい理由として活用してたかも?(勝手な想像ですが)。

でもって、土も一定期間、そっとしといてほしいのかもしれませんねぇ。

土用が「夏にうなぎを食べる日」なのではなく、1年のうちの春夏秋冬4回巡ってくるものだというのを知ったのは、20代後半になった頃だと思う。

季節の節目、立春・立夏・立秋・立冬の前の18日間くらいが各々の季節の土用期間。
そして、その間は「土公神」という陰陽道の土の神さまがいらっしゃるので「土いじりや土木作業等、土に関わる作業は控えなければならない」というのを加えて知ったのは、30代半ばくらいだっただろうか。

 そんなこと何も考えないで、今までさんざん土用期間に土いじりしまくってたよ…(汗)

って、困惑しました。
当時、わたしは実家の屋上で、たくさんの植物を育てていたんです。

(その頃に育てていたバラ)

特に、春土用って立夏の前の18日間。ほぼゴールデンウイークに丸かぶりです。
会社員ならば、まとまったお休みの連休中に園芸作業をしたり、家庭菜園の作業をすると思うんですよ。わたしも御多分に洩れず、知らなかった頃は、この期間が好機とばかりに作業に勤しんでおりました。

けれど、知ってしまうと気になります。
「そんなの、迷信だろう…気にすんな」「農家の方々はそんなこと言ってられないんじゃない?毎日出荷してるよね?」などと頭では思おうとするんだけど、やっぱり土用の期間に作業する気が起きなくなりました。
土用期間中には「間日」という日があり、その日は土公神さんが天界に上がるので土に触っても大丈夫らしいのですが、心配性なのでなるべく間日であっても作業は控えめにし、これを知ってからはゴールデンウイークは立夏後になる最終日を園芸作業の日にあてていました。

そのうち、40代で大阪に転勤になり、再び東京に戻り、どんどん仕事が殺人的に忙しくなっていき、植物や土に触れ合う時間は激減。ここ数年は「土いじりしてはいけない日」なんてことは、ほぼ気にしない生活を送ってきました(観葉植物や青シソ程度は育ててますが)。

なのですが…。
父が弱って、実家の花壇と鉢植えの管理をしなくなって3年が経過。
昨年あたりから、草木の荒れっぷりが本格的に気になりだしました。

(3年間剪定せず放置の椿、今年も3月に花は咲いたもののボサボサで葉色も悪い)

水やりだけはしてきたものの、今年に入っていよいよ「実家の植物の管理、わたしがしていくしかないな」と思うに至り、再び「土いじりNGの日」を意識しはじめました。

そこで、です。
ここ数年間で旧暦や二十四節気だとかについての興味がさらに深まり、日常的に暦を見るようになってきてるのですが、それにより、土いじりしたらだめな日が土用期間だけじゃなく、他にもあるってことに気づきました…(汗)

(次に続く)

いちばん長く休んだ人でも、今年のゴールデンウィークは一昨日までと言うところでしょうか。

会社員でなくなり現在父の通い介護をしているわたしにとって、ゴールデンウィークは父の介護サービスがやや手薄になる修行ウィーク。
ただ、介護ヘルパーさんは通常通りなので、年末年始ほどではありませんが。
祝日に来てくださる介護ヘルパーさん、ホントありがたいです。感謝!

そんな大型連休中のお出かけ記録を残します。

友人から「連休中に横浜で織体験ができるから一緒にどう?」とお誘いがあり、出かけました。

横浜の髙島屋に牛首紬の白山工房さんがいらしてて、そこで織体験をしました。

機織機に事前に経糸はセットしてあって、緯糸はいくつか用意してくださっているものから選び、10cm×10cmのコースターサイズの布を織ります。

経糸は同じでも、選んだ緯糸次第で全然違う布になるのが面白いところで、友人は白っぽい細く切った布で織り、まさに裂織という感じに仕上がっていましたが、わたしは太めの緑の糸を使って織りました(↓こちら)。

織体験はこれまでも様々なところで経験してますが、毎回ほんのちょびっとだけれど「布を織るという感覚ってこういうものなんだなぁ…」って体感できて、何らかの発見があって、とても楽しい。

そのあとは「横浜でないと食べられないところで」というわたしのリクエストにより、「勝烈庵」というトンカツ屋さんでお昼ご飯を。


老舗らしい雰囲気の良いお店で、トンカツも美味しかった!
こちらで出てくるお箸は「吉野熊野古道の間伐材で、持ち帰って洗って再利用できるのよ」って教えてもらったのに、持ち帰るの忘れてしまったなぁ…。

帰りには、友人が「崎陽軒でシウマイの形の餃子というものが発売になった。面白いのでぜひ。」というので、定番のシウマイとギヨウザ(崎陽軒って、なんで拗音を使わない商品名なんでしょうね?不思議)を買って帰り、その日の夕食のおかずにしました。


形状は同じだけど、餡がしっかり餃子でした。

一緒についてたポン酢がまた結構さわやかで美味しかった。


父も美味しいとパクパク食べておりました。これは、また買って食べたい。

着付教室で知り合って、意気投合した友人。
彼女と横浜で会うのはこれが2度目。毎回ハマっ子の横浜愛をビシビシと感じる。わたしはこれほどに地元愛あるかしら…と毎度思う。

11時から15時半までの短い時間でしたが、今年はじめて東京の外に出て、JRに乗ったのもたぶん今年はじめてで、大変に楽しいひとときでした。

友人には「今年はじめて東京の外に出たって?もう3分の1過ぎてるのに!」と驚かれ、わたしは「そうか…もう2026年は3分の1が過ぎてしまってるのね…」と驚きました。

まぁ…でも、3分の1の段階でよかったです。
「半分過ぎたあと」「3分の2過ぎたあと」じゃなくて。

夏の野菜だけれども、冬の瓜という名前がついている「冬瓜」。

その理由は、丸ごとであれば冬まで貯蔵できるからであるという。

 

 へーーそうなんだ…では、このミニ冬瓜は冬まで置いておいても大丈夫ってことなのね…。

 

と、5〜6年前だったか、夏にスーパーマーケットで直径15センチ、長さが25センチくらいのミニ冬瓜を見かけて購入し、すぐ食べずに半年くらい部屋に置きっぱなしにしてみたことがありました。
年を越して冬の1月に切ってみたら、美味しく食べることができまして、ほんとに冬まで貯蔵できるんだなぁ…と実感。

以来、夏にミニ冬瓜を見かけたら、その時期に食べる以外に、貯蔵用でひとつ買っておくようにしています。
 

いつもはそれを冬に食べるんですけれど、今回は食べないまま4月後半になってしまいました。

 

 いいかげん、食べないと…(汗)。そもそも、傷んでたらどうしましょう…。

 

ということで、先週末、自宅から実家に運んで、おそるおそる切ってみました。
 

傷んではいませんでした。

が、タネが熟しまくってて、水分もやや全体に飛び気味。

みずみずしさがやや失われつつあるというような状態でした。

 

 でもまぁ、食べられないことはなさそう。

…ってことで、鶏そぼろを添えてスープを作り、


牛すじと一緒に煮物にしてみたところ、いずれも美味しくいただくことができました。


…とはいえ、たぶん、3月…いや、2月くらいまでには食べた方がきっとよかった気がします。
(昨年末から父の体調不安と自分自身の不調で、冬瓜のことをすっかり忘れていたのだった)

 

Zaimの記録によると、この冬瓜を買ったのは、昨年の8月24日であったようです。

ちょうど8ヶ月経ったところで食べたってことですね。

うーん。ベストな状態で食べるんなら、貯蔵は半年くらいまでにとどめた方がよいのだな。
そのつもりはなかったのだけど、貯蔵の目安がわかってよかったです。

でも、長期保存できるみずみずしい野菜っていいですよね。
なんだか、いろいろと不安定な雰囲気が日に日に増しているこの頃、備蓄にもぴったり?
(…というか、夏になる頃まで、こんな雰囲気が続いていたら嫌ですね…)

今年の夏もミニ冬瓜売ってるの見つけたら、貯蔵用に買おうっと!

58年と数ヶ月この世を生きてますが、ものを知らないと言うか、日々新たに知ることがたくさんあるなぁ…と常々思います(だから、毎日面白いとも思うわけですが)。

今年になって、はじめて「ナフサ」という単語を知りました。
プラスティック製品や合成樹脂の原料なんだとか。
そんな身近なものの原料を知らなかったとは。
ちょっと調べてみたら、ベンジンやリグロインなんかも「ナフサ」であるらしい。そうなんだ。ほぉ。

これまで知らなかった単語だったけど、ここ最近は、この名称を聞かない日はないような。

ナフサ不足で、さまざまな製品が不足したり値上がりしたりするという。
医療用の製品も不足し始めているといったニュースを見ると、父に装着されているバルーンカテーテルは大丈夫かな?と気になる。

さらにもっと身近なことで、食品ラップのストック数をも少し増やしておいたほうがいいのかな?と思い始めました。

実家では前日に作る父の朝・昼の食事の保管のため、毎日10〜12個くらいの食器に食品ラップをかける。ローリングストックの周期が短めな気がします。
でも、1本のラップをどのくらいの日数で使い切っているのか、意識したことはこれまでありませんでした。

それですので、今の世情にあわせた適正なストック数を見極めるため、今月初めに22cm×50mのラップの使用開始時に箱に日付を記載して、どのくらいで使い切るか調べてみました。

なんとなーく、1ヶ月くらいは持つんではないか?と思っていたんですが…甘かった。

4月2日におろしたのは、4月20日で新しいのに更新。
1本18日くらいで使い切ってしまうとわかりました。
3個買い置きしてあっても2ヶ月持たないってことかぁ。
どおりでしょっちゅうラップ買ってるわけだ。

このペースで使ってるなら、年間20本程度消費してるってことですかね。
買い置きの数を、もう少し増やしておいたほうがいい気がしてきました。
6月には値上がりになるらしいし。
まぁ、値上がりしても買えるならば問題ないか?…でも、万が一なくなると困るな。

めんどくさいことになったものだ。やれやれ…。

そういえば、昭和の第一次オイルショック時のトイレットペーパー不足は、今は亡き母からエピソードをくりかえしよく聞いたけれど、食品ラップやプラ製品不足で困った話は聞かなかった。
不足しなかったのかしら?
当時は食品ラップ等、あまり使わなかったのかな?
そもそも、石油とトイレットペーパーって、あまり関係なさそうな気がするけど、なぜ当時、買い占めが発生したんだろう(製造過程で何らか必要かもだけど原料じゃないはず)。

2020年の疫病の流行り始めの時も、一時トイレットペーパー不足になって、奇妙だなぁって思ったっけ…。

人は(日本人は?)、なにか不安になると、トイレットペーパーを買いたくなるのだろうか?

暦を見ますと、本日令和8年4月19日は、太陽太陰暦…いわゆる旧暦では3月3日。

それに気づいたので、昨日、実家の元自室だった和室の天袋に長ーいことしまいっぱなしだった雛人形を出して飾ってみました。


たぶん…天袋から取り出して飾ったのは、2〜30年ぶりのことだと思います。
全ての人形を飾るための大きなガラスケースがあるのですが、2〜30年前にガラスを割ってしまって使うことができません。
ですので、三人官女、五人囃子、左右大臣は並べきれないので、お雛さまとお内裏さまのみ。

数十年ぶりなので、状態がどうなっているのか心配でしたが、きれいなまま箱におさまっていてくれました。箱に入っていた樟脳の袋は空になってましたが、人形に使用されている布が絹であるからか、わたしが子供だった頃の艶と輝きが変わりなく維持されてて、ちょっと感動。

キモノを着るようになってから、絹は虫の被害にあいにくい素材だと知りましたが、ホントなんですねぇ。

ずいぶんと久しぶりに飾りましたが、2体だけでもなにか部屋が華やかで晴れやかな気分になり、いいものだなぁ…とあらためて思いました。父も「いいねぇ…これは。」と嬉しそう。

昨年、区民講座の天文学入門を受講して太陽太陰暦についていろいろ知り、以降、より一層旧暦を意識しながら日々過ごすようになりましたが、桃の節句も旧暦の時期のほうがしっくりくる気がします。本来、桃の花が咲く時期というのは、だいたい今の時期らしいですから(3月初めに売ってるハナモモは促成栽培なのかしら?)。

そんなわけで「ギリ売ってたらお雛さまを眺めつつ、桜道明寺を食べたいな」と、平野の伊勢屋へ行ってみたら、残念ながら端午の節句モードになってた。とほほ。
ついこないだまで、桜道明寺売ってた気がするのに。

しょーがない。お雛さま眺めながら、柏餅をいただきました(苦笑)

旧暦にあわせてお菓子を作ってくれる、奇特な和菓子屋さんはないものか。

なお、端午の節句のお菓子が柏餅なのも、柏の新芽が出るのが旧暦の5月頃だからであるようです(今年の旧暦5月5日は、新暦の6月19日)。

そういえば、菖蒲の花(ガマの穂みたいなもの)が咲くのも5月〜6月くらいではないかしら。花が咲く前に葉を切るわけなさそうだから、やはり旧暦にあわせた行事なんだと気づきます。

現代の日本の節句は、日付の数字と本来の季節や星の巡りがなんともチグハグなことになっていて、本来の意義を感じにくくなっているかもしれませんねぇ…。

父の通い介護生活も丸3年が経過。

まだ、父がそんなに認知機能が低下していない時期から、だんだんになんだかよくわからないことが出てきている最近まで、慣れないなりになんとかかんとかここまできました。

 

最初のうちはしんどいと感じていたことも、徐々に慣れてきたり、諦めがついて平常心でいられるようになってきたり、父の生命の危機みたいなものを強烈に感じる経験を2度経てからは、今までより多くのことを寛容に受けとめられるようになってきつつあるような気がしてます。

 

…が、どうにも慣れぬことが。

父からの電話の嵐です。

 

まだ認知機能がそれほど低下していない頃から、父からとてつもなく電話がかかってきて悩んでいました。

当時はわたしだけではなく、妹にもかけまくっていた。体調が思わしくなくて今にもどうにかなりそうな感じで電話をかけてくるので、心配してかけつけると、具合悪そうでもなんでもない。寂しくて、人を呼び出すために大袈裟に心配させる電話をかけてくるのです。
わたしはまだいい。当時は自転車で15〜20分はかかったけど、その程度で済む距離だから。
妹は心配で取るものもとりあえず、隣県から電車に乗り時間をかけて駆けつける。
けど、行ってみると父はケロッとして、わたしや妹が来たのを喜んでいる。こんなことを何度も繰り返しているうちに、だんだんと、父からの電話を真剣に聞くことが難しくなっていきました。

まだしっかりしてたころは、わたしや妹が電話に出ないとなると、なんとかして人を呼び寄せようと、ご近所の方々や訪問診療の医師に「もうダメだ」と電話をかけたり、老人会のお友達に電話して食事を作らせたり、注文した寿司を取りに行かせたりすることもあって、当時心底困り果てていました(この頃、父は自分でご飯を炊き、朝昼はわたしの作った作り置きのおかずで食事をしていた)。

 

認知機能が低下してきた今は、複数の電話番号を扱えなくなり、電話のターゲットはほぼわたしのみ。

しかも、ここ1年くらいは電話とテレビのリモコンの区別がつかない日が多く、リモコンを手に「もしもし…あれ?電話壊れちゃったのかなぁ?」とやることが増えました。その様を見るのはうすら寂しい気分ではありつつも、電話がかかってこない&ほかの方へのご迷惑もかけることがないわけで、ほっと胸を撫で下ろす安定の日々が増え、比較的穏やかに暮らすことができておりました。

ところが!
先週末あたりから、突然なにかのスイッチが入ったか?急に電話機による父からの電話が復活(右画像は昨日の午後の着信履歴の一部)。

しかも、先月後半あたりから、朝と夜の時間感覚がバグることが増えていて、早朝5時やら6時頃に父からの「夕飯はどうなってるんだ?」電話で起こされることが頻発。

 

そして、そんな日が積み重なり睡眠不足が高じていたからか、今朝は眠りが深かったようで父の早朝の電話に気づけず、6時半頃目が覚めてスマホを見たら、以前ヘルパーをしてくださってたご近所さんから「朝5時くらいからずっと電話がかかってきている」とショートメッセージが入っていてギョッとしました。
わたしにもとんでもない回数の着信履歴が残っていた…。

ご近所さん、心配になって6時頃に父の様子を見に行ってくださったらしく、久しぶりに「やらかしてしまった…」と凹みました。


急いで実家に向かい7時頃に到着すると、ご近所さんになだめてもらって安心したのか、わたしが来たことにも気づかないくらい父はぐっすり眠っておりました。

朝昼はヘルパーがいらっしゃるので、そのままそおっと自宅に戻り、午後にあらためて実家へ行くと、父はご近所さんにご迷惑をおかけしたことは自覚していて、じんわりと落ち込んでいた。
で、わたしは近くの魚久で粕漬けを買い、ご近所さんにお詫びと感謝をお伝えにいきました。
あー、こういうのも久々です。ぐすん。

テレビのリモコンを電話機と間違う状況から、きちんと電話機を電話機と認識して電話できるようになったのは、いいことなんだとは思う。でも、電話魔の復活は…困る。
見ていて悲しい気分にはなるけれど、いま一度テレビのリモコンで電話かけるようになってもらえないものか…ああ、複雑(涙)。