前回に引き続きキングダムハーツ3でやってほしくないことを書いていきたいと思います!

と、その前に...
先日行われたUNCOVERED FFXVすごかったですね!私もリアルタイムで視聴していましたがいろいろと盛り上がる場面がありました。批判も少なくないですが頑張ってほしいですね!期待しています。

ではさっそく、ふたつ目。
「おとぎ話の(的な存在)がラスボスになること」
ちょっとふわっとしていて分かりづらいかもしれませんが、要はマスター・ゼアノートがラスボスであってほしいということですね。
この的な存在)がラスボスになるという事態は、設定が壮大だと起こりやすいような気がします。最近だと漫画ですがNARUTOがまさにそれでした。
知らない方のために多少解説します。

NARUTOは落ちこぼれの忍者うずまきナルトが自身が住む里(国みたいなモンです)の火影(里のトップ)になるまでを描いた物語です。基本的にみたいな敵は存在せず人と人との闘い、戦いを描いている作品です。物語前半は主人公ナルトの周囲で起こるいざこざやナルトのライバル・うちはサスケとの関係にスポットが当てられます。物語中盤あたりからは過去に存在した伝説の忍・うちはマダラが何らかの形で生き残っており、壮大な計画を実行するため、暗躍をしている様子が描かれます(彼の存在自体は暗躍の描写以前から匂わされている)。この暗躍が物語終盤まで引っ張られ、ついには主人公ナルト達とうちはマダラとが直接激突することになります。

だいぶはしょりましたがエンディング直前までのストーリーはこんな感じです。ご覧の通り、上記のうちはマダラというキャラクターは中盤から意味深に登場し、ラスボスの風格を漂わせていました。物語もその方向で進んでいき、読者の大半は彼がラスボスであると踏んでいました。

ところがどっこい、そのうちはマダラの身体がエンディング直前で乗っ取られぽっと出の別のキャラクター・大筒木カグヤにラスボスの座を取って代わられてしまいました。大筒木カグヤはNARUTOの物語の背景に存在する神話に出てくる、まあさまみたいな存在です

このNARUTOにおけるラスボス交代劇はけっこう批判が多かったように思います。ではなぜ批判が起きたか。もちろん大筒木カグヤというキャラクターが後付けぽっと出だからというのもありますが、一応実際に登場する前に前振り・伏線はありました。
私が思うに、NARUTOという作品自体がそういう方向に進んでいなかったからだと思います。そういう方向、というのはつまり、神話や神が表立ってくる世界観、ということです。先程も述べたとおりNARUTOは基本的に人と人との戦い、闘いを描いています。読者はそういうもんだと思ってい読んでいるわけですから、いわゆる"神との戦い"に違和感を覚えたのだと思います。

NARUTOの話が長くなってしまいましたが、このラスボス交代劇、キングダムハーツ3でも起こり得そうな気がするんですよね。

現在進行しているダークシーカー編はゼアノートという青年がキーブレード戦争というおとぎ話(≒神話)に魅せられ、それを再現しようとハゲるまでガンバる話。壮大な計画を成し遂げようとしている点ではNARUTOのうちはマダラと同じです。そしてΧUnchained Χによっておとぎ話がだんだん表立ってきた...
状況的にはNARUTOの終盤と似ています。

あり得そうな展開としては...

光の守護者と闇の探求者が衝突

Χブレード完成!

真のキングダムハーツが出現

世界が闇に包まれ2のドラゴンノーバディみたいなでっかいよくわかんない敵(=神みたいな存在)と戦うことになる

もしくは...

マスター・ゼアノートが実は予知書持ってました!(それか"最古の一振り"は過去のマスターを召喚できます!みたいな)

山羊の予知者を召喚(=神みたいな存在)

マスター・ゼアノートはかませに

かなり雑ですが、どうでしょう?
どっちもありそうな気がしませんか?


まあFFXみたいにハナからシンという神にも等しい存在を倒す!って方向で話が進んでいればいいんですが、キングダムハーツはそういう方向ではないと思うんですよね。

キングダムハーツ3でやってほしくないこと
ふたつ目はこんな感じです!

いかがだったでしょうか!
ではまた次回!