介護職。相手は人間。傾聴を基本としたサービス業。
施設利用者である高齢者、サービスを提供する介護施設従業員、基本的には人間を

相手にする仕事。今までのマネジメント経験からやっていける自信はあった。

けどその自信は、出勤当日からグラついた。

従業員の平均年齢は60代。40代の若造が突然「施設長」ですなんて入ってきても、反感をかうだけ。出勤後の”挨拶”から返事が返ってくる事は無く、お客様である高齢者に対する言葉遣いを含めた”扱い”も、想像とかけ離れたものだった。

若さによる反骨精神。

それから毎日、出勤時には必ず”笑顔”で全員に挨拶をした。
3週間後には1人、1カ月後には2人と徐々に返事を返す従業員、介護士が増えて

きた。
 

早朝から、施設運営の管理。夕方、すべての高齢者をご自宅に送り届けてからは、

事務所でやっと事務仕事。なかなかハードだったけど、日ごとに従業員との溝が

埋まっていく気がして、それが日々のモチベーション維持の要だった。

高齢者の方々からは、「施設の雰囲気が明るくなった」と利用回数も増え、売上の

向上にも繋がった。


ある日の昼食時間、事務所で昼食をとりながら事務仕事をしていると、介護士達の

井戸端会議が聞こえてきた。

聞くに堪えない俺に対する悪口だった。
信じて疑わなかったものに裏切られた想い。社会人になって以来、始めての挫折。
腹をわって話し合えば、どんな相手でも分かり合える。そう信じてきた自分の中で、

何かが壊れた。

翌朝から、頭痛、眩暈、吐き気。
 

人生初めて味わう、鬱の症状だった。

退職金を貰って、さらに再就職支援制度でのエージェントからは「全体の7割の方は半年以内に再就職先を決めている」という言葉に、俺は気楽に構えていた。

 

なめていた。

新卒から、何の競争もない会社でただただ毎日を過ごしてきた。18年も務めれば、

社内でもそれなりに自分の仕事に自信も付く。18年も務めれば、外の世界に出ても

充分やっていけると高をくくっていた。

自分には需要があると思い込んで疑わなかった。

 

3か月が過ぎ、半年が過ぎ、1年が過ぎても再就職先は見つからず、流石に焦ってきた。当初は選り好みして応募していた求人広告にも、かたっぱしから応募するようになっていた。

「志望動機?御社を選んだ理由は・・・」

正直言って、求人広告を出していたからという以外に理由などない。

面談直前にホームページを見て、取って付けたような志望理由を考えて話すような事に抵抗があったが、もう四の五の言ってられなくなった。

 

その中でやっと内定にこぎつけたのが「介護職」だった。

 

この際、何の職でもよかった。就職さえ出来れば。

 

仕事内容は”デイサービスの施設長”。昔から人の世話を焼くのは好きだったし、マネジメントにもそれなりに自信があった。どんな相手でも飾らずに話し合えば分かり合える。根拠の無いそんな自信が更に入社の後押しした。

 

 

2011年3月11日、東日本大震災。

 

福島を中心に大変な被害を及ぼした地震。

当時T電力の100%子会社にいた俺も、震災後は度々、原発から半径20kmの場所に

位置するサッカー施設「Jビレッジ」に、T電力各種関連企業や各種JVの作業員に

対する支援活動に行っていた。

 

T電力はマスコミ報道にもあったように、場賞金その他の確保のため、あらゆる資産

の売却に動いており、俺の在籍する会社も例外ではなく。というか、T電の福利厚生

部門が独立して出来た会社だったこともあり、居酒屋、結婚式場、ビジネスホテル

等々、T電の資産を管理する事を生業とする会社だっただけにそれが及ぼす影響は

甚大で、社内では「早期退職制度」として、退職者を募る動きが出ていた。

 

T電グループ内にはあらゆる業界を網羅可能なほどの企業があり、実質的に「営業

努力をしなくとも顧客の確保が可能で、放っておいても売上があがる環境だった為

に、子会社売却の流れから自分の会社が売却された後で、そんなぬるま湯に漬かっ

ていた企業が、一般企業と競争出来るはずがないと考えた俺は、早期退職制度に手

を上げた。

 

優秀な学歴、あるいは縁故関係の社員でもいなければ入社は難しいと言われていた

T電力やその他の子会社企業に、大学卒業後、敷かれたレールを進むように入社した

俺にとっては、人生初の大きな岐路となった。

 

ただ、当時の俺は在籍当時に「これだけの会社貢献可能なスキルがあれば、一般企業

でも充分やっていけるという、井の中の蛙的な自信があったことから、辞めてもすぐ

次が見つかる」と、たかをくくっていた。提示された退職制度では、2倍ほどの退職

金と「転職支援制度」の内容が盛り込まれていたので、なんとかなるだろうと。

 

甘かった。