鬱陶しい梅雨、ジメジメとした空気が、髪や肌に纏わり付いて、必要以上に気分を下げる。

秀真は、学校をサボろうかと迷ったが、家でじっとしているよりも、学校でみんなに会った方が、楽しいと思った。
と、同時に
(随分前向きになったじゃないか)
とも思った。
駅には、いつもの面子が待っている。
「お~っす!」
大体、みんなこんな挨拶だ。
都会から、校外の学校に通う人数は、決して多くはない。
クラスが違っても必然的に友達になっていた。
そして、そんなことさえ、中学の自分とまるで違う事が、嬉しく、そして楽しく思えるのだった。
学校で特に面白いことがあるわけではないが、なにか、仲間といるような感覚がたまらなく好きだった。
電車の席は、大体、毎日同じになる。
遅刻や欠席のような特別なことがない限り。
秀真の隣には、2年でクラスが一緒になった、ビンゴがいた。
ビンゴは、運動音痴で内向的だが、人が良く、話せば面白い奴だ。
秀真との共通の話題は、大概、プロレスだった。
そんなビンゴが、珍しくクラスの話題を切り出した。
「秀真君、松瀬さんってどう思う?」
いきなりの質問に、お茶でも飲んでいたらドリフターズのコントのように吹き出していたくらい驚いた。
「ど、どうって?」
なんとか、質問に答えた秀真だが、心臓はなぜかバクバクしていた。
「あんな暗い子なかなかいないでしょ。なんか、でもあそこまで暗いと、逆に気になっちゃう。」
ビンゴの突然の告白に不意をつかれた秀真は、
「え?そうだね。良い子だよね。」
と、歯切れの悪い返事しかできなかった。
すると、ビンゴは続けて、
「真下さんは?松瀬さんと対照的だけど、ああいう感じもいいね。」
と、告白した。
「あの二人、仲良いし、見ててほっとするよね。」
ふと、本音を言ってしまった秀真は、ビンゴの反応を伺ったが、特に何も無く、クラスの他の女子についても話出した。
結局、ビンゴがクラスの女子をどう思っているかを一通り聞かされていつものプロレスの話題になった。

絵里奈は、湿気を含んだ髪がベタっとして、お化けみたいになってしまうのが嫌だった。
中学の時は、真っ先にからかわれる材料になった。
しかし、今、彼女を取り巻く環境は、
「絵里奈、お化けみたい!怖いよ!でも、こうすれば、ほら、可愛~い!」
と、絵里奈に近づいて、触れて、しかも誉めてくれる。
お世辞だと解っていても、誉められれば嬉しいし、汚いとか言わずに平気で触られるのは、もっと嬉しかった。
絵里奈も電車通学だが、秀真とは違い、学校から二駅の所からだった。
自転車で通う事もあったのだが、最近は、100%電車だった。
理由は言うまでもないが、秀真と会う確率が増えるからだった。
自分の気持ちに気付いてしまってから、絵里奈は、何事も前向きに考えるように努めていた。
自分の過去がどうだっていいじゃないか。
変わらない過去よりも、今を変えて行こう。
ダメだったとしても、±0じゃないか。
努めてそう考えるようにしていた。
「・・・ねぇ、絵里奈。聞いてるの?」
美代が、なにか言っていたようだ。
「ごめん、ぼーっとしてた。何?」
不意をつかれた絵里奈に、美代は、
「最近さ、やけに都築君が気になるんだよ。都築君ってどう思う?」
と、繰り返した。
「えっ?つ、都築君?」
絵里奈は、なんとか、声にできたが、心臓は、口から飛び出し、美代に見えてるんじゃないかと思うくらいだった。
と、同時に、顔が熱くなるのが判った。
「どうしたの?絵里奈。熱い?」
美代が心配そうに聞いた。
「あ、ちょっと、ムシムシして・・・」
こういう時は、普段、病弱な体が役に立った。
「なんかさ、ちょっととぼけた感じだけど、音楽とかの話してる時、活き活きしてるよね。なんか、純粋そうで良い感じ。」
美代は、思いの丈をこともあろうか絵里奈にぶつけた。
(え?美代?まさか、美代も都築君のこと?)
思いも寄らないところから、宣戦布告をされてしまった絵里奈は、急に不安になった。
(美代は、私よりも可愛いし、スポーツもできるし、明るいし、優しいし・・・)
自分が勝る所など、思い浮かばない絵里奈だった。
「絵里奈、同じ保健委員で話てるでしょ?いいなぁ。私、直接話した事ないんだ。きっかけないし・・・」
美代のその言葉に、何となく優位を感じた絵里奈は、心の中で微笑みながら、
「大した話はしてないけどね。絵の事とか聞かれたくらいだよ。」
と、自慢げに言ってしまった。
そして、
(今、私って、嫌な女になってる・・・)
と、思った。

秀真が学校に着くと、下駄箱にカッパを脱いでいる京美がいた。
「おはよう。」
秀真が声をかけると、
「おはよ。最悪!この天気!」
と、いつもの調子で元気に毒づいてくる。
「ケッタはたいへんだなぁ。」
と、秀真が言うと、
「他人事だなぁ。もうちょっと感情込めて言ってよ。」
と、京美が突っ込む。
他愛の無いこういうやりとりが、秀真は好きだった。
「ほら、カッパ持っててやるから濡れたとこ拭けよ。」
不思議と京美には自然にこういう事を言える。
(これがもし他の女子なら、絶対に言えないだろう)
と、秀真は思っていた。
「ありがとう。シューマイ。」
京美は照れ隠しにわざと、「シューマイ」と呼んだ。
カッパの水をバサバサとはじき飛ばし、たたんでいる所に絵里奈がやってきた。
「おはよ!」
いち早く、京美が声をかけた。
「お、おはよう。」
消え入りそうなくらいの声で絵里奈が応えた。
「おはよう。」
美代も京美に挨拶した。
「ああ、おはよう!」
どちらにともなく、秀真も挨拶した。
「お、おはよう。」
先に返したのは、美代だった。
「おはよう。」
絵里奈は、申し訳程度に挨拶した。
京美のカッパの水を払ってたたむ秀真に、ちょっとヤキモチをやいていた。
「うわぁ、挨拶しちゃった。ラッキー。」
素直に喜ぶ美代を尻目に複雑な思いの絵里奈だった。

教室に入ると、ここ2~3日見られなかった勇也の姿は、今日もなかった。
「りゅうな、どうしたんだろ?学校来ないね。」
京美が心配そうに言った。
「また、集会なんじゃない?」
秀真は、勇也がいないのは、ちょっと寂しいが、京美が心配そうにしているのは、かなり悔しかった。
絵里奈は、自分のすぐ後ろで京美と話している秀真に、またやいていた。
その時、それぞれのもどかしい雰囲気を一気にかき消すニュースが飛び込んできた。
「りゅうなが事故って死んだって!」
誰かが、伝えていった。
誰もが自分の耳を疑った。
真実かどうかも判らないが、ウソだという確信もない。
教室は、ざわざわとざわついている。
担任の教師が真実を告げるまでは、ほとんどの人が信じていなかった。

絵里奈は、自分の周りでそういうことが起こったことに驚いていた。
ついこの間まで秀真とバカなことを言い合っていた、勇也が二度と現れないのだと。
京美は、泣き伏していた。
人一倍感受性の豊かな京美は、クラスの誰が勇也と同じことになっても、同じように泣いただろう。
秀真は、友達を亡くすのは、2度目だった。
小学校の時に、仲良し4人組の3人を水難事故で亡くしていた。
いつものように遊ぶ約束をしていたのに、秀真だけ、約束の時間に行けなかったのだった。
理由は思い出せないが、行けなかった。
結果、3人は命を落とし、自分は生き残った。
勇也のこともそれと重ねて考えたしまう。
(確か、りゅうなは言ってたなぁ、『シューマイ、お前も来いよ、後ろに乗せてやるぜ。』って)
またしても、生き残った。
そして全てが真っ暗になった。