のぼるは1980年頃に買ったトランジスタラジオを押し入れから出した。
手のひらサイズで四角い9ボルト電池を電源とするそれは、AM、FM受信可能だった。
購入当時としても、2BAND受信可能など、別に目新しいというレベルのことではなかったが、
サイズの割りに良好なスピーカーサウンドと、格好つけた黒と青のデザインが魅力だった。
そのラジオは今は壊れているのだが、のぼるは捨てられずにいる。
「昭和の残骸か」
古いそれは当時、相当良好な音質を提供してくれた。
斬新なデザインといい、まさに、設計者の職人魂の入魂された逸品といって良かった。
たかが、ラジオといえども、家電職人たちは、逸品をつくりあげ、時計やアラームなどの
小洒落た機能が搭載され、5000円から1万円以上のものも珍しくはなかった。
のぼるの3000円の買い物も、なかなかの冒険だった。
あれは、1985年だったか。いよいよ、ラジカセの登場により、のぼるのラジオも、
活躍する機会は減っていった。
何故か、のぼるは、高校に通う時、鞄にそのラジオをしのばせていた。
電車の中でにたまにイヤホンで聞くくらいの使い方だったが。
そんなある晴れた暖かい小春日和のことだった。のぼるは、港で釣りをしていた。
釣れないので、例のラジオをつけて横になってウトウトしはじめた時だった。
よしこ:「のぼる発見!」
クラスメートのよしこが犬の散歩に来ていた。
よしこ:「いいもの持ってんじゃん」
よしこはのぼるのラジオに興味を示した。のぼるは話しかけたくても機会の無かった意中の
マドンナの奇襲にめんくらったが、まんざらでも無かった。
のぼる:「そのラジオやろうか」
よしこ:「これ、持ち歩いてるでしょ、電車で聞いてるでしょ。チェック済みだよ。
そんな大事なものをなんでアタシなんかにくれるの?
ひょっとして私に気があるとか笑」
のぼる:「バカ言え」
のぼるは完璧に赤面しているのを自覚していた。
それでも必死に冷静を装い、続けた。
のぼる:「お前こそ、何で電車で俺をチェックしてんだよ。ひょっとして・・・」
よしこ:「あんたに気があるから」 「なんて言うと思ってるの笑?」 「ラジオをチェックしてたに決まってるでしょ、 自意識過剰なんだから!笑」
明らかに向こうの方が一枚上手だった。
それでも、よしこは犬を電灯の柱につなぎ、しばらく一緒にラジオを聞いてくれた。
よしこ:「この町はのどかだよね。みんなこんな田舎がいやだって言うけど私は、この港町が好き。」
のぼる:「俺は、田舎も都会も好きだな。」
よしこ:「都会に行くの?」
のぼる:「そりゃ、卒業したら、いくしかねーだろ、ここじゃ仕事ねーし」
よしこ:「都会で家庭を持つんだね」
この時、何故会話の意図を察しなかったのか、のぼるは今でも後悔している。
のぼる:「まあ、そうなるだろうな。そうやってみんな変わっていっちゃうんだろうね。」
よしこ:「のぼるは変わらないよ、マイペースだから、のぼるはいつまでものぼるのままだよ」
のぼる:「よしこちゃんだって、彼氏ができてかわっていくさ、俺もいつまでもこんなガキのままじゃダメさ。」
☆☆☆
のぼるは今でも時々この日の夢を見る。
夢の中でよしこは声援のような言葉を送ってくれる。
「のぼるはいつまでたってものぼるのままだよ。
ここでこうして、二人で海を見たこの日にもきっと意味があるんだ。
いつか、世の中が変わってしまう日がきたら、のぼるは今日という
日を思い出して。わたしはあなたの素朴なやさしさを知っているから、
どんな時代がきても、そのやさしさは報われると信じていてほしい」
☆☆☆
「このラジオを、あいつは確かに、手にとって聞いていたんだ。
いまさら恋とかいうんじゃないけど、そんな思い出の一つや二つあってもいいだろ。」
「よしこちゃん、おれがウイスキー片手にこれからの人生で何をなせるか
思いを廻らせていることにも意味はあるんだろうね。
大切なものを次から次へと失う人類、この中で僕に何ができる?」
のぼるは無意味に蒼いトランジスタラジオのスイッッチをいれボリュームを一杯に
回し、スピーカーを耳にあてた。
(♪♪♪)・・・・ 「しおさい?」
「しおさい、か」
・・・・