2025年春 夫が旅立ちました。寂しさと向き合いながら過ごす日々の独り言を綴っています。
まよ猫さんと新宿にてお会いしました😊この前日孫娘2人のバレエの発表会が都内でありまして観覧に行ったのですが、終了時間が遅い事から都内に宿泊しようと前々から予定していました(自宅までは一時間ほどなのですが、夜遅くに帰るのが億劫で…😅)翌日はフリーだったのでまよ猫さんをお誘いして、お会い出来ることになりました✨私の宿泊先が新宿だったので、良い機会だからと都庁展望台〜ランチ〜お茶と流れ長時間お付き合い頂き感謝しております😊まよ猫さんから素敵な手作りのお土産を頂いたので、こちらで紹介したくまたもや、番外編という形でブログをUPしております🍀米粉で作られたというシュトーレンフルーツとナッツもたくさん入ってます早速頂きましたがザクザク♪美味しい〜💕お料理上手とフォロワーさん公認のまよ猫さんの手作りを頂けるなんて😍🤤🍀同じく手作りクッキー🍪も!ホントにマメな方ですよね🍀お茶も頂きました😅自然素材のアームカバーも頂いたのですがキャリーを宅配便でホテルから送ったためその中に入れていてまだ手元にありません💦たくさんのお土産ありがとうございました🙏そして、たくさん語り合う時間が持てまして本当に楽しかったですしんみり…とする場面もありましたが笑いが止まらない場面も😆↓本の話題になり、まよ猫さんが池井戸潤氏の本を借りたという事で私 : 夫が好きでしたよ。『半沢直樹』とか社会現象になりましたよね〜まよ猫さん : あ〜そうそう!「半返し」だっけ!?私 : …いや、それじゃ「お祝い」のお返しじゃないですか!「倍返し」です😂私、ツボにハマりお腹を抱えて笑いましたまよ猫さん、暴露してゴメンナサイ💦🙇でも私寝る前にまた思い出して1人で笑いました😆そんなお茶目で、でも旦那様への愛情深いまよ猫さん🐱本当に素敵な方です😊(フォロー・笑)✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️まよ猫さんとさよならした後一旦ホテルへ戻ったのですが(連泊ですw)まだお腹は空いてないけど、夜食を調達に行こうかと再び夜の街へ駅まで歩く中(そう言えば、都庁展望台って遅い時間まで解放してたな…)と思い立ち、行ってみましたホテル〜都庁までは徒歩20分ほどです昼間より人出はありましたが、夜景を楽しめました✨これは18時頃(22時まで解放してます)🍀ちょっとボケてますがスカイツリーも!そして下に戻って来たら、プロジェクションマッピングが開催されてました一定時間ごとに行われている模様一部ですがよろしければ…約1分の動画ですしかし新宿駅は、広い・分かりにくい😅都内でも渋谷駅と並んで分かりにくいと言われてますまして今はあちこち工事中でして『地下ダンジョン』状態💧待ち合わせ場所も前日確認したのですが無駄に見当違いの場所をウロウロしてしまいました😂息子一家が都内在住ですし、夫ともしょっちゅうあちこちのスポット巡りはしていたのですけどね…何しろ、夫がいる時は彼について行くだけで良かったので…😣乗り換えひとつにもアタフタしてる私に苦笑いする夫の顔が目に浮かびます
久しぶりの投稿ですこのブログは昨夏以来放置していてフォローさせて頂いている皆様への訪問も疎かになっていて不義理を致しておりますブログを通して交流させて頂いている方々とお正月にお会いする機会が持てました突然姿を消したカタチの私に快くお付き合い頂い事、深く感謝しておりますavrilさん、まよ猫さん、ルルアさん本当にありがとうございました🙇会食の様子は皆様がUPして下さったのでここでは割愛させて頂きますが、本当に楽しいひと時を過ごさせて頂きましたご報告がてら、ここでも一言御礼を😊今回の会食を機にメッセのやりとり等で久しぶりにログインしてみました実はまさに放置して、ログインもしない状態が長く続いていましたというのも、自身のブログを目にする事を意識的に遠ざけていましたつい読み返したりすると、当時の気持ちが鮮やかに蘇ってきたりして、やはり少々ヘビーですね(拙い文章に赤面もする…😅)やがては「ただ懐かしい」という気持ちで読み返す時も来るのでしょうか?あの頃見送りから様々な事後処理が続き、怒涛のような日々を過ごし、大変ではあったけれど自身も周囲もひたすら夫の事にフォーカスされていて今思うと満ち足りていた…というと変な表現ですがそれが一つ一つ、喪の仕事が片付くにつれ一人一人、それぞれの日常へ戻っていくそんな風に「夫の死」に対する哀しみとは違う意味の寂しさを感じはじめた夫の四十九日から書き始めたブログ夫の病中から最期までのこと自分の思いなどを鮮明なうちに記したいと思いつくまま書き連ねていましたジャーナリング(書く瞑想)という手法は自己理解、客観視を促し、心を穏やかにすると言われますが確かに効果があったのだなと思います夫との別れそれも私の人生を象るひとつの出来事だと受け容れていこうと思えるようになっていきました「悲しみ」「喪失感」は変わらずとも立ち位置や見方を変えることは少しは身についたように思えます夫自身の人生において、私の知らない部分も含めて楽しかったり、辛かったりした出来事関わってきた多くの人々沢山の思い出もあったことでしょうそれらと同じように夫が最期まで頑張って生き抜いた結果をも同じように受け容れてあげなければ…ともちろん、心残りは誰にでも幾つになってもあるだろうけれどそれでもこの世に生まれてから与えられた時間の中で出来る精一杯のことを成して旅立ったのだろう「生き抜いた末の生命活動の終止符」は決して悲しいだけでは無いその生涯を誰よりも長く共有してきた私に受け容れて欲しいと思っているに違いない頑張ったねよくやったね今はただそんな言葉をかけてあげたい余談ですが最近こんな記事を目にしました「note」というツールで書かれていたもので出典はまた他の方のXの呟きとの事でしたが飼い猫を亡くし3ヶ月経ち「思い出す事が減って来て悲しい」と心療内科の先生に言ったら「それは〝同化”と言うんです。今まで猫は自分の〝外側”にいたから居なくなって悲しかった。今、猫はあなたの中にいるのです。」と言われた。私も「夫の人生を受け容れよう」と見方・立ち位置を変えようと意識した事で若干ですが「悲しみ」の質が変化してきたような気がします朝から晩まで、それも旅立つ前後の辛そうな夫の姿に囚われていた日々から気づけば、その時間が短くなったり元気な楽しかった頃のことも多く思い出されたりとは言え、寂しい事に変わりはありませんそれはそれで、夫のことをいつまでも鮮やかなまま胸に抱いていられるのなら、悪いことではないあいも変わらず夫のかわりにパートナーとなった「Mr.寂しんぼう」と泣いたり笑ったりしながら日々を過ごしています(笑)寒さが続く折、どうかご自愛くださいませ
夫の四十九日から始めたこのブログこの記事でちょうど100番目になります初めは夫の闘病から旅立ちの記録のつもりで立ち上げましたそれまでノートに手書きで書き留めてはいたものの、それはたんなる時系列に沿った文字通り「記録」で、あまり感情的なことは記していませんでした思い立ってブログというツールで記し始めたら不思議と当時の気持ちも蘇ってきました当初、あくまで闘病記として見送りまでを書き終えたら終えようかなと思っていました書いてるうちにその後の日々の心模様も変化していきその都度あれこれと思いつくまま綴ってきましたそこからは自分の気持ちの落としどころを探して書いていたように思います泣きながら書いた記事もたくさんあります交流させて頂く方々からも色々学びがありました一人で悶々としていたら多分わからなかった事ばかりです右往左往繰り返す中今ようやく、心の整理がついたかなと思います夫を失ってしまいましたが夫からもらった沢山の愛情と思い出は失われる事はないそのことを忘れずにこれからも寂しさと共に夫を思う日々は続くでしょうがそのことにどう向き合い暮らすのか自分の中でここだと思える着地点を見つけられましたいつかそう思えたら終えようと思っていましたなのでこのブログの更新は最後にしますちょうど100番目まで到達し明日からは新しい月が始まるというこれを期に夫の闘病記~回顧録の役目はここで終えようと思います出来る限りみなさんのブログには引き続きお邪魔させて頂こうと思いますみなさま、これまで拙いブログにお付き合いいただき本当にありがとうございました😊yu-ka最後にこちらをご覧頂けたら嬉しいです夫が自宅療養中に作っていた木製の模型です足が悪くなっていたので、暇つぶしに私が買って来てあげたのですが楽しそうに一生懸命仕上げてくれましたフィギュアは私の遊び心😊こちらを仕上げて2日後に旅立ちました
【何事も経験だ】とはよくいわれることだその通り『人は経験からしか学べない』のだどんなに悲惨な戦争や災害の体験にも耳を傾け想像して精一杯寄り添う事は出来るでも実体験が伴わないそれはまるでスクリーンの中の出来事みたいだ「考えさせられた」「感動した」と心から思ってもどこか対岸の火事のようだ転んでみなければ痛みはわからない大切な人を失ってみないとその悲しみはわからない夫とはたくさん話をした浅い話から深い話まで本当にたくさん死生観についても折に触れ話すことがあった書籍や映画の感想からだったり身内の死などがきっかけだったりお互いに「人は生まれた瞬間から死ぬ運命を背負ってるね。」「いずれ誰もが必ず死を迎えるものだからね。それだけは大統領でも大スターでも平等だね。」なんてしたり顔でさも達観したように話していたけど隣で当たり前のように笑っている夫を失うことが本当はどういうことなのかわかっていなかった病が発覚して余命宣告を受けてさえも事の重大さは理解しても不安に駆られ涙してみても実際にその時は夫の存在を感じていられたからあの時ずっと手を握り続けていた夫が静かに最期の一呼吸を終える瞬間まで私は何もわかってなんかいなかったこのことこそが本物の「経験」だったんだと後になって思うこれから自分の中の喪失感と付き合っていくことそれもまたあらたな経験なのだろう夫の闘病に寄り添い、そこでもたくさん学んだ病気そのものの事医療についてのあれこれそして命との向き合い方『命は大切だ』と心から思う大切だからこそどう生きてどう終えるのか夫なりの信念を貫いていた姿を思い返す夫が最期に私に教えてくれた事だこの先自分の身に何かしら起きた時「自分ならどうするか」考えるきっかけをくれたそのことがまさに『無駄な経験はひとつも無い』と皮肉にも実感する
またまた本の話で恐縮です先日載せそこなったお気に入りを紹介させてください😊【あの日の交換日記】辻堂ゆめ全7章から成る連作小説です教師と教え子、事故の被害者と加害者、夫婦など各章、何組かの人物が交換日記を綴ります全然関係なく思えていた人々ですが「あれ?この人って…」と読み進めていくと最終章にすべてのピースがはまり登場人物たちの繋がりが明らかに…構成力と伏線回収がお見事!ミステリー要素もありますが読後感は爽やかです辻堂ゆめさんの小説は何作か読みましたが、どれも巧みに仕掛けがあって面白いですこちらは今月発売されたばかりの新作今日届きましたこれからじっくり読みたいと思います【うつくしが丘の不幸の家】町田そのこある一軒のお家が舞台の、こちらも連作小説最初の章で越してきた夫婦に近所の人が「ここが不幸の家って呼ばれてるの知ってて買われたの?」といきなり不穏な始まり…どうやら売買を経て多くの家族が暮らしてきた家「不幸の家」と呼ばれる理由はなんなのかそこから段々と時を遡り様々な家族の姿が描かれて行きます話が進むにつれ時系列が逆になっていく手法が面白いです【昨夜のカレー、明日のパン】木皿泉夫を亡くした女性と同居する義父の温かくちょっぴりせつない日常が描かれています木皿泉さんというペンネームは脚本家ご夫婦共同のお名前こちらもお二人での共作です私がこの方々を知るきっかけとなったのは「すいか(2003年 日テレ)」というドラマでしたこのドラマの世界観が大好きで、夫と楽しみに観ていましたこのご夫婦のお互いを思いやる関係性がまた素敵で、語られる言葉には金言がたくさん【以下、インタビュー記事から引用させて頂きます】妻「親子は一世、夫婦は二世、主従は三世。昔の日本人は、そう言ったんですよね。つまり、親子は今生限りの関係だけど、夫婦は来世でも一緒になれるかもしれないってことです」夫「夫婦はそれだけ縁が深いってこと。でも、わざわざ他人同士がこれだけ一緒にいるっていうのは、考えてみればおそろしく不思議な話ですよ」旦那様は病の後遺症で車椅子、要介護生活なのですが、一緒にいられることが本当に幸せそうで、今の私にとっては羨ましくて仕方無いです😭ご夫婦に興味を持たれた方はこちらをぜひどうぞ!【木皿 泉こと 和泉 務さん × 妻鹿年季子さん】世話をするから大事になる、手放したくなくなるんです。【前編】 | くらし | クロワッサン オンラインここまでほんわか系で好きな作品をあげてみました😊以下はミステリージャンルで私の悩み抜いたうえのベスト5ですと言いつつもう手元に無い作品ばかりなのでリンク貼りますこれらの小説はいわゆる「どんでん返し」だったり「ミスリード」(読み手を騙す手法)が秀逸で読み終えた時「え?私、どこから騙されてた⁈」と思わずページを遡って確認しちゃいました↑という感想を読んだうえでもきっと騙されます特に一番目の「殺戮に~」は最後の1ページで全てが覆ります新装版 殺戮にいたる病 (講談社文庫)Amazon(アマゾン)慟哭 (創元推理文庫)Amazon(アマゾン)13階段 (講談社文庫 た 94-1)Amazon(アマゾン)ハサミ男 (講談社文庫)Amazon(アマゾン)連続殺人鬼カエル男 (宝島社文庫)Amazon(アマゾン)
人生初の「一人暮らし」にも慣れた今日この頃日々の暮らしの中で取り込んだ洗濯物の少なさとかボディソープがなかなか減らないとか些細なことで「夫がいない」と感じてしまうのは相変わらずだけど…以前ブログに書いたように「寂しさ」とも仲良く共同生活と心に決めたので極力悲観はせず😊淡々と暮らしています今日はお米がなくなりそうだったので買い物に行きました以前は生協の宅配で購入していましたが今は無期限休会中です夫がいた頃は二人でカタログを吟味して色々注文していましたが、一人だと消費する量も知れているので、こまめに買い物した方が無駄がない気がしますただ野菜も調味料も少量は割高でそこがネックですさて、お米売り場ではちょっと悩みました以前は当然のように5キロを購入お弁当も作っていたので消費も早かったですが、今は毎日は炊かないし、一日二食生活のうち麺やパンで済ませることも多いし…ただ2キロは割高だし~と棚の前で長考🤔結局「あきたこまち」2キロを購入しました200円お高い「こしひかり」を横目に(笑)保存容器に入れて冷蔵庫へ入れるのにもちょうど良かったマメな友人は「二合ずつ小分けにして冷蔵している」らしいけど、そこまでは…(^▽^;) めんどくさ~い冷蔵庫をコンパクトなものに買い替えたので寝かせないと入らない💦😊そしてちょっと料理のお話ブロ友さんに教えていただいた「そぼろ納豆」を作ってみました納豆って薬味を入れて食べるくらいしかしてこなかったけど、たくあんやオクラも入れて、ひと手間で美味しくなりますねまよ猫さんありがとう♪お昼ご飯は「瓦そば」を作りました瓦は無いので(笑)ホットプレートで代用かつての大ヒットドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」で劇中に登場しました夫と二人「美味しそうだネ」とマネっこして作ったのがキッカケで以来、お昼ごはんに時折登場していました確か山口県の名物だったかな?夫は外でも食べたことがあるようで、スマホに写真がありましたお店はどこだろう?聞いたけど忘れちゃった💦都内のどこか…多分茅場町あたりかな?関東では食べられるお店があまり無いみたいですそして最後に今日掃除をしていてふと書いておきたくなったオハナシ夫はS状結腸の腸壁に出来た癌が神経に浸潤して、末期には排泄障害になってしまいました最期の二カ月ほどはリハパンとオムツが必要でケア用品として購入したものがまだ残っていますリハパンやパッドは早々に捨てました訪看さんは「災害時用にとっておく人もいるみたい」と言っていましたが目に留まると辛くなるので😢↑のウェットシート系はもったいないかなと思いとってありますがこれも早く使い切ってしまいたいです(泣)なので、流せるタイプのものはトイレ掃除に(クイックルの代用で)もう一種類のものはキッチンでコンロ周りなどの掃除にガシガシ使ってます夫は歩行も覚束ないほどだったのに、昼間は頑張ってトイレで一人でパッドの交換をしたりして、私になるべく負担をかけまいとしていましたあの身体ではかなりキツかっただろうにどんな時も自分の事より私の心配ばかりして常に思いやりを忘れていなかったこれら闘病中の名残の品を見ると「頑張っていたなぁ」と悲しくなってしまいます💧思いつくまま書いていてなんだかまとまりのない記事になってしまいましたすみません💦
昨日読書録を書いていて、本屋さんに連れられて行った幼い頃の記憶を辿っていました横浜で育った私は幼い頃父親に連れられ休日、伊勢佐木町辺りによく出かけていました他県の方でも、かつてのヒット曲にもあるこの街の名前はご存知の方も多いかと思いますあの「ゆず」が路上ライブを行っていた事でも有名です我が家から当時「市電」と呼ばれる路面電車に乗り行きました小学生になる頃まで走っていた記憶があります今は横浜と言えば、その駅周辺やみなとみらい地区が観光スポットとしては有名ですが私が子供の頃は断然この伊勢佐木町通りが華やかなりし時代でした何よりこの街には「有隣堂本店」という大きな書店がありました父が本を選んでいる間、私も絵本や児童書を物色しお気に入りの本を買ってもらうのが楽しみでした家の近所にある本屋さんとは比べ物にならないほど棚にぎっしりと積まれたり、平積みされた本の多さに圧倒されワクワクしました父は読書家で家にはかなりの蔵書がありました所謂有名作家の文学全集、歴史小説、専門書などそして私もおもちゃは交渉が必要ながら、本なら好きなだけ買っても良いとされていました買ってもらった真新しい本を抱え、「不二家」でぺこちゃんサンデーを頬張るというお決まりのコース向かいに座った父が笑顔でこちらを見ているそんな幸せな一場面がよく思い出されます本屋さんの思い出はいつもここから始まっています実際、外で遊ぶよりコタツに潜り本を読む方が好きな子供でした自分で選んだもの以外にも、家にあった童話集アンデルセンやグリム、イソップなど兄姉のお下がりでページの端が焼けて黄ばんでいたり製本の糸が切れてバラバラになりかけていたりそんな本も何度も繰り返し読んでいました今ではありきたりのシンデレラストーリーに憧れたりイソップに代表される寓話に感心したりしてましたそして「赤ずきんちゃん」や「七匹のこやぎ」などの物語の影響でしょうね…今でも記憶に残っている幼少時の怖かった夢は家で友達と遊んでいたら、突然オオカミがやってきて「どの子から食べようかな〜」と言われるという(笑)アホな子供らしい、ツッコミどころ満載の夢ですそこで友達みんなが私を指して「この子がいいよ」と言い震え上がった私は「もっと美味しい子がいるよ」と自室で勉強していた姉を差し出すという我ながらヒドイ🤣🤣このあたりで記憶が途切れているので夢も覚めて姉は無事だったと思われます(笑)この事は半世紀以上経った今も姉には言えてません(笑)ぜひ墓場まで持っていきたいと思います😅この夢の話は夫にした事があって、爆笑のうえ「オマエ…ひどい奴だな〜🤣」と言われました(笑)大人になってから買い直した当時の思い出の絵本たち
元々本を読むことは好きなのですが夫のことがあって以降あまり腰を据えて読むことが出来ずに軽いエッセイなどが多くなっています最近読んだエッセイ3作朝井リョウさんの小説は何作か読み、映画化された作品も観ました有名どころの「桐島、部活やめるってよ」はスクールカーストが背景になっているし「何者」は就活で切磋琢磨する大学生たちがなんか足の引っ張り合いして、マウント取り合って…とどちらもイヤな奴多しで「男性版イヤミス」みたいな感想でした(女性版イヤミスと言えば湊かなえさんですが)なので作者に対して「ゆとり世代をアイデンティティとした斜に構えたタイプかも」と勝手なイメージを抱いていましたが…エッセイは一変!行く先々で波乱に巻き込まれ散々な目に合い、笑いをとるという爆笑ものでしたたまたま電車の中で読んでいて思わず吹き出してしまい、辺りをキョロキョロ😳「この方、こんな人だったの〜?🤣」と嬉しい誤算でしたエッセイというとやはり共感出来ないとなかなかハマりませんそういう点では今までは同年代女性作家さんのものが圧倒的に多かったので、言わば息子世代の方にこんなにハマるとは笑いのツボが似てるのかな?頭をカラッポにして楽しみたい方はぜひ😄阿佐ヶ谷姉妹さんの方はTVで拝見する、あのままの世界観で楽しいです😊小説では一番好きなジャンルはミステリーと推理ものですイチオシの作家は芦沢央さんちょっとイヤミス寄り?でも面白いと思いますラインナップはこちらほぼ全作ある…はず🤔あ、違う作家さんが一人混じってる(笑)実は3年前、当時勤務していた書店の支店でトークイベントが行われたので参加😊サインも頂きました✨とてもお美しい方でした😍ブロ友さんが私のオススメから読んで下さっているという山本文緒さんのコーナーはこちらまよ猫さん、ありがとうございます😊よろしければこちらも…その他の作家さんのラインナップです興味がございましたら拡大してみてください😆宮部みゆきさんは夫と共有して読んでいましたが、全6巻とかもう無理です😅今までスペース上の問題から、かなり手放してきました今手元にあるのはお気に入りの作家さんばかり推理小説などは(犯人とトリックが分かっているので)まず読み返さないのであまり手元に残っていません最後に、元気になれる作品を本屋大賞はじめ、たくさんの賞を獲得されているのであまりにも有名ですよね生真面目で個性的な主人公のぶっ飛んだ行動力に、続編も含めて虜になりましたミシガンクルーズ、してみたい♪これは夫もお気に入りでした😊2人で感想を話すのも楽しかったです
昨日息子一家が遊びに来たら孫達が「じぃじとばぁばの結婚式の写真見せて😆」と言ってきた聞けば最近、息子夫婦も自分たちの結婚式の写真をせがまれて見せたらしい7歳と4歳の女の子「けっこん」とか「およめさん」に憧れを持つ年頃なのだろうリクエストにお応えしてアルバムを出してきて見せてあげた息子は男の子のせいか興味が無かったとみえて、今まで披露する機会も無く、たぶん初見感想は「🤣時代が(表れてる)…w」と笑いを堪えられなかった様子😂失礼な!(笑)孫達は「え!これじぃじとばぁば?😳」と不思議そうな表情(時の流れは残酷なものよ💧)そう言いつつ、(被写体ではなく)ウェディングドレスに釘付けで「キレイ」「いいな〜」とまじまじと見ていた私自身も久しぶりに見た写真息子達が帰ってからも一人で眺めていた幸せ色に包まれた遥か遠い日の二人何十年後かの今を想像すらしていなかっただろうなアンパンマンの作者やなせたかしさんが人生は「満員電車のようなもの…」と例えていらっしゃいました私は「夫婦」について例えるなら積み木のようなものかなとぼんやりと思う他人どうしの二人が一緒に暮らし始めてひとつひとつ持ち寄ったピースを日々積み上げていく順調に積み上げてるなと思えばそこは所詮は他人同士相手が見た事無い変わった形のピースをふいに持ち込んで「え、それ積めるかな」「どこに置こう」と試行錯誤したり結局上手く積めなくて、見ないふりしたいから端っこの見えないところに隠してみたりたまに外部からの力が加わり例えばふいの地震で崩れたりどちらかの不注意や、相手への不満で蹴っ飛ばして崩してみたりそして崩れた積み木の山を眺めて「あ~あ」とため息をつくそこからは部屋の隅にしばらく放置埃を被っていても、お互い見ないふりそれでもふとどちらかがある日思いだしたように埃を払いまた何げなく積み始めたりしてそれを見た相手も「しかたないな…」と多少ギクシャクしながらも手伝ったりそんなことの繰り返しそうして積み上げた私たち夫婦の積み木は果たしてどのくらい大きくなったんだろうどんな形になったんだろう不格好でも、他人からはガラクタに見えても自分たちにとっては愛おしい唯一無二のものそれだけは間違いない
今日が4回目の月命日だ「もう」なのか「まだ」なのかはあまりよくわからないただ、以前のように夫の生前に「ああすればよかった」「こう言えば良かった」という後悔は鳴りを潜めているブロ友さんの記事に気づきをもらったきっかけもあるそしてあらためて「夫」その人を思い返すと私が必死にかき集めたちっぽけな後悔を訴えたとしたら「なんだっけ?」とか「そんなことあったっけ?」と笑い飛ばすような気がする今までの長い夫婦生活でもそうだった私の失敗や至らなさもいつも包み込んでいてくれたそうだった夫は見た目はひょろりと痩せていて頼りなさそうに見えるけど、懐の大きな人だったんだ「でも…」と納得がいかないのは結局自分自身だけ夫が許容してくれてるならそれでいいやと思う今思うのは美味しいものに出会った時面白い、興味深いことに遭遇した時「食べさせてあげたいな」「夫に聞かせてあげたいな」そんな思いだけこうして「寂しさ」だけはずっと変わらないなぜなら「寂しさ」は新たに自分の中から生まれた子供だ夫の旅立ちと同時に私から生まれたその子はこの家で当たり前のように暮らしている夫が座っていた食卓の椅子だったり並んでテレビを観ていたソファの左隣だったりあちこちを我が物顔でウロチョロしているそしてちょっとしたきっかけですぐに泣き出すまるで生まれたての赤ちゃんのようにあやしてもなだめても一向に泣き止まなかったりするならば目を背けずに抱っこして一緒に泣こう思いっきり泣こう思いっきり泣いて気が済んだら「おなかすいたね」とご飯をたべよう天気が良ければ手をつないでお散歩に行こうきっとずっといなくならないから夫の面影を残し、たくさんの思い出を携えた小さな子一緒に生きていくのも悪くない
先日Netflixで鑑賞しましたジャンルはコメディ?シリアス?判断つきにくいところです香取慎吾さん、岸井ゆきのさんのW主演です~プロローグ~二人は夫婦で一見上手くいっている風現に夫はそう信じて疑わないところが妻の方は不満タラタラで、ただ面と向かっては言えず、いつもニコニコそして密かにネットサイト「旦那デスノート」(ネーミングすごい😅)に愚痴を書き込む日々🤫以下ネタバレがあります⚠️ある時夫が妻の書き込みに気づき、愕然そこからギクシャクしてゆく色々あり最終的には夫婦の絆を取り戻すと、まぁ書いてしまえばよくある話ただ、今の私にはけっこう刺さるポイントがあった終盤、夫が後輩の結婚式でスピーチをするのですが、このあたりでは夫も自分たち夫婦の在り方を考え直したりしていて、新郎新婦に向け「我が家にある緑色のソファ、布団圧縮袋、空気清浄機…」と色々羅列しながら「それらを2人でワクワクしながら選びました。お二人もそんな日のことをどうか忘れずにいて下さい。」と語る場面遠い日の自分たちと重なり泣けました😭2人で暮らせる事が幸せで待ち遠しくて私達もひとつひとつ選んだなってそして何よりお互いの行き違いを認め合い、ぶつかり合って仲直りの展開もう自分には2度とそんな時間はやって来ないケンカも出来なければ、仲直りも出来ないきっと夫がいれば微笑ましく観れたであろうシーンが切な過ぎたそして夫の同僚で余貴美子さんが出演されているのですが「夫とは5年もレスだから」と言い放ち、この方も同様に「旦那デスノート」の常連で、しかも実名で書き込みしているという最初はぶっ飛んだ印象でしたでも終盤、実は旦那さんが脳卒中で倒れ5年も入院しているとわかるそして実名での書き込みをわざと見せると「お前、好き勝手書いてるな〜って旦那さんがゲラゲラ笑うのよ…」とある意味旦那さんへのエールだったり彼女なりの愛情の表し方だろうと思えた「当たり前に一緒にいれて、当たり前に不満持てて…それって全然当たり前じゃないんだよね」という一言が、まさにそれ…と涙腺が崩壊😭ちなみに「チャーリー」は二人が飼っているフクロウの名前フクロウって家で飼えるんだ…とちょっとビックリ紹介させてもらった映画はノベライズされているみたいです犬も食わねどチャーリーは笑う (小学館文庫)Amazon(アマゾン)
夫関連の話とは全く関係ない私の趣味全開の記事です😊かつて(2年ほど前?)シルバニアハウスのリメイクがマイブームでした↓リサイクルショップで900円で購入したものですが これをリペイントしました ⬇️お孫ちゃん達が来た時に遊べるかな~と思い購入したのですが、ネット上でリメイクされている記事を多数お見かけして自分でもやってみたくなりました中古品ということで手を加える事へのハードルも低い(笑)リサイクルショップを覗くとかなりの確率でシルバニアハウスに遭遇します先日の記事のアンパンマン同様、皆さん通る道なのでしょうか?私が幼い頃、お人形遊びと言えば「リカちゃん」でしたお友達のいずみちゃん、BFのワタル君もいましたね😆私の世代はその辺りまでですが、その後パパママ、双子の赤ちゃんとか知らない間にすごい展開になっていました💦設定も…パパはパイロットでママはフランス人でしたっけ?間違ってたらごめんなさいただ、幼い少女の憧れが詰まっていたような(笑)幼い頃、リカちゃんハウスに洋服や家具やら詰めてお友達と行き来してごっこ遊びに夢中になっていましたはっ!😲〇十年の時を経て同じことをしている…💦さてリメイクの話に戻ります塗料はDaisoで購入し、適当に色をミックスして塗りました土台は家にあったコルクボードに100均で売っているカーペットの補修用シートを貼って作りましただんだん興が乗って「カフェっぽくしよう」と思いつきコメダ珈琲のリーメントをネットで大人買いディスプレイしてみました♪シルバニアの家具もいくつか買いましたかわうそファミリーのお人形は夫が「お客さんがいないのは寂しい」と買ってくれました😆シニア夫婦がおもちゃ売り場で「あれがいい、いやこれも」と吟味する痛々しさよ(笑)ここまでくると、もはや孫の為ではありません😅純粋にワタシが楽しみたいだけお孫ちゃん達も喜んで遊んでますけどねこれを作ったのは2年くらい前です夫もまだまだ病気の気配すらなく元気でした私が日々ちまちまと制作をしていると、褒めちぎってくれて「良いね〜ネットとかに載せてみなよ😆」と言ってくれてました当時はSNSも何もやっていなかったので、笑って受け流してましたが、夫が勧めてくれていた事を思いだしてUPしてみましたよろしければ動画もあります↓実はあと2件ほど制作したものがありますそのうちお披露目する…かも?追記アメンバー申請をして下さった方へ読んでいただきありがとうございます。恐縮ですがコメントもしくはメッセ等でやり取りさせて頂けると幸いです。よろしくお願いいたします。
いつだったか夫から送られてきた写真をみつけた「通勤途中に飛行船発見!」とコメント付きだった~ここから本題~記事のタイトルが(笑)かつての教育番組みたいになってしまった💦数日前、自宅の床の拭き掃除をしていたら指先に痛みが見るとごく小さな棘が刺さっていたいや、わかりづらいですね💦ホントに点ほどの棘です毛抜きで取ろうとしたけど小さすぎて掴めないあきらめて放置していたけど、ちょっと当たるだけでチクッとする仕方なく消毒したまち針で数回つついて押してみたら「にゅっ」と出て来た!2㎜ほどの小さな棘だったホッとしたけど、ふと悲しくなった夫が居れば「棘さしちゃった~」と訴えれば「どれどれ…」なんて夫が処理してくれただろう(利き手に刺さっていたので、非常にやり辛かった)うっかりお皿を落として割ってしまった時もすぐにやって来て「危ないからあっち行ってな?」と片付けてくれた虫が家に入ってくればぎゃーぎゃー騒ぐ私に笑いながら退治してくれた些細な事ばかりだけど、当たり前のように夫に助けてもらっていたいくつもの場面が思い返されるひとりで出来たことにホッとしてひとりで出来たことに悲しくなるそんな今日のつぶやきです
何人か頭に浮かぶ中「やなせたかしさん」もその一人心に響くたくさんの言葉を残してくださいましたブロ友さんがNHKの朝ドラ「あんぱん」の記事を書いてらしたのを読み、本棚から引っ張り出しました何度も読み返した本です『おとうとものがたり』の方は幼少期からの思い出と戦地で若くして亡くなった弟さんに向けての詩集ですこのシーンはドラマで、アングルがほぼイラストに忠実に描かれていました切ないエピソードでしたアンパンマンはいつの時代も子供の通過点というか一時期は皆ハマるのだなと、我が子や孫を見ていて思います孫のお供でアンパンマンミュージアムも2回ほど行きましたが、上の孫(7歳)はさすがにもう…下の子(4歳)もそろそろ卒業でしょうね息子が幼い頃、おもちゃもいくつか持っていましたしアニメも夢中になって見ていましたその頃から、私もやなせたかしさん関連の書籍を読んだりするようになりました漫画家の西原理恵子さんとの対談で「みんな売れっ子になると豪邸を建てたりするでしょう?漫画家は読み手に夢を売る仕事だから贅沢したら描けなくなるよ。」とおっしゃっていたのが印象的でした当時、あんなに立派なアンパンマンミュージアムも建っているのに、ご自身は古びた小さなマンション暮らしだというのも驚きましたかたや西原さんは「売れて贅沢になるって私だ〜」と苦笑いしていたようでしたやなせさんの言葉で『人生は満員電車のようなものあきらめずに乗り続けていれば終点間近になれば必ず席は空くものだよ』というのは読んだ時に感銘を受け、座右の銘にしよう!と思ったほどですやなせさんがアンパンマンを発表されたのはご自身が54歳の時アニメ化されて広く知れ渡るようになったのは69歳の時だそうですずっと目指してきた漫画家としての活躍は実に遅咲きですだからこそ重みのある言葉だと思いますアンパンマンの制作秘話で御自身の戦争体験から「正義と信じて戦った戦争が、敗戦によって覆ってしまった。」「では覆らない正義とは何か?」「それは目の前でお腹をすかせた子供にご飯を与える事だ」と思い至ったそうですそして作詞家としても沢山の心に響くフレーズを残されています『アンパンマン体操』の歌詞の一部ですが、今はいっそう心に沁みます🥹 『もし自信をなくしてくじけそうになったらいいことだけ いいことだけ 思いだせ』パンつながりで(笑)今日のおやつ揚げパンを作りました♬ シナモンシュガーをふりふり😉小学生の頃、給食を残すことに厳しかった時代でしたかろうじて「パンは持ち帰っても良い」というルールのもと給食袋(懐かしい!)に入れてよくお持ち帰りしてました母親は基本不在(爆)だったので、その頃から食いしん坊の私は、固くなりかけたパンをどうにか美味しく食べられないかと試行錯誤しまして…さすがに小学生には揚げ物はハードルが高かったので、フライパンにバターを敷き、パンを焼いてお砂糖フリフリ「あーら♪なんかいい感じ。揚げパンっぽい」と悦に入り、しばしばおやつにしてました😆結婚後もサンドイッチの残りの耳とか、固くなりかけのパンとかがあるとよく揚げパンにしてましたきな粉や抹茶を振ったり、夫も大好きでした早速お供えしました今日もきっと喜んでいることでしょう😊
毎晩夕食後にウォーキングに行くのが日課です時間にしてだいたい40~50分くらいと軽い運動ではありますが音楽を聴きながら続けていますいくつかプレイリストを作ってあり、ほんの一部ですが↓懐かしの80年代の洋楽ばかり聴いていますSpotifyのプレイリストのスクショですあまりCDを買うことが無くなってしまい、アーティストの方には申し訳ないのですが、こういったアプリ(有料会員です)からでも多少は還元はされますよね?ごめんなさい💦ウォーキングのBGMを洋楽ばかりにしているのは理由があって、日本語の歌詞が入っている曲はうっかりすると今の心境に重なり感情移入してしまうものもあって…泣きながら歩いている、というヤバい人になってしまうので避けていますただでさえ、時間的に夜間パトロール中のパトカーによく遭遇します😅80年代は思えば一番、洋楽を聴いていた年頃でした毎週、小林克也さんの『ベストヒットUSA』を欠かさず観て、当時は交際中だった夫と毎回放送後に電話をかけ、あれこれ話すのが楽しかったです。家電の時代なので、長電話して怒られたりしたことも良い思い出です結婚式のキャンドルサービスのBGMは、夫が編集した「we are the world」でした懐かしや…😊夫とは今までいくつかのコンサートに一緒に足を運びましたどちらかの趣味に付き合ったり、頂き物のチケットでとか最後に行ったコンサートは亡くなるわずか二週間前の4/9横浜アリーナでのTM NETWORKのライブでした私がかつてTMの熱狂的ファンで、夫を洗脳しました(笑)とは言えまたライブに足を運ぶようになったのは最近ですその前に参戦したのは約30年前?💦彼らも活動休止やら小室氏の不祥事やら、イロイロありまして…私も一時期は動向を追うだけで、いわば出戻りファンなのであまり大きな声では言えません久々に足を運んだのは今思えば何かに導かれたのかこの一年の間に病と共に歩みつつも3度のライブに行かれたのも不思議な御縁かも昨年5月に横浜Kアリーナでのライブに参戦翌月に体調不良から病の発覚その後は安定が続き、抗がん剤治療も受けなかったので、ずっと月イチの検診だけで服薬も無く元気に過ごしていましたそして昨年末、大晦日に東京ガーデンシアターでのライブに再び参戦この時も、二時間超えのステージをずっとスタンディングで観ているほど元気でした思い返すと、4か月後に亡くなってしまうなんて、誰も信じられなかったと思います仕事もこなし遊びにも出掛け、見かけではとても大きな病を抱えているようには見えなかったです最後のライブは夫が入院する前に既に抽選に申し込んでいましたその後急遽入院、しかも症状が進んでしまった事は明らかだったので、キャンセルしようと思いましたがもう出来ませんでしたいっそ外れてくれたら…と思っていましたが、そういう時に限って当選してしまうものです退院は出来たものの、車椅子でもあるし…参加するか否かと悩んだのですが夫が楽しみにしていたことは、ケアマネさんや看護師さんにも伝わっていて、皆さん「楽しんできて!」と背中を押してくださったので、参戦することに予め主催者側に車椅子席での観覧をメールで依頼交通経路の確認など事前準備もして、夫の車椅子を押して向かいました結果、電車利用でしたが鉄道会社の方にも親切にして頂きもちろんライブ会場でもスタッフの方が充分に対応して下さり、色んな方のサポートの元、無事観戦夫の車椅子の後ろに用意された椅子に私が座り、合間合間に夫に耳打ちで感想を言ったり、夫の体調も安定していて楽しそうで、夢のような一夜でしたその後自宅にいらした訪看さんやケアマネさんも「楽しかったですか?良かったですね~」と喜んでくださり夫も嬉しそうにしていましたそしてライブから2週間後、私に看取られ静かに旅立ちましたいつも思う事ですが夫が病気になったことは残念でしかありませんが、たくさんの支えてくださった方に出会えたことは、夫にとってはもちろん、私にとっても生涯忘れられない思い出になりました
いつも買物途中に通る公園で見つけましたブルーベリー🫐みたいだけど、色がなんか違う?写真だけ撮り、帰宅して画像検索しました【ブルーベリー ピンクレモネード】という品種らしいですその名の通り、酸味があるが美味しいとのこと味見してみれば良かった〜😝でも公園に植えてある実を食べたら軽犯罪なのかしら??今日は夫の祭壇周りの模様替えをしましたお盆は特に何もせず、供花だけ少し賑やかにしていましたが、傷んできたので処分(夏は本当に生花がもちません)最初は色々な花もあるアレンジ花束でしたが、ポンポン菊だけかろうじて残りました切り戻しを繰り返してどんどん短くなり可愛いサイズ感になってしまいました😅遺影の前にしばらくの間飾っていた物も仕舞います千羽鶴ならぬ「五十羽鶴」です😆夫が亡くなって翌々日くらいかな?DAISOで50枚すべて色が違うという、折り紙を見つけましたふと、一日一羽折っていけば四十九日(プラス一日だけど)になるなと思い、その晩から毎日寝る前に一羽づつ折り、遺影の前に並べていきました折り鶴は、病回復の願いを込めてという意味合いがありますが、慰霊の為にも捧げられるようなのでもう、夫にしてあげられる事は何もないただ安らかに眠ってもらえたら…と祈りを込めて毎夜折りました時々端から数えては「もう◯日経っちゃった」と寂しい気持ちになりましたこれまで並べて置きましたが、ホコリが心配なので畳んで缶に納めておきます夫は海洋散骨を希望していたので、その時に可能であれば細かくして一緒に海へ流そうと思います出来なければ、夫の持っていた御守りと共にお焚き上げしてもらおうかと考えています🍀 🍀 🍀 🍀 🍀 🍀 🍀今日の夕ご飯牛すじを半額でGetしたのでカレー🍛に牛すじは下処理が面倒ですが、丁寧に煮込むとトロトロで美味しい♪夫もカレー🍛は大好きでしたが、末期になり辛いものやコーヒーがダメになりましたそしてやたらと甘い物を好むように…医療用麻薬の影響とかあるのでしょうか?お酒が苦手な私ですが、これは飲みやすくてたまに口にします更に飲みやすいように冷凍フルーツをプラスしてみましたミックスベリーの主張が強く、ピンク🩷になってしまいましたが、美味しかったです😊アルコール度数5度で150mlこれでもう出来上がってしまいます🌀(笑)
昨夜というか今朝、夫の夢を見ました夢の中で、息子一家と何処かに出かける準備をしていてただ夫はあまり体調が良くなさそうで、私が「やめとこうか?」と聞くとちょっと眉間に皺を寄せながら、力ない笑顔で「大丈夫だよ」と答えるそんな場面でした夢の記憶って目覚めた途端に、指の隙間から砂がポロポロ零れるように消えてゆく…そんな感覚ですなので、今までも登場していたかも知れませんが、今日はたまたま…起きてすぐ「ん?夫がいた?」と思い、必死に欠片を拾い集めた結果のワンシーンです残念ながら、夫に会えて嬉しいとは思いませんでした理由は夢の中の夫が明らかに闘病中に見えた事と起きて「夢か」と現実を知らされたからです「夢でもいいから会いたい」とよくお見かけしますが個人的にはそう思わないのです必ずしもそれが、ずっと大切に心の奥の宝箱にとっておきたいような場面とは限らないから夢は自分ではコントロール出来ない『夢でもし会えたら 素敵なことね~♪』と歌にあるようなロマンチックなものなら良いのですが、きっと今は夫の闘病の記憶が鮮明過ぎるから、この場面だったかも知れません何より目が覚めた時の絶望感が半端ないです起きたら1人…なのですからなので今日は久しぶりにブルーな一日を過ごしました夫に対する後悔の気持ちは最近になり影を潜めてきたただ、寂しさばかりはどうしようもない夫はいつも心の中に存在しているし見守ってくれていると信じてもいるけれど実際にぬくもりが無い優しい言葉かけも無いそればかりは何をどうしようと事実なのだ夫は、私にはもったいないほど優しい人だったどこに行っても何をしても、自分の事は二の次で私が笑顔でいられるように考えてくれていた二人で歩く時はいつも車道側を選んで守るように歩いてくれる人だった私が仕事や買い物から帰ると連絡すれば、雪の日でも台風の日でも必ずバス停まで迎えに来てくれたいつだったか混雑しているお店で、他の人を避けた拍子に棚にぶつかり、ワインの瓶を落とし派手に割ってしまった(どうしよう…)と固まっていたら、夫がすぐに傍に来てまず「ケガしてないか?」と聞いてくれて、お店の方に謝罪と買取を申し出てくれた「何やってるんだ」くらい言われても仕方ないのに…私が何か失敗しても決して責めずに「大丈夫」とかばってくれていた息子は反抗期も無くて親子仲は良好だったが10年以上前だったか、当時の遠距離恋愛の彼女との付き合い方で私が苦言を呈した時に諍いになった長い話し合いの末ついに息子が、彼女の為に私とは決別しても構わないとまで言ったそれまで静かに諭していた夫がいきなり息子に「いい加減にしろ!」と大声で怒鳴りつけた私と息子は、そんなパパを見たことが無かったので、驚き竦み上がるほどだった見ると夫は涙を浮かべていて「ママが可愛そうで…」と呟いた今まで一生懸命育ててきた子供から縁を切る、と言われた私を思っての事だったその時、私ってこんなに大切にされてるんだ…と場違いな感動を覚えたつい温かな思い出に浸り、悲しくなってしまうこんな日もあります今日の夫と私のおやつ【UNIドーナツ】の生ドーナツ夫が仕事帰りに寄り道して、よく買ってきてくれましたパパ、わざわざ遠くのお店まで行ってくれてたけど、最近近くにオープンしたんだよって報告したかったいつものように半分こして一緒に食べようね
朝ごはんのような見た目ですが今日のブランチです昔から1日2食生活なので最初の食事はいつも11時過ぎですご飯を炊き、お味噌汁を作りあとはお漬物や「ご飯のお供系」などで簡単に野菜不足になりがちなのでお味噌汁の具でなるべく摂るようにしてます今日はほうれん草、きのこ、ねぎ、お豆腐ですだし巻き卵はいったい今までどのくらい焼いただろうお弁当の定番で2日に1回は入れてました結婚後〜、息子の分もあったしで相当な数そのわりにはたまに失敗します💦今日のも撹拌不足ですね、白身の存在感が…ご飯のお供に重宝するものは小分け冷凍たらこや明太子も一切れずつ冷凍におにぎりやパスタに使う時も便利ですこうしないとなかなか一人では消費しきれません今日は鯛みそとたらこご飯を炊いてる間に出しておけば自然解凍されてちょうど良き♪鯛みそは夫も大好きでしたかまぼことか野菜スティックに合わせたりそのままご飯に載せても美味しコレはこないだ購入しましたが、なんて便利一人だと少ししか使わないのでこれで充分です今まで、大根おろしは夫の担当でした地味に力仕事なので、いつもお願いしてました電動のもあるのかな? うちは結婚当初から愛用のセラミックのおろし器を使ってました夫の料理センスは残念ながら…でした😓なのでご飯炊いたり、麺を茹でたり小学生レベルのサポートをお任せしてました(笑)なんやかんやでキッチンにやって来ては「何かお手伝いできることある~?」と言うので私にうるさく指示されながらも素直に手伝ってくれて雑談しつつ二人で準備する時間も楽しかったですかなり昔ですが『ホノカアボーイ』という岡田将生さん主演のハワイが舞台の映画を映画館で観ました劇中のお料理がどれも美味しそうで、購入したパンフレットに載っていたレシピを元に再現してみましたロールキャベツなどは時々作っているので、ソースだけを参考にして美味しく出来上がりましたがマラサダは分量を見誤って、結果とんでもない量が出来上がってしまいました(笑)当時息子がまだ同居していたとは言え3人分で40個くらい出来てしまい、夫と大笑い😂そんな失敗も二人なら楽しかったです思い出すと泣けてしまいますねご飯が炊けました😊
このところテレビでは戦争の特集がたくさん放送されています先ほど観た、綾瀬はるかさんらが出演されていた特番も胸に刺さりましたが未体験の私が、快適な部屋で涙しながら観るそれすら軽々しく思えてしまって、言葉になりません年齢を重ねるごとにそういった思いが強くなります昨夜NHKで放送されていたドラマも興味深かったです↓リンクは貼っていませんが、BSで再放送予定のようです阿部サダヲさんの鬼気迫る演技がすごい…そして今日は終戦から80年私達が改めて考えさせられる日でもあります私はいわゆる高度成長期に誕生しましたが、幼い頃はまだ戦争の爪痕があちこちに色濃く残っていたような気がします街角で傷痍軍人の方々が歌を唄い、募金を募っていたり、通っていた小学校の敷地には、なんと防空壕の後の洞穴も残っていて、私達は無邪気に隠れ家にして遊んでいたりしました当時「りぼん」や「マーガレット」といった少女マンガ誌でも夏になれば、戦争をテーマにした作品が並んでいて、そこから戦争の悲惨さ、哀しみを学んだ思い出があります私の父は終戦当時大学生で、同じ大学の文系の学生さん達は学徒動員で戦地に送られた方々もいたそうです父は理系で、おそらく理系の学生は兵器や航空機・軍艦の製造に役立つからと招集を免れていたとのことですが、戦争が長引けばやがて…という瀬戸際だったと聞きました母は横浜大空襲で焼け出された経験があり、家族は無事だったものの家を失い苦労したと幼い頃繰り返し聞かせれた思い出があります戦争で命を落とされた多くの人々は、今の世の中を見て何を思われているのでしょうか…体験者として語り部が年々少なくなり、遥か遠い日の歴史になりつつありますが遺された者に出来るのは、いつまでも忘れないことそれだけのような気がします私自身夫が旅立った今、彼に対してしてあげられる事いつも心に居場所をあけておいてこれからも共に生きていくことそんな風に思います数年前に購入しました夫と二人、じっくり読みました収録作の中で私がリアルタイムで読んでいたのは、巴里夫さんの作品この方は他にも戦争をテーマにした数多くの作品を「りぼん」で発表されていましたどれも子供心に強く訴えかけられる作品でした
お盆も通常営業です↑年中無休のお店の張り紙みたい(笑)ですが我が家は特別な事は何もしないということ8/13は俗に言う「お盆の迎え火」を行う日だった無宗教で懇意にしているお寺やお坊さんも特に無いので、形ばかりのお飾りもせずいつも通り暮らしている個人的に、葬儀から連なるあらゆる仏事は遺された者の心の安寧のために行う事だと思っている故人を思い偲ぶのは形式や時期に拘らずであっていい夫もかつて自分の親を見送った際にそう話していたなので私もそれに倣って、夫を思いながら過ごそう子供の頃、母にキュウリやナスで精霊馬を作らされた記憶があるただ、実家は浄土真宗でこの宗派はそもそもお盆行事はおこなわないのが通常らしい「故人は亡くなってすぐ仏様になるのでお盆に現世には帰って来ない」という教えなのだなので今思うと母もたんに世間の流れに乗って行っていたのだろう後々兄が亡くなった時、説法会に参加して、この教えにショックを受けたと言っていた無知にもほどがある😓 母らしい… 先日、ブロ友さんのコメント欄でもお伝えしたのだがスマホのフォト機能がすごいということ撮影した花の写真などを画面に出し、下の「レンズ」という欄をタップするとネットに連動して同じ花の画像や名前を提示してくれる知ってました?私はだいぶ前に偶然見つけましたきっと巷の本屋さんなどに売っている「スマホガイド」などで紹介されていると思いますが、なにしろ触って覚えるタイプなので、まだまだ未知の機能を知らずに損しているかも😅で、何げなく他の写真も試してみました↓この写真、数年前に皇居となりの千鳥ヶ淵へお花見に行った時にボートに乗った写真ですが タップしたら瞬時に千鳥ヶ淵の案内と、他の方が撮影した類似写真が表示されました!こんなわずかに映った背景から…すごくないですか?ちなみに夫がメインで映っている他の写真を試してみました類似写真が表示されるということは「誰か、夫に似た芸能人の写真が出てくるかも?」「誰だろう~」 わくわくそしてタップした結果…夫はメガネ男子(おじさん)なのですがメガネにピントが合ってしまいショッピングサイトのメガネの画像がズラリとしんみりするはずのお盆の入りだけど夫のおかげで笑えましたありがとう我が家らしくていいね