過去からの呪縛 | ソロ活やら義理母やら

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1人ゆえの悩みや問題、義理母の困りごと

どうやら掛け捨てではなかった保険?なのかなんなのか。

保険を見直したら、なにやら積み立てていた物があったらしく50万円ほどバックされるらしい。


今までの私だったら即貯金!

他に選択肢はなし!だった。


お金の使い方って親に似ると聞いた事があるけれど、私は母親にソックリ。

というか、母親に洗脳されて育ったようなきがするww

「無駄遣いすると貧乏になる」


そう。

もはや何が無駄で何が必要であるかを考えるより先に、とにかくお金を使う事に昔から罪悪感を感じていた。


しかーし。

年をとった母親が最近言う事が変わってきたのだ。

お金は貯めてても何にもならねぇ、

使いたい事に使って遊んだ方がよい人生だ。

と。


私もそれを聞いて、使うと貧乏になるという呪縛から少しだけ抜け出せたような気がした。

母親からの言葉の呪縛って、自分が思ってるより強烈なのだとこの時に気が付いた。


でも片足はまだ貧乏呪縛から抜け出しきれていないんだけど魂が抜ける

まだソーセージ買うのもザワザワするーーww


で結局いま何を感じているか考えているかと言うと。

キャッシュバックされたお金を足したら自転車を買えるではないか!


1人でいってみたい山がある。

体力はない。

やっぱり必要、電動自転車。

こうやって自分で自分の背中を押そうとしているところ真顔

仲間がいたら、仲間が背中を押してくれるか止めてくれるか、アドバイスをくれたりするのかな。。



自転車仲間に憧れを持っていたあのころ。。

チームというモノに入ってみたこともあった。

けれどもミンナナカヨシアタリマエ的な感じで、お揃いのジャージを作って着なければ仲間ではない?という雰囲気というか。

ジャージを作らないなんて、まさかチームを愛してない?という雰囲気というか。


なにか見えない圧を感じていた事があったなあ。

あれはホントはないはずの圧を、ただ私が勝手に作りあげていただけだったのかな。

たぶんそうなのだろうな。


私もホントは溶け込める自分になりたいのだと思う。

けど私には話題がない。


ホントは目の前の人に興味を持って、好きになりたいのだと思う。

けど心を開くという事がどういう事なのかよく分からなくなってしまった。


小学生の時、仲良くしていた友達に、いつから支配されるような関係になってしまった事が原因なのかなあ。

これは人間不信というのだろうか。


中学、高校では明るいグループにいて、人と接することに対してイチイチ深く考えてなかったんだけどなあ。


ウ~ン。

自分でも謎。

今の自分は過去の積み重ねによって出来ているとは言うけれど。

そして過去は変えられないけど、今スグ変わる事は出来ると言うけれど。

さて、何から変えていこうかな。


口角をあげてみようかなニヤリ