爺の三文物語に最後までお付き合い頂き
感謝の言葉も有りません。本当に有難う。
今回の物語は原稿用紙換算で372ページとなりました。
私は娘に逢いたい。
否、また逢えると信じている。
魂の存在を信じている限り、それは可能だろうと思う。
契りを結んだ者同士は離れる事なく
永遠にこの世で関わり合うのだから。
 
「寝ずの番」49(完)
 
京太が先に隠し部屋に入り、続いて龍平が隠し部屋に昇って来た。
隠し部屋の天井高は低く、二人は身をかがめながら室内を見渡した。
各桐の箱に書かれている箱書きを目で追うと
伊藤若冲、速水御舟、円山応挙、森狙仙、上村松園など
著名な絵師の名前がずらりと並んでいる。
また沈南蘋、劉松年、藍瑛、羅聘
など中国の有名絵師の名前も並んでいるではないか。
それがざっと数えてただけでも優に300本は有る。
「ど素人の俺が軽く計算しただけでも億は超えているな!」
京太が興奮した震える声で言った。
しかし、隆弘が集めた宝はこれだけでは無かった。
数百個にも及ぶ数の根付が出て来たのである。
根付とは江戸時代に流行った留め具の事である。
筆記用具、薬、煙草などを入れた袋の紐を帯に潜らせて吊るし、
落ちない様に端に留め具を付けたのである。
大きさは鶉の卵ほどと小さい。
しかしどれも見とれるほど見事な彫刻が施されている。
材質はそれぞれ有るが、
隆弘が集めた根付はのほとんどは象牙で作られていた。
龍平と京太はその見事な彫刻と造形の美しさにしばし目を奪われた。
「龍平、お前の爺さん。
やっぱり凄い目利きじゃないか!流石は富豪室岡家だな。」
京太は高鳴る気持ちを押し殺しながら、それでも大きな声で龍平に言った。
そしてそう言い終わると
京太は隆弘が残した偉業に感嘆する重いため息を吐いた。
「龍平、こりゃあ、とんでも無い事になるぞ!」
京太は龍平の手を強く握りしめながら言った。
二人は興奮冷めやらぬ表情で隠し部屋から降りて来た。
「爺ちゃんにも感謝だけど、源一郎さんにも感謝だな。」
龍平はそう言うと早朝であるにも関わず
源一郎の息子・俊一に電話を入れて
まだ興奮冷めぬ震えた声で事の顛末を捲し立てた。
そして電話を机に置くと京太に言った。
「まず、落ち着いて珈琲でも飲もうや。」
二人は京太が淹れた熱い珈琲を喉に流しながら部屋に煙草の煙をまき散らせた。
そして龍平がぼそりと言った。
「京太、良庵さんを呼んでくれないか。」
「ああ。俺も今そう思った。でも、何て言えばいい?」
「夢に源一郎さんが現れて、爺ちゃんの遺言を届けてくれた。
今、室岡家は大変な事になっている。それで行け。」
京太は良庵に電話を入れ、龍平に言われたままの事を伝えた。
暫くすると、血相を変えた良庵が家に飛び込んで来た。
息を弾ませている良庵に京太が言った。
「先生、すごい事が起きたんだ。室岡家からお宝がザクザク出て来たんだよ!」
そして開け放たれたままの押し入れを指さした。
「電気を点けたままにしてあるから、天井裏の隠し部屋を覗いてみてよ。」
言われた通り、良庵が押し入れに入り、そして天井裏の隠し部屋に姿を消した。
暫くすると、天井裏から良庵が放つ唸り声が何度か漏れ聞こえて来た。
どうやら良庵は掛け軸などに多少の見識があるらしく
桐箱を空けては新たな唸り声を上げているらしい。
京太は良庵が興奮した面持ちで隠れ部屋から降りて来る事を予想して
酒の用意をして良庵を待ち構えていた。
やがてその良庵が顔を硬直させ興奮を隠さぬ表情で降りて来た。
「先生、まず一杯!」
すかさず京太が良庵に酒を勧めた。
コップを受け取った良庵は、京太に礼を言うのも忘れて
コップを傾けて酒を一息に飲み干した。
「龍平さん。お宝なんて言う物じゃない!国宝級の逸品がうじゃうじゃ溢れている!
流石は室岡家の秘宝だ!と私は叫びたいですな!」
そこで良庵はひと昔前の室岡家がどれ程の栄華を誇っていたのかを滔々と語った。
しかし龍平が感嘆したのは、室岡家の過去の栄華ではない。
源一郎が隆弘から遺言を預かって来たと言う事実なのである。
「魂は、信じる信じないに関わらず、厳として存在しているのです。
そうでないと、辻褄が合わない事がこの世には多すぎるのです。」
龍平は、良庵のそのひと言に大きく頷いた。
「良庵さん。私は家を建て替えようと思っています。
京太の叔母さんもここへ越して来るんです。」
「龍平ハウスだな。」京太が力強く言った。
すると良庵がぼそりと言った。
「龍平さん。龍平ハウスにひと部屋増やしてもらえませんか。
私もここに住まわせて欲しいです。」
「そうですね。良庵さんが加わって貰えると心強い。
『寝ずの番』の需要は今後増えて行くばかりです。
貴方が社長になって会社組織にしましょう!」
三人の乾杯音頭が古びた部屋から漏れ聞こえて来た。
だが、庭で咲き誇る紫陽花の影でそれを聞き
微笑む隆弘の透き通った姿に誰も気が付く事は無かった。(完)