さて、2回目の投稿になります。

今日授業中、板書が終わって暇だったんでここに投稿する内容をざっとまとめたんですね。


「あれ?私話する事多くない?」


今まで経験したことを並べたら
どれも濃密過ぎるんです…あれ?幸せ者なのでは?

前編後編って分けて投稿しようかな…





それでは本題に入ります

昨日、大学の職員と後輩に言われたんです



「私みたいな人間が就活に良い」




は?何言ってんだ?って思いました




私の先輩が就活をしていて苦戦してるのを見てたので今のままじゃ私ダメダメだから改善しないとなぁって思ってた所なんです。



良いって、え???ってびっくりしました。



職員に聞いてみたところ

人との付き合う際に可愛がられる度合い




だそうです。

ほう、なるほど。得意分野ではないか(ドヤ)



注(だからといって就活に役立つわけでもなければまだ就活してないので。現実そんなに甘くないし頑張らねばと思いました)(鵜呑みにしてないです)(ここからは個人的な話です)





私人に好かれる才能があるんだと思います。
ずっと思ってました。
けれどこの才能は作り上げたものです。

私は幼少期、祖父母に育てられてきました。
両親が学生婚という事もあって近所の年配の人と交流が多かったんですよね。
話をする時にどうしても目を逸らしてたんです。いつも。
私が悪い事(つまみ食いとかね)したのを見透かされるんじゃないかって思ってたんでしょうね、大人の目が怖かったです。

そんな私も大きくなって中学2年生の時です。産まれた時からお世話になっている先生と将来の話をしてから私は変わりました。



中学2年生の時に留学、ホームステイをしました。10日間知らない家庭の中に入って英語で話するんです。




めちゃくちゃ楽しかったんです。




異文化や自分が英語を喋って伝わるのがとても楽しかったんです。


英語を極めようと思って国際科のある高校へ進学したいと、意思表明しようと思った時…………


あ、私意思をちゃんと伝えて家族に賛成して貰えれば、行動できる状態にあるんじゃないか?


あれ?
ちゃんと伝えなきゃ分かってもらえないのかも?どうやったら伝わるんだろう?
逆にどうやったら私は意見を聞き入れる状態になるんだろう?
どうやったら私と同じ熱量で家族が話を聞いてくれるんだろう???



って思ったんですね。




その日から私は目を逸らさなくなりました。




絶対に逸らしちゃダメなんですね。

中学2年で気付くなんて遅すぎますね。



私が可愛がられるのも目をじっくり見て話をしているからなんじゃないかな、なんて。自惚れかもしれませんね



話がまとまりませんでした。



今でもたまに見かけます。
全然目を合わせてくれない人。
話してて悲しくなりますね…




今1度中学2年生の時の気持ちになって
意識して目を見ながら話するようにしますね。