1965年にパリのシャトレ座で上演されたオペレッタ『ムッシュ・カルナヴァル』のための曲で、作詞はジャック・プラント、作曲はシャルル・アズナブール。主演のジョルジュ・ゲッタリーが創唱したと資料にあります。 

 

翌年にそのジョルジュ・ゲッタリーが歌ったステージ映像です。素直な表現がすてきですね。もともとは貧しい画学生だった青春時代を追憶する内容に沿って途中画家が登場する洒落た演出です。

 

とはいえ「ラ・ボエーム」として最も広く知られているのは作曲したアズナブールによるもの。YouTubeには彼の幾つかのヴァージョンがありますが、アズナブールの演出は常にモデルをデッサンしているゼスチュアをつけて歌い、最後にハンカチを落としてサッと引っ込むというものです。 シャルル・アズナブールのモノクロ動画時代の歌唱で「ラ・ボエーム」。

 

この歌をカヴァーする歌手はあまり多くないのです。おそらく難曲ゆえ敬遠するムキも多いのではないかと思いますが、大別するとアズナブール的な思い入れタップリの演出を重視するか、あるいは歌詞の主人公の立場で淡々と歌唱に徹するかの2派に分かれるようです。

 

後者の代表はちあきなおみ。「喝采」で日本レコード大賞を受賞(1972年)し、若くして歌謡界の頂点にたった後に彼女の前に立ちはだかった迷いの壁を、ポルトガルのファドやフランスのシャンソンに新たなレポートリーを広げることで乗り越えて、見事にちあき流表現法を極めました(とボクは思っています)。 ちあきなおみがご主人の死去に伴って歌手活動を停止した1992年のコンサートの映像です(外国語の掛け声がかかるので、日本ではないのでしょうか?)。アズナブールはこの歌では必ずハンカチを最後に投げ捨てますが、ちあきなおみは一輪の花(薔薇?)を捨て去ります。

 

最後の最後まで演出された素晴らしい歌唱で、ボクが名づける“シアトリカル・シンガー”の本領発揮。彼女の歌は一瞬にしてその場をちあきなおみ劇場にしてしまうマジックがあるようです。そして歌の主人公に憑依するかの如き歌。すでに表舞台から消えて30年近い年月がながれました。先日BS-TBSで放送された特集番組でも痛感したのですが、『8時だよ!全員集合』のようなお笑い番組の場面転換時に歌う時も常にちあき流表現に徹しているプロ精神に改めて彼女のスゴサを思い知りました。

 

次は珍しい日仏コンビによる「ラ・ボエーム」です。長谷川きよし(日本語歌詞、ギター)とパトリック・ヌジェ(フランス語、アコーディオン)の絶妙のコンピです。

 

最後はシャルル・アズナブール 2008年パリはオペラ座でのコンサートです。

 

アズナブールは日本公演の約3か月後に94歳で亡くなりました。ですからこのオペラ座公演時は84歳くらいでしょうか、初期のライブから一貫したその表現力の巧みさに改めて惹きつけられます。

 

由紀さおりの「恋文」(1973年発売)は、♪アズナヴール 流しながらこの手紙を 書いてます という歌い出しから始まります。この歌詞を書いた吉田旺は、ちあきなおみの「喝采」を始め「劇場」「夜間飛行」の3部作や、ちあきが歌った一連のファドの日本語詞を書いています。

 

なかでは「霧笛」(アマリア・ロドリゲスが創唱した「難船」が元歌)のちあき=中村コンビの表現力の凄みに、ボクは身震いすることすらあります。 ボクはこの歌世界を“ちあきなおみ劇場”と呼んでいます。しかしながら、いまや歌い手の立場で歌詞を書くプロフェッショナリズムはすでに世になく、ここに改めて昭和歌謡の真髄をみる気がします。