1964年に映画化された『マイ・フェア・レディ』のアレンジを担当したのはアンドレ・プレヴィン。同年のアカデミー賞編曲賞を受賞しています。

そのプレヴィンが、シェリー・マン(ds)、ルロイ・ヴィネガー(b)とトリオでジャズ・レーベル、コンテンポラリーに録音したアルバム『Shelly Manne & his Friends/modern jazz performances of songs from MY FAIR LADY』は、映画化に先立つどころか、ブロードウェイでミュージカルが始まった同じ年(1956年)の8月17日に録音されました。

ミュージカル『マイ・フェア・レディ』がブロードウェイのマーク・ヘリンジャー劇場で開幕したのが1956年3月15日ですから、コンテンポラリーのプロデュサー、レスター・ケーニッヒの着眼が早かったのか、アラン・ジェイ・ラーナー(歌詞)とフレデリック・ロウ(作曲)のコンビの名曲揃いにアンドレ・プレヴィンの琴線が触れたのか定かではありませんが、このアンドレ・プレヴィンの軽快で、かつ気品あるピアノプレイは洋の東西を問わず多くのジャズファンを揺さぶったのでした。

ところでボクは、このLPを自分では持っていたと思い込んでいたのに、探せど見つからず。そこで先日お茶の水の某ジャズ専門の中古店でリマスター盤CDを見つけたので、小躍りして購入しました。

そういえば渋谷のHMVが店仕舞いしてからというもの、ついつい楽~なアマゾン買いに手を染め(指クリック?)てしまい、今回のような中古レコード店で探していたLPやCDを見つけた時の喜びを長い間忘れていたのでした(苦笑)。


今日の1曲は渋めの選曲かもしれません。誰もが「君住む・・」や「踊り明かそう」などを想定する、いわゆる本命曲と一味ちがって佳曲というにふさわしい「Wouldn't It Be Loverly?」。まず最初は映画で出演のオードリー・ヘップバーンの吹き替えさん、マーニ・ニクソンのオーソドックスな歌唱にて。




さてこのマーニ・ニクソン、以前にも書いたことがありますが、ミュージカル映画吹替え女王!とでもいうべき人。映画の『王様と私』では家庭教師役のデボラ・カーの吹き替えで「シャル・ウィ・ダンス?」ほかを歌い、映画版『ウエストサイド物語』ではマリア役のナタリー・ウッドの吹き替えで「トゥナイト」ほかを歌っていて、この『マイ・フェア・レディ』のイライザ吹き替えでも起用されています。(ちなみに映画版『サウンド・オブ・ミュージック』では修道女の一人として出演し、みんなでマリアのことを歌う「How Do You Solve A Problem Like Maria?」にも参加しています。

ところで(以前にも書きましたので、しつこいですが)ミュージカル版『マイ・フェア・レディ』でのイライザ役はジュリー・アンドリュース。このキャスティングの候補はメアリー・マーティンと競ったらしいですが、ジュリーに決定。しかしジュリーは映画版『マイ・フェア・レディ』ではオードリーに主役の座を奪われてしまいました。が、翌年の映画版『サウンド・オブ・ミュージック』では主役の座を射止めてジュリー・アンドリュースの名を世界にとどろかせることになったのでした。

つぎはブロードウェイで2717回、9年以上に渡って舞台でイライザを演じたジュリー・アンドリュースの歌唱です。歯切れのいい歌い方、ボクはとても好きです。



ところでサントラLPでもCD盤を買いなおしても気づかなかったのがタイトル。シェリー・マン版をよく見るまでは、「Wouldn't It Be Lovely?」だとばかり思い込んでいました。


ちがうんですね、これが。Lovelyではなく、Loverly。つまり邦訳すると、「ステキじゃない?」ではなくて、「恋人みたいね?」ということになりますか。ウーム。(ボクの愛用辞書研究社版にはloverly「恋人のような」訳が掲載されています)

そこで思い起こすのは、物語の骨子。花売り娘のひどいコックニー訛りをヒギンス先生が直して見事レディに仕立て上げるストーリーとの関係を考えるために映画のサントラ盤を聴き直しました。

オードリーの歌(マーニ・ニクソンですが(笑))では、takesをタイクス、coal(石炭)をカール、awayをアワイ、などなど極端になまった歌詞になっていますので、歌詞やタイトルとしては本来はlovely(愛らしい、素晴らしい)とすべきところまで徹底してloverlyと訛って名付けたらしい、というのが定説になっているようです。原作『ピグマリオン』の著者、バーナード・ショウの皮肉屋ぶりを考えると、歌詞のアラン・ジェイ・ラーナーもその精神を受け継いだものと推測しています(確証はありませんが)。


さて今日の記事は妙に理屈っぽいゾ、とお嘆きの貴兄・貴姉には、キリ・テ・カナワのチャーミングな「ステキじゃない?」を。(ところでオーケストラをバックにした演奏の約6分のところから9分半の最後までがこの曲。前半はなんと、ジェレミー・アイアンズが"Why Can't The English?"を歌っています)




意外やこの曲、YouTubeにも上がってる映像・音源って少ないのです。ちょっとショート・ヴァージョンですが、そのアンドレ・プレヴィンの演奏です。それにしてもいいジャケットですよね。


シェリー・マン・トリオ(ピアノはアンドレ・プレヴィン)




ふと考えると不思議なのは、ミュージカルがスタートした1956年にアンドレ・プレヴィンがピアノでカヴァー録音したからといって、そんな理由で1964年の映画化に際して音楽監督がプレヴィンに決まるなんてありえないですよね。

でも、これってWouldn't It Be Lovely?(「r」抜きのほう)(笑)。