この日に、こんなに大きな出来事が起こるだろうと誰も思っていなかっただろう。
2011.3.11 14:46
いまでも鮮明に覚えている。
あの頃は オーストラリア研修の事前学習で
スクラップブックを作ってた。
ちょうど、 スクラップブックが大体完成して、 宮崎にだしにいこうと席たと瞬間。
なんか揺れてるな~って
ただの立ちくらみかなとか思った(~_~;)ガチで
そしたら、めっちゃ大きな揺れがきてたてないほどで
先生が机の下に頭隠しなさいって
多分ちょっとしたら おさまるよ
って内心軽はずみで思ってた(T_T)
揺れてる間、隣に居た理歩はすごく泣きそうなくらい私の強くにぎってて
自分は、すごい冷静に大丈夫大丈夫って言って
落ち着かせようとした。
それでも揺れは、おさまらないから
この校舎だし、もう終わったな。いままでありがとうみんなって思った数秒間の自分が
いまじゃ、すごい情けないよ。
天井が崩れるのを脳裏にも浮かんだ。
一旦収まって、校舎外にぬけて、
夜は、みんなで、集まって肩を寄せ合いながら必死に生きようと思った。
ワンセグでTVつけたら、ものすごい津波で、 死者一名 って でてて、
びっくりした。(~_~;)
ことは、それだけぢゃなかった。
十分後には、三人。二十分後には、千人って。
もう尋常じゃないくらい 犠牲者が増えて、そのとき事の大きさに気づいた。
学校から配られる食糧をみんなで分け合って食べたね。
一時半くらいに車で家族が迎えにきてくれて、無事帰れた。
友達とか、連絡とれないことか居て、発作痙攣起こしちゃった子も居た(;_;)
でも、学校のみんな無事に帰宅できてほんとに良かったと思う。
そんななかで、被災地のほうは、必死に 手すりにしがみついて
津波に、流されないように頑張って耐えてた人もいるんだよね。
二十キロ先まで流された人も居た。
ほんとに、いま生きてることに感謝しなきゃ。
亡くなったひとのぶんまでも、がんばらなきゃ。
この出来事を歴史の一ページとして残しては、いけない。
この先もずっとこの出来事を忘れては、いけない。
まだ、被災地の人は、充分に生活できてないところもあるけの、
少しでも復興が進んで、みんなが笑顔になれる日がくることを祈ります。
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