四十九日が過ぎたので、納骨を済ませました。生前のカバヨちゃんは、自分が死ぬという事を考えたくなかった人だったので、お葬式をどうして欲しいのかとか、お墓をどうするのかという話をしたことがありませんでした。本人が望みを捨てていないのに、私は「もしも死んだらどうする?」という話を結局、最後の時まで持ち出すことができませんでした。何せ、カバヨちゃんは、最後の最後まで望みを捨てずに癌と闘って、回復することを望んでいたんですから…。なので、お葬式もお墓も会社の方が勧めるままに、すべて、お任せしてしまいました。そして、五七日を過ぎたころから、カバヨちゃんの気配が消えて、成仏したのかなぁ~、なんて寂しく思っています。でも、成仏してあちらの世界で楽しく過ごしているのならば、きっと、そのほうがいいんですよね。ただ、耳鳴りは相変わらずで、特に、寝室にいると、ずーっと「キーーーン」といってます。高い音の耳鳴りは、近くに良い霊がいる証拠なんていいますけど、どうなんですかねぇ~。ストレスのせいで耳鳴りがするっていう説もありますし…。でも、これまでにも色々とストレスがあって、胃炎になったこともありますが、耳鳴りは初めてなので、きっと、カバヨちゃんが側にいて、何か言っているんだと思う事にしています。ただ、何を言っているのかわかりませんが…。(;´▽`A``そして、以下の文は、「千の風になって」の題材になった原文だそうです。私には、原文の方がしっくりきたので、ここに載せておきますね。Do not stand at my grave and weepI am not there; I do not sleep.I am a thousand winds that blow,I am the diamond glints on snow,I am the sun on ripened grain,I am the gentle autumn rain.When you awaken in the morning's hushI am the swift uplifting rushOf quiet birds in circled flight.I am the soft stars that shine at night.Do not stand at my grave and cry,I am not there; I did not die.私のお墓に佇み泣かないでください私はそこにはいません、私は眠りません私はふきわたる千の風私は雪上のダイヤモンドのきらめき私は豊穣の穀物にそそぐ陽光私はおだやかな秋雨あなたが朝の静けさの中で目覚めるとき私は翔け昇る上昇気流となって弧を描いて飛ぶ静かな鳥たちとともにいます私は夜に輝くやさしい星々私のお墓に佇み嘆かないでください私はそこにはいません、私は死ななかったのですなんとな~くなのですが、カバヨちゃんの魂は、永遠になくならなくって、あちらの世界に行っただけなんだ…と。だから、いつか私も今の身体が朽ち果てたときに、あちらの世界に旅立ったら、会えるような気がしているんです。なので「霊魂は永遠で、この世の肉体は仮の姿」そんな気がしてしまいます。まぁ、そんなことは、実際に死んでみないとわからないんですけどね。私はカバヨちゃんのお墓に行って泣くことはないと思います。だって、そこにカバヨちゃんはいないんですから…。
肺扁平上皮癌と闘うカバヨちゃん
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