ぷーこりん家の成長日記

ぷーこりん家の成長日記

オーストラリアでの初子育て。
愛おしい赤ちゃんとの日々の生活、イタリア人だーりんとの国際結婚、海外移住。キャリアウーマンもいいけれど、専業主婦もサイコウだー!等身大の生活模様を綴っていきます♪

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ひっさびさに、育児について書きたいなと思ったら
もうすでに娘ちゃんは2歳近くなんだっていうことにビックリ、のぷーこりんです。



(2歳近くにもなると、こうやって大人みたくコーヒーだって飲んじゃうわけですにひひ


以前、私はブログ内で、寝かしつけトレーニングについて書いたのですが
ブログを長らく休んでいる間に(というより、休んでいた元凶になったのが)この
寝かしつけトレーニング、、ねんねトレーニングだったんですね。


要は、
一人できちんと寝られるようにトレーニングするのを、何だか途中で
自然じゃないな
と思うようになり、

昔の人は川の字とかで寝てるし、
娘もその方が幸せそうだし、
夜中おっぱいおっぱいと起きても隣にいれば、ゴロンと添い寝であげられるし

あー 楽だラクダ、と思って
その時は、ラク、と思えることを選んでここまで来てしまったわけです。


でもでも、
先ほど書いたように、この楽だにゃ~と思えてた行為が後々の自分の首を絞めることになった
わけです。

一言で言えば、
子供がその状態に慣れ過ぎてしまって、



おっぱいは頻回(夜中は2時間置きには起きる)

もちろん自分一人では寝ない=ママは毎回起きておっぱい、抱っこであやす

ご飯は遊び食べ 途中でおっぱいをちゅーちゅー吸おうとする

おっぱい欲しさに睡眠が浅いおかげで、起床時間が遅い時が多々

一日のサイクルが遅くなってしまうと、遊ぶ時間が減る=夜更に良く寝れない



の悪循環生活を送る羽目になったわけです。

そうすると、毎日ぼーっと眠い目、体を起こすべく母は頑張るのですが
まぁ、30歳も半ばになってくるとなかなか体力がつかないものなんです。

遊びに連れて行きたくても出る精神的余裕がなかったり、体力がなかったり。

そうやって過ごしてきて、ようやく2歳近く。
母親にも言われていたように、

そろそろおっぱい辞めたら、とか
おっぱい癖がついてて愚図ったり、食べないのは良くないとか

そういう言葉を丸のみしてたんですね。

で、娘ちゃんに話をするようにしました。


おっぱいをそろそろ辞めてみようか

二歳になったら、おっぱいおしまいだよ


もうすでに、3語や4語をくっつけて文章で会話できる娘は理解もできます。

でも、この”おっぱいおしまいセールス”の話が増えた最近、

さらにおっぱいへの執着がひどくなってきたんです。

酷い時は15分置き。
朝まで頑張ってみるものの、
朝までなると私も究極に眠たくなり、パイパイを触られるのもイラッとしてきちゃいます。

そうなると、もうおしまい、と言って背中を向けるのですが
その途端にぎゃん泣きが始まるわけです。

結局、どんなことをしてもギャーギャー泣かれてしまうと
あげることの方がよっぽど楽になってしまう。

隣の部屋で寝ている主人を起こしたらかわいそうだし、
ここは母さん、頑張って揺ら揺ら抱っこ、するわけです。

最初の数回はギャーギャー泣くけれどもそのうち
理解して言うことを聞いてくれる時もあり、

でも、全く何も効かずに泣き続ける時もあるんです。

そうなると、そのうち、
こんなにギャンギャン泣いている我が子を、黙殺していていいのだろうか?

と思うようになってきたわけです。

どうせそのうちおっぱいだって辞めるんだし、
今でも十分に話が分かって、
外でも元気に遊ぶ
外出していて興味がどこかにあるときはおっぱいもねだらないし

立派に、卒乳できるサインってものが出てきてるじゃないかと
思えてきたわけです。

もちろん、それでも、一歩進んで二歩下がってますっていう状態の時も多々ありです。

だから、ちょっとするとすぐに心が折れそうになって
えーーーい、辞めてしまえーーー

辞めたらもっと私もこの子も睡眠が深くなって
もしかしたらもっとご飯も食べるようになって
すごーーく楽な毎日が待っているかもしれない

と思うと、
今日始めようかな
明日始めようかな

とおっぱいストップトレーニングをすぐにでも開始したくなるんです。

でもね。。。

ママのおっぱい、おいしいラブラブ!

とか

おっぱいあまいっ おいしいっラブラブ!


とか

おっぱいいいいいい~~~

と言い寄ってきてはセルフサービスのガソリンスタンドのように
自分で勝手にチャージして行ったらまた遊びだすとか

そういう我が子は可愛すぎるんですよね。。

だから、

今日も頑張るか・・・・(溜め息交じりですけど)と思ってしまうわけです。

はいっ
二歳過ぎたらどういう風にこの子がおっぱいと共存していくか、
これからもシェアしていけたらと思います。


今夜も早く寝なくては・・・パー



ブログ再開の最初の記事が、あまりにも悲痛で残酷な事件についての私の所感になるので
あらかじめお伝えしておきます。

この記事にはコメント、批判、同情、など一切受け付けません。

私がどうしても、心に閉まっていた気持ちを自分のブログのページで吐き出したいだけなので
十人十色の反応、感情があることは重々わかった上で書きたいと思って再開しました。
ご理解頂けると嬉しいです。





まず、
人質にされて、残酷にも殺害されてしまった湯川さん、そして後藤さんのご冥福を心から
お祈りしています。

お祈りする、なんて、軽々しいですが、私にできることはそれしかないと思ってしています。


残されたご遺族の気持ちを思うと、壮絶すぎる辛い気持ちの中にいらっしゃることしか想像ができないので、心が痛すぎて、私も心が重く、目に入ってくる物がいつもと違うように見えます。





今日、自分は朝から外出をしていて、
後藤さんまで殺されてしまったことを知ったのは帰宅してから、日本にいる家族とのチャットからでした。

その後、ニュースを見ようと子供が騒いでる中懸命にスマホで最新ニュースを探しました。

本当なんだ、と実感が持てたと同時に、あまりにもたくさんの”批判”がある今の日本の
狂っている状態に気持ち悪さも感じたんですね。




危険な国に自ら行ったのが悪い。

殺してくれとでも言わんばかりの軽率な行動。

こんな奴の軽々しい行動のために日本人がこれから目をつけられる。テロに遭う。なんて迷惑なんだ。





???????
どうしてこんなことが言えちゃうの?


そんな風に批判しているあなたは、少しでもその人の立場、その人の家族の立場、
100%、1000%まるっきり同じシチュエーションになって想像してみたことがあるのだろうか?? 

と思ってしまう。


もしも私の愛する旦那さんがジャーナリストだったら?

そして、この後藤さんのように
正義感が強く、自分の危険や家族の犠牲を顧みずにただただ信じることに真っ直ぐ突き進んでしまうような熱い心がある人だったら??

同じようにシリアへ向かう決断をしていたかもしれないし、
同じように人質にされてしまうかもしれない。


同じような仕事で戦場に行っていたというカメラマンが彼のことをジャーナリストとして失格、だなんてネット上で批判をしていたけれど、

そんな彼をジャーナリストとして失格だなんて、なぜあなたのような人が批判できるわけ???
一体何の資格があって、殺された方にそんな批判を?

とも思ったんです。


残された奥さん、子供たち、ご両親、兄弟、
みんながみんな、ただただ、本当に耐え難い苦痛の中にいるんだってことを
なぜ、少しでも想像できないのか??


なんで、そんなに冷酷で、人のことなんてどうでも良くて、どうでも良いはずなのに
批判ばかりする、邪悪な心を持った人が多いのだろう???


批判するべきは、政府の対応でしょう??

人質にされたことを知っていたのに中東へ訪問したり、政府こそ、軽率な発言を繰り返していると感じたのは極一部の人だけなの?


正直、
今の時代のネットから流れるニュースも、テレビで見るニュースも何もかも、
どこまでが100%本当で、ウソなのかなんてわからないけれど、
もしも自分が読んだ情報が本当であれば、

後藤さんのお父様は、ご自分の息子さんが殺されたであろうことを朝のテレビのニュースを見て知った、とどこかで書かれていました。

それを読んだ私は、
なぜ、なぜ、政府からご家族へ連絡が行っていないのか?と疑問に思ったわけです。

NHKやらどこかやらのニュースがそんな大事なニュースを流す前に、
情報規制などをしている政府が知ってないわけがないでしょう??

なぜ???
と同時にここでも国に対しての不信感と反感しか湧き起こらないわけです。


自分の家族が、もしもどこかの国に行ってこんな目に遭ったら、って考えたら
批判しようなんて気になれない。

私が同じ立場になってしまったら、
ただただ泣き叫び、お願いだから助けてと政府にも周りの人にも誰彼かまわずにすがっていたかもしれない。

殺されたお二人のご遺族のように、
政府や国民への配慮をまず見せることなんて、私には到底できえることではない。



国に迷惑、その他の国民に迷惑、だなんて言っている人は、自分のことしか考えない輩なんだと私は思ってしまう。


どんなに強いボディガードを連れて行ったとしても、どんなに気をつけて国境近くに行かなかったとしても、もしかしたら、それでも、武装勢力に捕まることなんて簡単だったのかもしれない。

本当に実際にその場に居合わせた人じゃなければわかりえないことを、
そういう場所に行くのならその土地の最強のボディガードを大金で雇って連れて行けよ、なんて
軽々しく言わないでほしい、元戦場カメラマンさんよ。


私は、亡くなった方の家族でも、親戚でも、友人でも、知人でもないです。


だけど、
そうやって批判をする人たちの心や、考え方をのぞいてしまうと猛烈に悲しくなってしまう。


自業自得で殺された、なんて、口が裂けても言わないで欲しい。


イスラム国の人たちも、どこの国の人たちも、同じ地球上の人間。
国籍も人種も、言語も違っていても、もちろん、思想や宗教が違っていたって、同じ地球上に住む人間。


考えてみたら、私たちが日々生活の中で、
飛んでいる蚊や小さな虫を手でたたき殺しているのだって、人間が動物界にしているテロのようなもの。
虫にだって、親や兄弟や親戚、いろんな感情があるんじゃないか。

そういうことをそういう風に考えられないで、
虫には人(自分)と同じような感情がない、とか、だから殺してもいいんだ、とか
思ってしまうのは、やっぱり悪いことなんだって、思えてくるようになったんです。


はい、だからって、
自分の腕に止まって血を吸っている蚊を快く逃がすこともできないんですけど。


ただ、
人間が、同じ人間に対して、そうやって見下すというか
人間扱いしない心を持ったら、それは虫を殺すのと一緒なんだなって。

だから、
自業自得で殺されたんでしょ、なんて言える人っていうのは
殺された方々のことを知りもしないから故に、
人間扱いもしてなければ、虫同然としか思ってなくて、
それがどうしても、醜いと思えてしまう。


毎日、シリアや遠くウクライナなどの情勢が悪いところでは
一人二人なんかの単位ではなく、何万と言う人が、子供だろうと、妊婦だろうと、
老人だろうと関係なく殺されていることを思ったら、

今地球上に起きている、人間同士での殺し合い全部、ひっくるめて
私たちが悲しまなくてはいけないことでもあるし、
何がいけないのか、どうすれば少しでもそういう争いというか、一方的な殺しがなくなるのかを
考えて行かなくちゃいけないのじゃないか。

何も起きていないことが平和で、
自分の身に起きていないことが幸運、で片づけるのではなくて

ひとりひとりの心の中、頭の中に、少しでも問題定義する隙間を作ったり、
考えて、どこかでいつもと違う何かをしてみたり、
人を、国を、地球を変えてみようと思ったり、

そういうことが必要なんだよって、
こういう悲惨な事件が教えてくれてるんじゃないのか、とも思うわけです。


殺されてしまった方々への尊い気持ちを、そういう気持ちへとつなげることこそが
同じようなことをゆくゆくは防げるようになるんじゃないか。


我が子をどうやったらいろんな危険から守れるのか、
そういうことを日々考える母親としては、
つい、こういう考え方になってしまうのです。


私の書いていることが、
少しでも殺された方々へ届いているのだとしたら、


お願いですから、苦しかったこと、辛かったことを天国では忘れて
残されたご家族のことを見守ってやってください。
そして、この地球上から少しでも同じようなことがなくなるよう、
見守ってください。

辛い辛い瞬間をどれだけ長い時間、感じていたのでしょうか。
今は、その辛い瞬間から解放されて少しは楽になったでしょうか。

心からのご冥福をお祈りします。


私は、これからも考え続けるのをやめないようにします。
より良い環境、より良い地球を子供の世代、その子供の子供の世代へと
永遠に伝え続けて行けるように。

































































































ブログしばし休業・・・といっても、もうずっとしてるじゃないか(  ̄っ ̄)


はい、わかってます。
結構、長-い間、休業しているのですが
コメントを頂けているのも全部読ませて頂いていますし、
お返事できるときにはしています。
本当に、ありがたいなぁと思って読ませて頂いてます。

それなのに、
しばし休業、させて頂きます。

本当は、毎日毎日『あ、これブログに載せたいな』と思うものを常に
カメラで撮りためて、毎日アップデートしたい妄想ばかりはあるんですが、
重い重いお尻さんが言うことを聞かず、
娘ちゃんが寝たらパソコンに向かう気力もなくなるのです。

気力がなくなった、のにはいろんな理由があって
たぶん、一番の原因は考え過ぎる性分なんですね・・・





あ、ロビン・ウィリアムズだ、と思われた方。
話を突然ピッと変えるわけではなく、
先にロビンへの追悼の気持ちをここに書かせて頂きたくて写真を載せました。

彼の出た映画、全部観ました。
映画『今を生きる』を中学生の時に観て、私は人生観をここで教えられたんです。

今を生きること。

彼の役者としての人生は、もしかしたら誰もが知ることのないくらいの
影の部分があったのかもしれないけど、
映画やドラマの中で見せてくれた彼の演技や表情、声、しぐさ、全てが
キラキラしていて、愛せずにはいられなかった、そんな最高の役者でした。

だからこそ、彼の死を知った時は衝撃でしばらく何も手につかずでした。


彼にも愛する家族がいて、
愛してくれる人がたくさんいた。

大事な人と大事な時間、過ごせたのかなぁとか
最後はどんな会話ができたのかな、とか
考えてしまって、
そうしたら、どうしても自分に置き換えてしまうので
心が痛くて痛くて、、どうしようもなかったんです。

ってね、そんなこと考えても意味ないんですけど。

ロビンが天国で、たくさんたくさん笑って
平和な心で過ごしているといいなと思ってます。

ありがとう、そして、元気でいてね、と言いたいです。












そう、そんな私の娘ちゃんも早くも1歳半を迎えもうすぐ19ヶ月です。
新米ママも、ようやく、慣れてきて、今では『コラーーーーー!』と
娘をきつく叱るときもあるママになったのです。


娘ちゃんの手形と足形でございますにひひ


最近ね、思うのです。

世界ではイランイラクのように、罪のない人がたくさん、毎日毎日殺されていたり、
中国でまだ幼い女の子が突然誘拐されて消えたり、
地球の環境破壊でそこいらじゅうで、おかしな気候になっていて
悲しいことがたっくさん起きている今。

ここオーストラリアも、今日のフレッシュなニュースでは
領事館からテロへの警戒レベルが一番高いレベルに引き上げられたから
十分警戒するように、との緊急連絡メールが。

だから、毎日、思うんです。

時間を大事にしなくちゃ
家族を大事にしなくちゃ
大事な人を大事にしなくちゃ

って。

思い返せば、ここ数か月、プライベートで本当にいろんなことがあって
自分が人を傷つけたり、自分とは関係のないインターネット上でしかつながっていないような
友人の仮面をした人たちに傷つけられたと感じたことがありました。

もしかしたら、私が傷つけた人もこれを読んでるかもしれません。

私は、そういうことがあったのも、
人生において、起こるべくして起きたと思っているし、
誰かが誰かを傷つけるのは、時には一方的なこともあるけれど
ほとんどはどこかに原因とか理由があるものだと思っています。

だから、私が傷つけてしまったのを正当化したいわけでも何でもないですが
本当に、避けようがなかった、そういう風に心が病んでしたのかもしれないし、
我慢ができなくなって、コップ一杯に水が溜まって溢れたように
流れ出てしまったんだ、と思っています。

幸せだったはずなのに、幸せじゃない、そう心がどこかで思っていたからこそ
何かに、誰かにその原因をなすりつけようとしたのかもしれないですね。

醜い心を持ってました。
だから、大事な物ってなんだろうってずーーーっと考えてました。

FacebookのようなSNSで毎日人のアップデートを見て生きてると感じるよりも、
そんなものを知らずに、目の前にいる娘や愛する旦那さんとの時間にまっすぐ
向き合ってる方が自分らしいと感じたんです。


そうしたら、ブログにコメントをくださる方々の中に、
ビジネスのための社交辞令で書いてくださっているのに気が付きました。
たいてい、そういう方のブログに行こうとすると、Page not foundとエラーが出るか、
ブログ自体は1件しか書いてなかったり。

要は、読者集め、なんだと思います。
私もアフィリエイトや副業ビジネスの勉強をしましたから
その気持ちもわかるし、行動もわかります。

ですが、
自分が全てにおいてダンシャリをした後なのでここでお断りしておきたいと思います。

ブログを読ませて頂いて、きちんと書かれていない方、心がないなと感じた方の場合、
読者申請をお断りさせて頂きました。
それと、読者登録も、読者登録返し、のような社交辞令で登録してその後一度も読んだことの
ない方のブログも消させて頂きました。


私のブログで少しでも勉強になったと思って下さる方や、
写真を見て、文章を見てほっこりしたり、笑顔になってくださった方などへは
そのようなことはしないつもりです。

それと、コメントを頂くのもしばらく控えさせて頂きます。


また書きたいと思える頃、ひょっこりと書きにくるかもしれないので
その時はまた宜しくお願いします。

みなさん、毎日を楽しんで、今を生きましょうね!

愛を込めて