るい母の日記

るい母の日記

2009年6月25日に男の子を出産しました。

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2日目。


6月25日午前中に一度部屋に戻ってもいきみたくて

陣痛の波が来そうになると

「あー来るよ!来るよ!」と来ていた母に準備してもらい、

お尻と腰がものすごい痛くて、つぼ押しで

ぐいぐい押してもらって、腰をコロコロ。

たぶんすごい力だったのに全然効きませんでした。


そういえば夜中に分娩室で気付いたことは、

ある時突然痛みの種類が変わること。


その後すぐにまた分娩室へ移動。

ここからさらにずーっといきみ。

1人になるときもあれば、たまに看護婦さんや先生が診に来てくれる。

依然子宮口9センチ。

で、午後に入り人工破膜しました。

パシャって音がして、羊水がすごい飛んでました。


破水した後はさらに痛くて、相変わらずのバー握りのゴム破壊行為・・

子宮口が9センチからなかなか開かず、

先生は「どんどんいきんでね~」と軽い感じ。

破水すると赤ちゃんに直接影響するのか、自分の呼吸を

整えないと赤ちゃんの心拍が下がってしまうので、すごい怖かったです。

羊水を出すためにものすごい膣?子宮口?を開かれます。

ひとりで分娩室にいる時は、

「(出してあげられなくて)ごめんねごめんね」ってお腹に話しかけてました。

でもさすがに陣痛の合間に寝てしまうこともありました。


15時頃に看護婦さんたちが話している「吸引」という言葉を聞きました。

だったら早く出してくれーって感じでしたが。。

もうすぐなのか?と期待したけど、その後数時間そのままにされるとは思わず。

結局17時過ぎに先生が来て、相変わらずの「どんどんいきんでねー」の言葉。

「頭がそこまで来てるよー」

でもそんなことを昨日の夜から今まで散々言われてたからね・・・

呼吸の仕方も、いきみでどうしても「んーーー」って声が出ちゃって

看護婦さんに「声は出さない!で、目は開く!!」って何回も言われました・・。

「うんこー」って叫びながら(心の中で)いきみました。


そのすぐ後からバタバタと準備が始まり、麻酔を打たれ、

バチっと会陰を切られ、器具を入れられ、

「はい、次のいきみね!!」と看護婦さんが私のお腹の上に

スタンバイ。「押し出すんだ」とこの時気付きました。

で、せーのでグッとお腹を押され、先生はカンシで引っ張り出す。

その瞬間、ニュルンブルンブルンブルンブルンバシャおぎゃー

私「出たー!!出たの??」

看護婦さんと先生の動きが半端なく早かった・・・

すぐに赤ちゃんを取り上げて、処置してました。


17時42分

体重3300グラム、身長50センチ。

頭囲は平均より大きめの35.5センチの赤ちゃんが誕生しました。


私のほうは、息するのが分からなくなってしまって、

終わったのに過呼吸みたいになってしまいました。

点滴されたりしてたけどパニックで普通に息出来なくなってしまった。

ゆっくり息することが出来なくて、ホント混乱。苦しい。

胎盤とかを押されて出されて、わけわからず。


特に切開した所、裂けた所を縫ってるとき、痛くて苦しくて

「痛い痛い」連発で出産よりきつかったかも。

呼吸はだんだん落ち着いてきたけど、とにかく縫うのが痛くて

分娩室の壁のクギとか棚の穴とかを見つめてガマンしました。

いきみ中、痛いときは目つぶっちゃダメと言われたので。

針を刺すのは注射と一緒だからいいんだけど、糸を引っ張るとき

攣れて攣れてそれがたまらなかったです。

カンシ分娩だったので普通の人の3倍の糸を使って3倍の部分を縫ったそうです。

そのすき間に止血のためにガーゼを5枚詰め込んで。。

これもまた痛い・・


だいぶ呼吸も整い、少し離れたベッドでは赤ちゃんがキレイにされて

身長とかを測ってるのが見えました。

この子がお腹にいたんだ。心拍も下がらずにありがとう!

っていう不思議な気持ちになりつつ、でも痛い。。


点滴を3本打ってたので、そのまま5時間くらい分娩室にいました。

結構重い出産だったので、すぐに赤ちゃんには会えませんでした。

ここまで約2日間ほとんど一睡もせず。でも眠くない。興奮状態でした。



推定よりも何もかもが大きめの赤ちゃん。

私の骨盤が狭いので、

これじゃあなかなか出てこないよ。と先生も看護婦さんも。

しかも2日間の分娩だったので、いろんな看護婦さんにお世話になり

そのみんなが「赤ちゃん大きかったね~大変だったね~」って。



赤ちゃんと私に体力があったからかなんなのか

帝王切開にならなかったのが不思議です。

本当に長い陣痛(いきみ)時間でした。


夜23時頃。

12時間くらいずーっと分娩台に乗っていたので久しぶりの地上?

ふらふらで歩くことが出来ず、部屋までの10メートルくらいの距離を

車椅子で移動することに。初めての車椅子です。

腰とお尻が痛くて座ることもままならないけど。。。


部屋に戻ってベッドに上がるのも何をするにも一苦労。

とにかく動けませんでした。
とりあえず母と旦那さんにそれぞれ電話しました。

2人は18時半頃には赤ちゃんに対面したようです。

私が分娩室からなかなか出てこないので、21時には帰ったみたいでした。


この夜、体はぼろぼろなのに痛いのに興奮してしばらく眠れなかったです。

ずっとNSTの心拍音が耳から離れませんでした。



出産の記録です。。



赤ちゃんの推定体重は2700から2800グラム。

健診時からずっと2週間程度小さめできていました。
私は149センチの小柄なので、産むのが大変だから

そのくらいがちょうどいいと言われてました。


そしてついに。。

6月23日の23時頃からの生理痛のような下痢のような痛みで、

時間をメモして一睡も出来ず、8分間隔になったため

明け方4時頃に旦那さんと母と病院へ。

この時子宮口3センチ。

生まれて初めての浣腸と導尿、そして少しだけ剃った。


陣痛はそれほど強くないので24日の朝・昼ともに美味しく食事を頂きました。

そういえば産婦人科の食事って病院食と違って美味しすぎる!

ボリュームもあり過ぎで、入院中一度も完食出来ませんでした・・



24日午後からは部屋で過ごし、腰が痛いのを旦那さんがさすってくれてました。

これはかなり助かりました。

ダイソーで買ったむくみ防止のためのコロコロも持って行って良かったです。


夕方、分娩台へ上がりました。

NSTを付けて痛みに耐えます。

(陣痛室がない上に他に出産の方がいなかったからかな)

先生には今日中に産まれるだろうと言われ、夜に一度病室へ戻りました。

この時は子宮口5センチくらい。

夕食は少ししか食べられず、旦那さんに食べてもらって。。


夜は本当は付き添いはダメだったのに、ワガママを言って

旦那さんに泊まりの許可を頂きました。

と言っても、立会いは出来ないので部屋で待機。

この時、ひとりになるのが怖くてわがままを言って

看護婦さんにご迷惑をお掛けしました・・


この日中(24日中)に産まれるって言われてたのに

なかなか子宮口が開かず、赤ちゃんも高いとの事。

夜中ずっと陣痛に耐え・・

子宮口9センチ開大まできました。

いきみ逃しっていうけど、この病院、まだいきんじゃダメとか言いません。

だからずーっといきみっぱなし。

しかも陣痛室にひとりぼっち。

もうなにがなんだかわからなかったです。


NSTを付けてて、陣痛の波が弱いのにもかかわらずいきむ。

これいいのか~??


もともと尾てい骨が痛かったのもあって、横向きに寝てのいきみ。

横に付いているバーをぎゅーぎゅー握り締めていきむ。

バーのカバーが少し切れていて、

もうこのカバーを握り切ってしまえーーとばかりに握りました。

手が真っ赤!

たまーに看護婦さんが戻ってきて

もうすぐもうすぐと言われながら、なかなか出てこないで朝を迎えました。


続く。