星空の隅っこ

星空の隅っこ

ここがおちつくんです ―――


本当に些細な日常
起こった出来事や
同じ時間を共にした人を
隅っこでこそこそと。

日常を伝える、ひとつのツールです。

マスキングテープとか、
写真とか、
音楽とか、
絵とか、
詩とか、
何より 日常とか。
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1.「つらい」を何のせいにもできなくなってきている

 

最近、色々なつらさを誰のせいにもできなくなってる。

創作とか自分の好きな事で昇華できれば一番なんだけど、

何かをやろうとする力がどうしても起きない時には使えなくて。

 

そういう時にはこっそり、誰に話すでもなく、

「今自分がこんなにきついのはあれがこうだからだ」みたいに

ふと考えて一区切りつける必要がある。

 

難儀なことだけど、前に進むためには、実は結構重要なことで。

でもそれができなくなっているとなると、正直結構やばいんじゃないのかなあと思う。


自分の「つらい」を引き起こしているものが、

誰を責めるべきでないものであることを理解した分、
自分のせいにもできないし、地面についた意味のない裂目のせいにもできなくなっている。

 

うーん。難しい。

 

 

2.発達障害は「誰のせいでもない」

 

発達障害は、誰のせいでもなく、傾向として存在するものなのに、
どうして私が責められなければならないんだろうと思うことが、実は結構ある。
声には出さないけれど。

 

誰のせいでもないことを責められている分、責めた者勝ちな状況が存在してしまって
責められた側はどんなに正当性を主張してもぼこぼこに叩かれてしまって。

 

でもたとえ、理解がない人/しようとしない人が、私を責めてきたとしても、

私はその人たちのことを悪い人だと、どうしても言えない。責めることができない。

かといって自分を責めることに甘んじることもできないし。

 

そして、実際にこういう事態をなくすためには、

一般の人に理解を促す活動が必要なのだと思うけれど……。

でもその後、活動を受けて「理解した人たち」は、

理解してもなお生まれる理不尽な悪い気持ちを、
どこに追いやればいいんだろうとも、考えてしまった。
 

そう考えていると、何かいい方法はないものかなと、ふとどこかに祈りたくなる。

 

 

3.「共感」するということ

 

対人コミュニケーションを円滑に進めるためには、
「共感」をベースにした会話がとても重要なのは理解しているのだけど、
以前から、「共感」をベースにした会話に、苦手意識が結構強い。

やってもやっても難しいと思う。


しかも自分に気力がないときは、なおのこと難しくなってしまうのだということにも、今日気づいてしまった。

 

さて、どういう風にしてトレーニングしていけばいいんだろう……。

やっぱり、相槌のバリエーションを増やしていくことからかなあ……。

八戸ブックセンター で、市民作家の登録をしてきました。
ということで、どういう形になるかや、いつになるかは分かっていませんが
いずれ、本をだす予定です。

題材は3種類ほど決まっておりますので、
特性の関係上、長い目で見ていきつつ、頑張っていけたらと思っています。

 

これからもぼちぼちブログを書いたりすると思いますが、

よろしくお願いします!

 

もうほんとにめっちゃ久しぶりですね……うわあい……

ええと、それで、いきなりなんですけどお知らせがありまして。

 

私、ASDとADHDという風に診断されました。

 

ASDというのは、「自閉症スペクトラム(障害)」というもので、

「自閉症」と「アスペルガー症候群」が最近同カテゴリになった新名称です。

アスペルガー症候群の方は、

(正式な意味とはちょっと違う使われ方をしていますが)

「アスペ」等、ネットスラングにも使われていて

「空気が読めない人」というイメージが強いかもしれません。

 

ADHDというのは、「注意欠陥多動性障害」というもので、

不注意・多動性・衝動性 が特徴のものです。

以前からテレビや本等で「片付けられない人」という感じに報道されたりしていて、

そういうイメージで考えている方も多いと思います。

 

いずれも、「発達障害」と呼ばれるカテゴリに入るものでして、

原因はまだはっきり解明されていませんが、

「遺伝的要因」と「環境的要因」があると言われています。

簡単に言えば、「生まれつき脳のつくりに偏りがあるよ」って感じのものです。

 

ここで重要なのが、これが「病気」ではなく、「障がい」であるということです。

先ほども書きましたように、これは生まれつきのものが原因であると言われています。

なので基本一生ものです。

生きていくうちにかかって、治療をすれば治っていく という概念のものではありません。

発達障がい によって出る特徴のことも、「症状」ではなく「特性」と呼ばれています。

つまり、今後は「自分の特性を把握し、周囲も自分も

楽に関わっていけるようなやり方を探していく」形になります。

 

しかしそれには、当事者である私のたくさんの訓練と、

周囲にいる皆様の理解・サポートが必須になります。

以前から皆様にご迷惑をおかけしていたことと思いますが、

今後もまた別な方面で様々ご迷惑をおかけすることになるかと思いますが、

よろしければ、本当によろしければで大丈夫ですので、

自分のこういう部分を、把握・ご理解いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

 

自分に出ている発達障がい的特性については、また別な記事で更新しようかな。

またここでぽつぽつとお話していけたらと思いますので、

隅にあるこの居場所をもう少し、使わせていただきます。

ありがとうございました。

 

2016/11/18 かいとす