おっはようございまーす!


今日は次男の検診の日。

もう1歳半早い:(;゙゚'ω゚'):



(1年前の俺。ムッチムチ)


(どうしてこうなった?)




母という存在は、幼い子からしたら神レベル。

(幼い子供目線)

お腹減ったらご飯をくれる

排泄して気持ち悪いところを取り除いてくれる

泣いたら抱っこしてくれる。

魔法つかってるの?


なんかよくわかんないけど、

お母さんって


神。



私の人生の生きづらさの原因が、

神と同等だった【母親】にあったこと、

今日はその違和感を最初に感じた話(小3の思い出)とナリ心理学に辿り着くまでのお話。





〜生きづらさの解消(私の母親理解の道のり)〜

神、大好きなお母さんなのになぜ?あれあれ?

(小学3年生から自分の母親に違和感は感じていた)


② 【発散】【消化】

クソババァお前のせいだったのか!期

(ナリ心理学と出会った32歳)


③ 【消化】【理解】

ただの65歳のお婆さんだったー!

(感情が動かず、親を物体としてみれるようになった36歳)


※私の母タイプは、弱者戦略(自分はか弱い、周りが悪い)を使う世界の狭い雑魚なタイプである。





それでは、私が【母】に最初に感じた違和感を書き記す✍️目次の①だよ。


神様仏様お母さん!!!

小3の時に読んだ絵本。

絵本の男の子は母には祈ってはいない。

トイレには神さまが住んでいらと知った少年は、不安を感じたらトイレで祈るようになったという絵本(ざっとした説明🙏)


私はこの絵本を読んでから、

当時実家の和式のトイレで祈るようになった。

テスト前「神さま仏様お母さん。明日のテストで良い点が取れますように。どうかどうかー!!」


「神さま仏様お母さん。朝礼の1分間スピーチが上手くできますように」


クラスの子にムカついた時「神さま仏様お母さん。あの子大嫌い。消してください」

(藁人形も作ったことがあるw)

(当時コックリさんなどが流行っていた)


※現在36歳の私が、9歳の時の記憶を思い出しているので正確ではない。



当の祈られている母は、私が藁人形を作っていたことは知らない(笑)

「クラスの〇〇ちゃんが嫌い」

「〇〇ちゃんのここが嫌」

私が初めて母に話した時、母は私と一緒になって〇〇ちゃんの悪口を言うだけだった。

私は違和感を覚えた。

母と私二人で悪口を言っていても何も解決しなかったから。それから私は母に相談をしなくなった。



私が母を呼ぶと、祖母と父が不機嫌になり怒られることも嫌だった。母は祖母と父の手足として動いていた。






私が母を呼ぶ→祖母と父は私を「怒る」

私「怖い」「嫌だ」:(;゙゚'ω゚'):






何度もこの経験をし、

【母に話しかけることをしない】を強化した。

(親からしたら、子供は静かな聞き分けのいい良い子)





お母さんが大好き。

お母さん、大変そう。

お母さんに話したいけど、お母さんを呼んで

怒られたくないし、我慢しよう。




私が求める【会話】【情緒的繋がり】を得られなかったため、私はいつも不安感があり、

9歳の頃から、心の成長がしなかった。



私は9歳から22歳まで実家にいて、

実家を出てからも、

35歳まで【母】の呪いは、付きまとった。

仕事、人間関係でつまづき、生きづらさを感じて、外側に救いを求めた。




大人になって初めて頼ったのが「心屋さん」

テレビのナイナイアンサーを見て知った。

私は心屋さんの本を買い、読んだ。

私も変わるかもしれないと期待して、夢中になった。心屋仁之助さんと浅草の公会堂で握手した時は興奮した。


心屋系のカウンセラーさんとのセッションを振り返ると、私はテンションを上げて受けにいっていた気がする。

「お母さんとお父さんが大好きなんです」

そう言って号泣した思い出もある。


某カウンセラー「話を聞いていて、そう感じましたよ」


カウンセラーさんに、

泣いて共感してもらっただけでは、

私の現実は変わらなかった(笑)


※心屋カウンセラーさんの中で、とある1人だけテンションがいつもフラットな不思議な人がいた。(現在探してもいないのが悲しい)

その人は、過度な共感はしなかった。

聴く。そこに居る人だった。

今は“存在”で示してくれていたんだなぁとわかる。

私は当時“怒り”を出せなかった。

その人のセッション中、目の前で【大声を出して怒る】怒りの出し方を見せられて、驚きすぎて、怖くなり、距離を置いた。当時の私はその人のブログも一切見なくなった(笑)

(※好きか嫌いかの極端思考である




次に、スピリチュアルを頼った。

宇宙にお任せのスピリチュアルである。

簡単で、楽で、楽しい♪

これなら私にもできると思った。


が、“キラキラ”になるにはお金が必要だった。

自分のような普通の人からキラキラになった人に憧れ、私は“キラキラ”にお金を使ったが、

自分が“キラキラ”になることはなかった。



自分の努力が足りない?

もっとお金を出して、

イベントに行かないといけない?

結局、お金がたくさん必要で、

私には継続できなかった。


お金のない自分、

なんの取り柄も特技も資格もない、

可愛くもない自分がダメなのだと思った。


また、某スピリチュアルリーダーは決まって、

何かの募集イベントの前には、

感情に訴えかける文章を書いた。


「これからの時代、二極化していくから、この列車に乗れるか、乗れないかはあなた次第」


自分には何かが足りない、

そう感じていた私は、

年に何回も、二極化の波が来ることを

冷静に考えることができなかった。

募集ブログを読むたび、

自分だけは絶対に乗り遅れたくないと思っていた(笑)


頭の悪い私は、自ら踊らされにいって

時間とお金を(楽しく)浪費した。



楽しかったのは楽しかった。が、

見えないもの(スピリチュアル)を

理解して現実社会で使いこなす力、

継続して行動する力、

そもそも【心の土台】も無い私には、

現実を変えることなど

できるはずもなかった(笑)




2018年秋、スピリチュアル系のお茶会イベントで出会った人がこう言った。



「私このあとナリ心理学アドバイザーコースなんだよね♪」



またかと思った。

どうせナリなんちゃらも他と一緒だろ。

うさんくせぇ。何にも変わらないよ。

捻くれていた私はよく聞きもしなかった。

カタカナで「ナリ」と表記することだけは確認して、頭の片隅に残った。



(あぁ、、、あの時に素直に食いついてれば良かったチーン





「ナリ心理学」に出会うまでの話。

次回からは、「ナリ心理学」を使って、

母の呪いをぶっ壊していった話を書く。




(セブンは神)

(添加物は“にがり”のみ。1本81kcal)

(チョコ感あるのに軽い。豆腐くささはない)

(美味しい。リピ決定)