前回の記事では、古代ギリシアにおいて、それまで参政権を貴族が独占していた状況を、
平民が重装歩兵部隊として活躍したことで打開し、参政権を徐々に得ていった
という内容を確認しました。
今日は、平民の中でも、武器を買うことができず、重装歩兵部隊にはなれなかった、無産市民について少し説明したいと思います。
そもそもギリシアのアテネには貴族、平民、奴隷がおり、貴族と平民には市民権が認められていました。
商工業の発展と貨幣経済の進展に伴って、財産を蓄える平民が出現し、武器を自弁して重装歩兵部隊として活躍できるようになりました。
当然、人間には能力の差、職業による収入の差などがあるため、そうした平民の中でも富を蓄えられない平民がでてきました。
財産を持た無い市民…そうした人々が無産市民であり、武器の購入をする財力がありません。
重装歩兵部隊として活躍した人々は政治に参加ができるようになった。しかし財産に応じての参加に限られ、下層市民はまだ議会に出席することが認められておりませんでした。
そんな中、彼ら無産市民にも活躍の場が訪れます。
それが、東方の大国アケメネス朝ペルシアが攻めて来たことによって起きた、ペルシア戦争です。彼らはその戦争の中で貴重なとある兵器の動力として活躍します。
キーワードは三段櫂船。
当時は火薬も発見されておりませんし大砲は当然存在しません。
船で戦うって言っても、その戦い方は豪快。船の帆先を尖らせ、相手の船の側面に向かって思いっきり体当たりをかまし、船底に穴をあけ、沈没させるというものです。
動力は人力。武装した平民や騎士としての貴族がそんな重労働をしませんよね。
そのときに無産市民と呼ばれる武器を持たない人々が駆り出されたのです!
時は前480年、サラミス水道にてクセルクセス2世率いるペルシア軍と相まみえたテミストクレス率いるアテネを中心とするギリシア軍は、彼らの活躍によって撃退、ギリシアの勝利に終わりました。
さらにこのサラミスの海戦に先立って行われた同年のテルモピレーの戦いでも、戦死こそしたもののスパルタのレオニダス王の活躍によってクセルクセスのペルシア軍は打撃を受けてました。
これら2つの戦いによって、戦局は大きくギリシアに傾いたのでした。
という訳で、重装歩兵部隊と同様、無産市民は戦争で活躍し、国防に大きく貢献したということで、これら無産市民の立場が大きく認められ、やがて参政権を得ることに繋がっていったのでした~。

