木曜日の晩、母から電話がありました。

入院中のおばあちゃんが亡くなった、と。

昨年末に肺炎で緊急入院し、一時危篤状態になったものの、年始には意識が戻り話ができるまでに回復をしました。
しかし先日、足に溜まっていた血栓が脳に達して脳内で出血してしまったのです。

先月末にお見舞いに行った時も意識はなく、只々一生懸命に呼吸をしていました。
高熱が続いていたので、心配はしていたのですが…突然の事でした。

これまでも階段から落ちて恥骨骨折をしたり、肺がんにかかり放射線治療を受けたりと数々の苦難を乗り越えてきたから、「おばあちゃんは不死身。」と勝手に思っていたのですが、やっぱり不死身な人なんていないんだね。

いつもみんなの事を気にかけていて、なんでも自分の事は自分でやるスーパーおばあちゃん。

リアルに両親より尊敬していました。

遠く離れている私の事をずっと気にかけてくれていました。

「せっかく(私のために)部屋をリフォームしたのに、あっという間にお嫁に言っちゃって。。」て、隣のおばさんに話していたと。

そんなことばかり今更言うなんて、みんなずるい。

もう、「ごめんね。」って言えないのに。

東京に帰った時も、私はいろんな人に会いたくて、少しの時間しかお見舞いに行かなかったのに。

もっとゆっくりそばにいれば良かったなぁ。

ただ無心に生きる事を頑張り続けたおばあちゃん。

最期まで、そしてこれからもずっと尊敬する人です。

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時を同じくして、東日本大震災から今日で1年。

あの震災は自分にとって、きっと皆さんにとっても本当に衝撃的な出来事でしたよね。

自分が生きているうちに、あんな事が現実に起こっただなんて。

いろいろと考えさせられることが多いですよね。

まさか1年前の今日、自分が仙台で生活をしているだなんて思いもしませんでした。

先日も少し書きましたが、被災した人々の苦難は計り知れないものがあります。

(私は被災した訳でもなく、つい最近宮城県民になった新参者であって…
そんなことを訴えるべき立場ではないと思うのですが…)

失ったものを取り戻すことはできない。

未だに先が見えず、立ち直ることができない人もいる。


それでも、みんな前を向いて懸命に生きている。

最近、生命の尊さを痛感する機会が多いです。

生きるって大変なこと。

もしかしたら…

楽しいこと〈 辛いこと

の方が多いかもしれない。

でも、今起きている現実から目を逸らさず、しっかりと受け止めなければいけない。


その先にある喜びのために。

一生懸命って大事。

必ず誰かが見守ってくれているから。



明日という日を迎えられることに感謝しながら、一日一日を生きていこう!







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