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ぽん.のブログ

人生色々
訪問看護師を生業にしとります
人様の人生から学ぶことばかり
自分の生き方を模索しとります

父が逝く日の朝

車で実家に向かっている時に大きなきれいな虹を見ました

 

↑偶然にも姪のお友達が姪に送ってくれた朝の虹

 

その時、数年前に天国に旅立った実家の
ワンコ(リキ)を思い出しました
あの日も虹がかかったな...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕方、翌日の朝にも虹がかかりました

8月9日 夕方

 

8月10日 朝

 

家族と近しい親戚だけの家族葬ですが

父が慕っていた友人親子もお別れに来てくださり

ありがたかったです

 

ココロのこもった手紙、闘病時に喜んで着てくれた阪神のユニフォーム、愛用していた物や衣服、好きだったお菓子や果物、焼酎...皆がそれぞれ柩に入れてくれました

供花もたくさん頂き、色とりどりの花に埋もれ、安らかな顔をしていました

 

旅立ちのBGMは

『ああ人生に涙あり』 

 

チョイスしてくれたのは、

一緒に暮らしていた甥と姪

『オーちゃん(父のこと)水戸黄門好きやったから』

 

ありがたい爆笑

 

音符人生楽ありゃ苦もあるさ

涙のあとには 虹も出る音符

 

この曲をチョイスしていたことは、ワタシへのサプライズでもあったようです

よく父のことを観てくれていたなと言う嬉しさで胸がいっぱいになりました爆笑

 

実家の家族、近しい親戚、参列してくださった皆の思いが温かくて本当に素敵なお別れとなりました

 

父に代わり、御礼を申し上げたいです

ありがとうございました飛び出すハート

 

 

 

 

↑の日から2日後の8月9日

     父は逝きました

 

良かったことは前日の夜まで、少しではありますが夕食が食べられていました

 

ビール+焼酎割り(軽くコップ1杯)も前々日まで

呑めていました

 

8/8夜中から8/9朝まで5分毎の痰の喀出で、しんどそうだったと母

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠慮せずワタシに連絡するように母には言ってましたが、ワタシの勤務を考え、朝まで母一人で介抱を頑張ってくれたようです

 

朝の確認電話で父の容態は厳しいことが推測され、職場に勤務の都合をつけてもらい実家へ

 

酸素化が悪化し呼吸困難が今までとは比べものに無い状態でした

 

吸引では、引いても引いても(痰回収を繰り返し)どんどん湧いてくる

ワタシすら、今まで経験したことの無い痰の多さ

 

呼吸が苦しく苦悶する父

 

訪問診療日だったので早めに先生が来てくださいました

 

『酸素上げて欲しい』

『楽になる薬無いんかーーーっ』と苦しむ父

 

医師と相談し、気休めになりますが酸素器械の変更、癌性疼痛薬が処方されました

 

午後からは、さらに悪化

 

処方開始された薬を一刻も早く届けてくれようとする訪問看護師

 

褥瘡になるとさらにツラいからとエアマット導入のため、福祉用具の方2名➕看護師、理学療法士が助っ人してくれ

 

酸素会社の方も早々に機器を交換に来てくださいました

 

虫の知らせか兄嫁は休みをとってくれていて

、朝から一緒に付き添ってくれてました

ワタシが不在時にできるよう、吸引方法も教えてと練習し実践してくれました

 

後は母と兄嫁に託し、16時に仕事の用事で勤務先に向かいました(訪問看護も16時30分に来訪予定)

 

職場に着いて用事中に、母からの電話

 

『16時40分に呼吸止まったよ』

 
その前後の状況を取り乱す事なく、母は伝えてくれました
 
壮絶な苦しみから解放された父
 
逝ってしまったと言う悲しさより
 
やっと楽になれたことに、ワタシも取り乱すことは無かったです
 
職場から一旦自宅に戻り、目の離せない老犬、相方と共に実家へ向かいました
 
17時10分頃、医師が来てくださったと再び連絡があり、ワタシは死亡診断書の作成をお願いし、待って頂かなくて良いことを母に伝言しました
 
30分後に到着しました
訪問診療医、看護師、事務の方はワタシの到着を待っていてくれました
 
皆、涙を流して父や母を讃えてくれていました
 
父は苦しみから解放され、穏やかに目を閉じていました
 
最期は母と姉(兄嫁)の手を繋いで旅立ったと知り、ほんとにほんとに良かったと思いました
 
70歳頃から色々な病気になり闘い続けた父
 
呑むことが好きでも、呑む事で家族に心配かけることは一切なかった父
 
仕事に真面目で何一つ贅沢をしなかった父
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
家族を見守り続けて、最期の最期まで身をもって生き様、死に様を教えてくれた父
 

ホンマにホンマ ありがとうおねがい

感謝しかないおねがい
 
オトンの娘で良かったよー飛び出すハート
これからも家族みんなを見守っててな〜おねがい飛び出すハート
お願いします🌈
 
続く
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

父の容態は2週間毎に悪化

週末になると発熱

昨日は呼吸苦も出て来て、酸素流量を上げないといけないか?でも、上げすぎるのもなぁと思案しつつ、状態を訪問診療先に報告、相談しました

今日から1日3回抗菌剤の点滴が始まりました

最後の砦ということは分かっています

『昨日は苦しくて死にかけた』と漏らしていたようです

ワタシは、今週一週間仕事でどうしても実家にいけません

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



かなり状態が悪いので、気にかけてくれていた同居の義理姉、姪に託しました

訪問診療先にも状態を伝えました 

今日、動きがありました

抗菌剤の点滴1日3回❌5日間

ありがたいです(安心して仕事できる)

 

訪問看護、訪問診療がフォローして

 

義理姉、姪、母も頑張ってくれている

 

そんな中

 

今夜、兄から泣きながら電話がかかってきました

兄『オッサン、オッサン(父)...死んでへんで...』

 

ワタシ 何やねん💢びっくりさせやがって💢

☜河内の姐ちゃんなんでお言葉は荒いデス

そんな簡単に逝くかーー(と、言いつつ、ちょっと焦った)

 

兄『お前今週こられへんから、さっきオッサンとこ(1階)行ってきてん。色々話しして、オレにありがとうって言いよった(泣)

55年で初めてや...(泣) もう、これでええわ(泣)

☜親子数年ぶりの会話

 

兄『オッサンしんどいのに、めちゃくちゃ喋りよる。何も心配せんでええって言うた』と

 

ワタシは一歳年上の兄に『アンタのそれを待ってたんや。いつ行ってくれるやろと思ってた。お互いのわだかまりが溶けらなオトンも安心して逝かれへんから。。。

行ってくれてありがとう。ウチの動きは当たり前やけど、オトンはアンタ(兄)と喋りたかってんで。御礼伝えらな、逝かれへんねん。そばに行ってくれて良かった』と話しました。

兄に対しアンタと言うのはアカンとお叱りの声もあるでしょうが、昔からなんでお許し下さい

 

わだかまりが溶ける事は、父にとって大きな大きな薬

 

抗菌剤の点滴がどこまで効くかわかりません

 

けど、今日は兄ヤンの父を思う気持ちという薬を貰い、父はめッちゃ楽になれたかな〜と思います

 

お互い、クソ真面目で堅物人間の親子

 

最期に近づき、わだかまりが溶けて

 

ホンマによかった

 

この日を待ってた

 

父も長く無いかも知れませんが

 

魂の安堵を得られたのでは無いかと思い

 

ワタシなりに、ホッとした日でした

 

ありがたいです

 

めろんちゃんも応援中🩷

 

ありがとう