↑の日から2日後の8月9日
父は逝きました
良かったことは前日の夜まで、少しではありますが夕食が食べられていました
ビール+焼酎割り(軽くコップ1杯)も前々日まで
呑めていました
8/8夜中から8/9朝まで5分毎の痰の喀出で、しんどそうだったと母
遠慮せずワタシに連絡するように母には言ってましたが、ワタシの勤務を考え、朝まで母一人で介抱を頑張ってくれたようです
朝の確認電話で父の容態は厳しいことが推測され、職場に勤務の都合をつけてもらい実家へ
酸素化が悪化し呼吸困難が今までとは比べものに無い状態でした
吸引では、引いても引いても(痰回収を繰り返し)どんどん湧いてくる
ワタシすら、今まで経験したことの無い痰の多さ
呼吸が苦しく苦悶する父
訪問診療日だったので早めに先生が来てくださいました
『酸素上げて欲しい』
『楽になる薬無いんかーーーっ』と苦しむ父
医師と相談し、気休めになりますが酸素器械の変更、癌性疼痛薬が処方されました
午後からは、さらに悪化
処方開始された薬を一刻も早く届けてくれようとする訪問看護師
褥瘡になるとさらにツラいからとエアマット導入のため、福祉用具の方2名➕看護師、理学療法士が助っ人してくれ
酸素会社の方も早々に機器を交換に来てくださいました
虫の知らせか兄嫁は休みをとってくれていて
、朝から一緒に付き添ってくれてました
ワタシが不在時にできるよう、吸引方法も教えてと練習し実践してくれました
後は母と兄嫁に託し、16時に仕事の用事で勤務先に向かいました(訪問看護も16時30分に来訪予定)
職場に着いて用事中に、母からの電話
『16時40分に呼吸止まったよ』
その前後の状況を取り乱す事なく、母は伝えてくれました
壮絶な苦しみから解放された父
逝ってしまったと言う悲しさより
やっと楽になれたことに、ワタシも取り乱すことは無かったです
職場から一旦自宅に戻り、目の離せない老犬、相方と共に実家へ向かいました
17時10分頃、医師が来てくださったと再び連絡があり、ワタシは死亡診断書の作成をお願いし、待って頂かなくて良いことを母に伝言しました
30分後に到着しました
訪問診療医、看護師、事務の方はワタシの到着を待っていてくれました
皆、涙を流して父や母を讃えてくれていました
父は苦しみから解放され、穏やかに目を閉じていました
最期は母と姉(兄嫁)の手を繋いで旅立ったと知り、ほんとにほんとに良かったと思いました
70歳頃から色々な病気になり闘い続けた父
呑むことが好きでも、呑む事で家族に心配かけることは一切なかった父
仕事に真面目で何一つ贅沢をしなかった父
家族を見守り続けて、最期の最期まで身をもって生き様、死に様を教えてくれた父
ホンマにホンマ ありがとう
感謝しかない
オトンの娘で良かったよー
お願いします🌈
続く