あの日から三年…
今日が無ければ良かったのに…。
そんな事が未だに頭をよぎる。
私は福島に生まれ育ち、福島の自然をとても愛していたので、『いつか海外と福島の架け橋になる!』を目標に英語を勉強し、海外で出来た友達を福島に招き、案内したりしていた。
警戒区域の海や桜にもたくさんの思い出がある。
富岡町の夜ノ森の桜のトンネル、南相馬や浪江町、双葉町や大熊町、楢葉町の海水浴場、Jヴィレッジ、天神岬、日本一小さい小良が浜漁港に、沢山のキャンプ場…
私と家族や友達との思い出がたくさん詰まった”庭”だった。
そこに入れなくなる日が来るなんて…
三年前の今は考えもしなかった。
今日までの日々…
長くも短くも感じない。
なぜならあの日から、良いことも悪いことも、心と記憶に根付いた恐怖や不安と共に、一日一日を感じながら過ごして来たからだ。
振り返れば長かった…短かった…と感じるのは、思い出した瞬間を起点として遡り、忘れていた期間が長ければ、長かった…短ければ、短かった…
その差から生じるものだから、きっとそれは千差万別。
痛みも苦しみも千差万別。
でも悲しみはきっと千人同心。
花はそれぞれ形も色も異なる。
根まで見たらもっともっと異なる。
でもそれを見て美しいと思う人の心はきっとみんな同じ。
だから共感したり、応援したり、支え合えたり出来るのだと思う。
理解出来ない事も、理解してあげようとすることが、愛と勇気のある人間が出来ることなのだと思う。
私は自分に降りかかる困難は乗り越えてきたけれど、災害の前では自分は非力で乗り越えられない…と感じた。
そんな絶望感がまだ根深く自分の中に残っている。
嫌な記憶や辛い経験、恨みや妬み、悪い心も根付く。
でも自ら腐らせたら、息を吹き返す望みは無い。
だからこそ根を腐らせないで、絶望の中からでもそこから花を咲かせたい。
例え汚染された土壌からでも咲く花はある。
例え今は荒れ果てた大地でも、そこには確かに愛があったのだから…。

