日本の学校は、研修ゼロのまま新規採用教員を「即日戦力」として現場に放り込む。
この異常な慣行をもう80年にもわたって行ってきた。
新規教員の4月1日問題である。
4月1日、いろいろな会社の入社式の映像が流れた。このあと新入社員には一定期間の「研修」が課せられる。1か月程度のところもあるし、3か月以上の時間をかけるところもある。これは当たり前であって、入社式が終わってすぐに配属先に回され、右も左も分からないまま仕事が出来るわけがない。これはコンビニであろうがどこかのショップのバイトだろうが同じことで、まずは何らかのレクチャー受けて現場に入らなければ、何もわからずに接客することになってしまい、現場は混乱してしまう。
ところが教育界では驚くべきことにこの「研修」「レクチャー」がゼロなのである。
全く何もないままいきなり現場に投入されるわけだ。それが戦後ずっと、80年も続いている。
大学の卒業式が終わる直前ぐらいに、各自治体教委から電話がかかってくる。
「どこそこの学校に3月27日の10時に行ってください」という連絡だけだ。「自分で連絡を取れ」と言われる場合もある。
3月27日にその学校に行くと校長室に案内され、4月1日着任予定の、他の学校からの異動してくる先生方を紹介される。そして「あなたは3年3組をお願いします」とだけ言われ、その後、学校の中を案内される。
3月27日あたりの学校内は、教室移動で雑然としている。前担任が3月24日か25日まで使っていた教室を片付けて次の教室に移動する準備を、他校に異動する教員は引っ越しの準備をしていて、教室内はぐちゃぐちゃになっている。案内されたところで、何も分からない。
4月からの資料も皆無に等しく「次年度年間行事予定表」というA3の紙切れを一枚渡されるだけだ。3年3組がどういうクラスなのかどういう子どもが居るのかという情報は一切ない。そもそも「チーム担任制だから」とわけの分からない言葉でごまかされる。4月1日以降どんな仕事をしたらいいのかという予備知識も全く与えられない。唯一、「4月1日8時に校長室に来てください」と言われるだけで3月27日は終わる。
その後、4月1日まで研修があるわけでなく、何を準備したらいいのかという具体的な情報もなく、不安と期待が入り混じった気持ちで「学級経営の本」とか一般的に出ている参考本を頼りにあれやこれやと想像してみるのだが、4月1日以降の洪水のような仕事からすると、それは無駄な努力というものだ。
4月1日、校長室に行く。校長自体も人事異動で3月27日と違っていることもある。
ここで初めて正式に「3年3組をお願いします」「校務分掌は○○です」と言われる。前年度の校務分掌資料と学級編制資料を渡される。中身を見る暇もなく、すぐに職員室であいさつをする。あいさつで「お笑い」を求められる場合もある。これは学生時代のような宴会一発芸ではなく、ちょっと気が利いて職員がほほ笑むような挨拶をするという意味だが、歳の順の職員紹介では案外プレッシャーになったりする。
あいさつが終わると職員室の自席に案内される。
全員が着席すると、すぐに職員会議①が始まる。担任発表、校務分掌の発表がある。担任発表は5分程度で終わるが校務分掌はかなり細かく多岐にわたっていて、30分はかかる。新規採用者には分からないナゾの校務分掌の割り当てが延々と続く。時々前年度のままになっている部分や矛盾点があり、それを指摘し修正しながら進んでいくため、職員会議①は1時間はかかることもしばしばある。この間、新採者はいったい何が行われているのか、全く理解できずに座ったままだ。
休憩をはさみ、職員会議②が始まる。
学校経営方針、年間予定、4月の予定、日課表、専科割り当てなど、学校によっては始業式や入学式の計画など、もう少し付け足す場合もある。チーム担任制の場合には、その趣旨が延々と説明されたりする。特別支援の全体の計画や個別支援計画についてのこととかをこの日にやる学校もある。(特別支援の個々の子どもの話はたぶん別日)
校長による経営方針演説は、新採はもちろん経験4,5年程度の若者が聞いていたところで何か分かるわけではない。校長によってはプレゼンまで用意して長々と説明し、新年度の貴重な準備時間は失われていく。
年間行事予定も4月の予定も新採からすると耳慣れない言葉が飛び交い、わけが分からず学年主任に尋ねると「1年経てばわかるから」と言われてしまう。もっとも、「1年経てばわかる」という突き放した言い方は当然と言えば当然で、それをいちいち説明していたら一日では終わらない。そもそも研修無しでいきなり現場に投入されることの方が、どうかしているのだ。
こうして4月1日午前中は会議であっという間に時間が過ぎ去り、気がつくともう昼になっている。昼飯を外に食べに行くか弁当を買ってくるのかは学校内の雰囲気によって違う。が、どちらにしても「どう?学校って忙しいでしょう」「はい。大変そうですね」的な会話と、新採が大学の時に何をやっていたかとか出身地はどことかの話となるが、これはどこでも同じだろう。
午後になると、学年の教科担当や校務分掌担当の割り振りを決める。
午前中の校務分掌担当は、リーダーを決めただけであり、各学年でメンバーを決めていく。この決め方は自治体によっても違うが、たとえば「生徒指導(生活指導)部会」「図工部会」のようなものだ。これがとんでもない数になる。各教科領域ごとにあるから小学校の場合でざっと挙げてみると、国語・社会・算数・理科・英語・道徳・図工・音楽・総合・体育・安全・特別活動・給食・研修・情報・生徒指導・・・などとなっている。ここに挙げた例だけで17あるが(多分もっとある)1学年3クラスの場合は17÷3≒5で一人5つか6つ程度の部会をかけ持つことになる。新採はもちろん、2年目とか3年目でもこうした部会で何をやったらいいのか分からず、右往左往する場合が多い。こうした個々の部会の在り方をきちんと教える研修など、教育界には無いからだ。
新採はわけの分からないまま分掌を割り当てられ、そこに出ろと言われる。若い男性は体育をやれとか男女共同参画の趣旨に反することを言われるが、逆らえるはずがない。体育部会は結構悲惨だ。理科も新採に当てるとしたら相当無責任な学校だと思ったほうが良い。
午後は部会から始まる。
はじめに生徒指導と研修と特別活動がある。この会議は長い。提案資料がごっそりとあり、それをもとに延々と説明が続くが、新採にはチンプンカンプンな話が続く。「各月の生活目標はこれで良いか」とか聞かれても、新採が答えられるはずがない。「今年度の研究テーマは何が良いですか」とか意見を求められても分かるわけがない。だいたい、テーマ文そのものが抽象的でどうとでも取れる文言で固まっている。主任とベテランが勝手に話を進め、新採や2年目3年目の若手や異動してきた者は黙って聞いているだけの、実に生産性の低い、非効率的で時間の無駄としか言いようのない「部会会議」という名の寄り合いが延々と続く。
生徒指導・研修・特活が終われば各教科の部会もあるのだが、それは4月1日だけではとても無理なので、翌日以降のどこかの時間に設定される。
不毛な会議からようやく解放されると、書類の山が待っている。
これは書く書類ではなく、前年度までの各クラスの書類を新年度に置き換えるだけの単純作業だ。
2年3組が自動的に3年3組になるわけではなく、クラス替えを行うから、旧2年1組2組3組から新3年3組の子どもの書類を仕分けなければならない。これがまた実にたくさんあり、保健の書類だけで数種類ある他、家庭調査票や安全カード、要録などの公的書類など小山のようにある。職員室では広さが足りずに処理できないから、別室に書類を持って行って仕分けを行う。書類の中には始業式に配るものもあり、プライバシーに関することもあるからそれらの書類を封筒に入れるのだが、うっかり間違ったりすると大変な問題になるため、いちいち確認をしながら進めなければならない。こうした仕分けだけでも小一時間、場合によってはもっとかかる場合もある。サクサクと進んだ場合でも午後3時を回っていること間違いなし、である。
職員室に戻るとホッとする間もなく、「書く」方の書類に取りかかなければならない。新年度は書類ラッシュで、しかも締め切りが間近だ。ひどいものだと4月2日締め切りというものもある。5日締め切り7日締め切りの書類が多数あり、管理職や主任によっては早く出せとうるさいものもあり、どう書いていいのかも良く分からないが、誰かが教えてくれるわけでもなく自分から「これ、どう書けばいいんですか」と聞かなければならない。これは周囲が意地悪をしているのではなく、皆自分のことに精いっぱいなだけなのだ。
書類もそうだが、時間割の学年内割り振りは4月1日か2日に決めなければならない。図工や音楽室、体育館などの使用割り当ては決まっているから、そこは図工・音楽・体育となる。あとは担任のやりやすいように配置していくのだが、それを自分で考えろというのは新採には酷である。ベテランで親切な学年主任は「こうするといいよ」というアドバイスをしてくれるが、学年主任が若くて経験が浅いとかベテランでも能力的に問題がある人も多く、自分のことで手いっぱいで「自分で考えて」と突き放されることも多々あるのが実状だ。時間割を急ぐのは特別支援との兼ね合いがあるからだ。いち早く時間割のたたき台を出して特別支援との調整を図らなければ、特別支援の通級とか取り出しとかに支障が出てしまう。
こうして教員の4月1日が過ぎていく。新採には1分たりとも研修の時間はなく、いきなり渦の中に放り込まれる。
これが4月2日4月3日・・・と続いていき、4月6日には担任として子どもたちの前に立つ。
研修を一度も受けないまま、担任を任される。こういうことをもう何十年もやっている。
そしてその何十年もの間に教師のやることは、高度プロフェッショナルしかできないような精密で完璧さを要求されるようになり、その仕事かずんずんと積み重なり、難しいお子様や対応困難な保護者様は増え続けている。
これで教育制度がおかしくならないはずがない。
そして致命的なことに、政治家たちは誰もこの問題には目を向けず、高校の授業の無償化だの給食の補助金だの、そんなことばかりに力を入れている。
今年の新規採用者の初任者研修が始まるのは、4月10日からだそうである。 始業式は4月6日である。