きまぐれ日記 -10ページ目

きまぐれ日記

 徒然なるままに。時にはテーマを決めて。更新不定期。

 ゆく川の流れは絶えないのであります。時間は絶えず過ぎ去っていく。容赦なく。世の中も時々刻々と変化していく。焦る、焦る。

深呼吸してみる。・・・・。さして変化はない。

身体も新陳代謝を繰り返し、今日の私は昨日の私と違う筈である。

同じとしても身体の全細胞は11ヶ月で入れ替ると聞いたことがある。それなのに私の爪は未だ痛いのである。

本日のコーヒー(アイス)を注文する。


スタッフ


「本日のコーヒー、グァテマラです。」



「中米か。」


・・・・、無反応。(ノ><)ノウウ。

物理学賞の候補が2人挙がっているね。カーボンナノチューブの発見者、飯島澄男と、質量ゼロと言われたニュートリノの質量を計測した(実験で発見したとのことだが)戸塚洋二。

ニュートリノは大分前、「質量ゼロの物質、ニュートリノの解明に挑む男たち」といった感じのタイトルで雑誌やテレビで特集をやってるのを見た覚えがある。興奮するね、ああいうの見てると。面白くて。

物理学はダイオードの西澤潤一や中村修二も挙がってもいいような気がするが。応用ぽいのかな。ノーベル賞は基礎的な発見を重んじる、ということだったね、確か。

それと挙がった候補者というのが物理だけなのか、ノーベル賞全体でなのかがも一つ分らない。

全体ならも少し候補者はいてもよさそうなものだが。まあ一応公的には候補は発表しないことになってるけど。

医学・生理学賞もそろそろ出て欲しいものだ。20年前の利根川進1人だよね、この分野。勿論日本人で、だけど。化学賞も1981年の福井謙一のみで20年近く経った2000年、白川博士が授賞したことだし。

何年周期というのがあるわけではないだろうが。化学は白川博士以後3年連続で授賞したし、医学もそろそろ出て、また続いたりしないかな・・・。

経済学は未だゼロか。有力候補と言われ続けた森嶋道夫が亡くなったからね。

しかし、科学的な賞というイメージが強いし、やはり物理、医学・生理学、化学の3分野で授賞して欲しいかな、個人的には。

経済学などでも勿論いいけど。厳密には経済学はノーベル賞には含まれないし、廃止も検討されているというから、やはり科学部門での授賞がいいかな。

報道ではもう少し、候補者、受賞者の専門分野や、その業績面についても紹介してもらい、人物像に迫るときも、業績に付随したものや何故その人物が、その道に進むことを決意したかとかいうのも知らせて欲しいものだね。

日常生活や嗜好品などを紹介するのが悪いとは言わないがそれに偏ってるのよりはね。


・・・、イグ・ノーベル賞も結構好きだったりするけど。

ignoble(卑しい、愚かな)という割には結構本格的で高度な研究もあったりするし。語呂で作った(だろう)この賞の名前にピッタリのユーモラスな研究や、授賞式の雰囲気も好き。

しかしまずは、本物のノーベル賞での授賞を期待している。特に自然科学での3分野。




 棟田、塚田、谷の3選手が金メダル獲得。ゼロも十分有り得る状況だったので何だかホッとした。取らなきゃいけないと決まってる訳ではないが。選手はそれしか求められてない状況で戦うのだから凄いものだ、いろんな意味で。塚田選手のが決勝しか観られなかったのがチト残念だけど。世界戦の舞台で戦う姿、それも勝った試合ならなるべく多く観たいからね。

 棟田選手はオール一本勝ちか。凄いものだ。何試合か端折られていたのでこれもチョッと不満、やはり全部観たかった。しかし無差別級という階級で2mクラスのゴツイ大男達をブン投げるさまは、観ていてカッコよかったね。非常に見応えもあった。結果も優勝だから最高だ。

 谷選手も延長、延長とやりながらの優勝。有効を何回も取消されたりして歯がゆいだろうなあと思ったが。ママでも金とか自分でキャッチフレーズを作ってその通り実行する、というのも凄いものだね。この言葉は北京オリンピック用なのだろうけど・・・。それにしても対戦相手が早い段階でアテネの銀メダリストとか、そのあとの相手も何かのチャンピオンとか、欧州4連覇の人とか、何でこういう人とばかり当るようになってたんだろう。決勝ではやはりこの人、谷が居ない時の世界チャンピオンという選手が上がってきました、などと放送されてたけど、その人は反対の山で一体誰を相手にしていたのだろうか。谷が決勝までに当った相手がもう少し反対の山にくるようにするのが普通ではないだろうか。・・・、まあ偶然なのかも知れないけど・・。

 組合せはともかく、色んな試合でのよく分からないポイントの取られ方などを観ているうちに、ルールがチョッと変わってきている、などというより、柔道はもうJUDOという欧州の競技にされてしまってるんじゃないかと改めて思った。

世界に広まった日本のJUDOなどと、読みが同じだからてっきり、或いはうっかり思いがちだが、実は知らない間にとっくに欧州の「JUDO」という競技にされているのかも知れない。こんなの柔道じゃないと斉藤仁が語ったのは当りであり、事実で、本当に柔道ではなく、「JUDO」になってるのかも・・。

何かいやだなー、そうなってたら・・・。

まあしかし、3選手の金はお見事!特に棟田選手の豪快な全試合一本勝ちは観ていて爽快だった。

 もうチョッと、という感じで観ていてジリジリしてくるというか、モヤモヤする感じの試合が多かっただけに、余計ね。ルールが大きく関わってる気もするが。

 次回も勿論、どの選手も応援する。贔屓にしている選手は特に。また世界の舞台で大暴れして欲しい。ガンバレ、日本の代表選手たち!



 

 男子、まだメダル取れてないようだが・・・。重量級の2人は何で負けになってるんだろう。微妙な判定、などと書かれた記事もあったが、鈴木選手の試合は彼の一本勝ちにしか見えなかった。井上選手も負けになった局面という箇所だけ放映されていたが、それでも見ていて何故相手のポイントになったのかよく分からなかった。2人の試合は短いニュースの中で見ただけだったけど・・。

昨日は少し中継を観られたが、谷本選手の準決勝戦、彼女の技ありになっても良さそうなのが有効止まりで結局ポイント負け。3位決定戦でキレイな背負いを決めてくれたが。鈴木選手もあんな掛け方でない限りダメなんだろうか。しかし相手も100キロもあり、仮にも一国の代表という選手をいつもキレイに投げられる局面ばかりとはあまり思えないが・・・。というか、負けにされた試合も鮮やかに大外狩りが決まったように見えたけどね。話は逸れるが重量級でありながらその階級とは思えないほど軽快に動き、豪快に一本勝ちを収める鈴木桂治の試合は見ていて大変魅力的である。ニュースでもまた一本、この試合も一本、決勝も鮮やかに一本勝ち、などという報道を観たかったなあ。いくら強くてもそう簡単には行かないのかも知れないが。

鈴木選手に限らず柔道の試合は観ていていつも力が入ってしまう。

昨日敗れた泉選手も、試合後のインタビューは、全く負けた気がしないといった感じの話し方だった。最後に日本選手を勝たせないようにしている、とコメントしたが、確かにそんな感じがする。日本人が掛けた技は一つ下のポイントになるか、無視され、揉み合ってるうちに相手にポイントがつき、ズッと観ているのに、どこで技かけられたんだろうと不思議になるのがたくさんある。日本選手が効果を奪ったので、よし、このままリードを拡げて一本に・・・などと思いながら観ていると、いつの間にか相手に有効がついて逆転されていたりする。観ていても訳が分らない。応援していて、観てて悔しい!!


山下康裕も理事から外されたということだし、欧州は柔道を丸ごと乗っ取って自分達の意のままにできる競技に変えようとしてるんじゃないかと言いたくなってくる。斉藤仁が初日に男子2人の負けのあと、こんなの柔道じゃない、と語ったそうだがその言い分は尤もに思える。

欧州はスキーのノルディック複合も、荻原が勝ちまくるので二回もルールを変えたし、純ジャンプでさえ、飛距離と体格の兼合いで勝負が決まるとかいう訳の分らないルールにするくらいだからな・・・。

日本人が活躍する柔道も、気に食わないんじゃないか。日本人は現に非常に勝ちにくい中、戦わされているように見える。判定は日本人に辛いし・・。尤もそう見えるのはいつもだけど。着衣の乱れも、日本人選手はー疲れてきたり長引く、時間がない、などの場合は別としてー常に乱れを直しているが、外国選手は、はだけたまんまでズッとやってるのが多い。審判も全く注意しない。始まってすぐはだけさせるのもいて、故意にそうしてるようなのも多い。技の掛り方、掛けやすさ(掛けにくさ)に相当影響する筈である。

アテネ五輪ははそんな中でよくあれだけメダルを取れたものだと感服したものだった。

いくら不利にしても日本が勝つものだから、(欧州は)競技ごと乗っ取ってルールを変えて、自分達のものにしようとしてるんじゃないか。

ルールも今、既に知らない間に変えられているようにも見えるし、このままどんどん日本人が勝てない競技にされそうで何かイヤだなー・・・。柔道自体は好きだけど。

それでも観ている方は、応援するしかない。贔屓ということもあるが、日本に勝って欲しいに決まってる。  頑張れ、日本!