自分の日記としてブログを書いていましたが、
ここ数ヶ月日記を書けずにいました。
書きたいと思える日常生活でなくなってしまったからです。
今年4月16日
16年可愛がっていた愛猫を突然亡くしてしまいました。
4時間ほど出かけている間に、不慮の事故に遭い、亡くなってしまったのです。
本当に辛くて、こんな日記書く気にもなれませんでした。
でも約5ヶ月が経った今、ようやく書いてみようかなという気持ちになりました。
もし、同じような悲しみの中にいる方がこのブログにたどり着りついた時に、
一緒に共有して一緒に乗り越えていけるかもしれないと思ったからです。
正確には、5ヶ月が経ちましたがまだ立ち直ってはいません。
泣かない日はないかもしれません。
季節が移り変わるごとに、その季節季節の思い出がよみがえってきます。
また、亡くなった4月16日のことを何度も思い返します。
出かけている間に、半外猫だった愛猫(ポンタ)は外でお昼寝をしていたようです。
100Mほど離れた家で飼われていた猟犬が逃げ出し、うちのぽんたを見つけ、やられてしまったのです。
今まで、そんな犬がきたこともないし、
平和な環境だったので信じられませんでした。
いつものように出かけていただけなのに。
たった4時間の間に。
はじめは、この現実を受け止められませんでした。
平和にのほほんと生きてきたぽんたがこんなかわいそうな死に方をするなんて。
ぽんたにはあまりに似合わない死に方です。
その後、後悔の気持ちが襲ってきました。
なんで出かけてしまったのか。
どうして外に出していってしまったのか。
大事な大事な宝物だったのに、どうして守ってあげられなかったのか。
ごめんね、ごめんね、恐い思いをさせて。辛い思いさせて。
きっと助けてっていっていたよね。
16歳でしたが、健康で元気でかわいくて、
まだまだ生きると思っていました。
それだけに、本当に可哀想なことをしてしまったと自分を責めました。
2日後の18日に火葬しました。
家族で手紙を書き、ぽんたはその手紙をもち、
たくさんのお花に囲まれて旅立ちました。
大好きだったお庭のお花も入れてあげました。
一握りの、いつも食べていたカリカリとかつおぶしもいれてあげました。
それはそれは悲しいお別れでした。
3日前まで元気でだったのに、骨になってしまった現実がやっぱり受け入れられません。
どうしてどうして。
声を出して泣いてしまいました。
大人になって嗚咽するほど泣いたのは初めてです。
朝起きてまず思うことは「あぁ、夢じゃないんだ。現実なんだ・・」ということでした。
ぽんたがいつも寝ていたかごをみるのが恐くなりました。
見るたび、「あぁ、いないんだ。」と、
胸が引きちぎられるように痛くなるからです。
大きな猟犬にやられたぽんたですが、
この犬は逃げ出してしばらく、近所をうろうろしていたそうです。
猫だったから、この程度で済んでいますが、もし小さな子供が狙われていたら。。
「うちのぽんたは、犠牲になって子供を守ったんだ。しかたがない。ぽんたは最後までいい子だったんだな。」
そう思うよう心がけました。
仕事は1日だけ休み、
次の日から通常通り仕事をしました。
やることがあることをありがたく思いました。
家にいると、ずっと泣いて泣いて苦しいのです。
外に出れば、「しっかりしなきゃ」という思いで、普段通り過ごすことができました。
でも家に帰ったとたん、涙が溢れてくる。
しばらくは、夜もテレビをつけたまま寝るような状態でした。
真っ暗で静かになると、悲しみの波が襲ってきて泣いて泣いて眠ることができないから。
無理にでも、お笑い番組をみたりして眠るようにしました。
そんな毎日が続きました。
1ヶ月ほどたち、
亡くなったことは受け止められるようになってきました。
そうするとひたすら寂しい、いないことが寂しい、そんな毎日になりました。
落ち着いたかな・・と思うと
急に悲しみの発作がくることもありました。
落ち込んでいてはいけないと、必死になることもありました。
おいしいものを食べに行ったり、
いっこ前の日記に書いた、上野動物園にパンダをみにいったのも、
早く元気にならないと、と必死だった頃です。
また、ぽんたのかごや、えさ箱、ブラッシングブラシなどの思い出のものを
どうするか・・という問題もありました。
いつまでもそのままでは、悲しみから抜け出せないし、供養にもならないと思いましたが、
やはりどうしても処分できず、今もまだそのままになっています。
いずれ気持ちがかわるその日まで、このまま置いておきたいのです。
亡くなった日から今日まで、毎日お祈りしています。
これからもずっと話しかけると思います。
今はぽんたのアルバムを作っています。
はじめは、写真もみることができませんでした。
いつかは来るお別れとわかっていても、
想像を超える、悲しみ、苦しみ、後悔、喪失感。
それでも少しずつ、気持ちが落ち着いてきました。
いろんな人のブログをよみました。
改めてペットロスの記事をよんだりしました。
辛いけど、同じ思いをしている人はたくさんいるのだから。
そういった、ブログや記事に救われた日もあります。
終着点はありきたりな言葉に尽きるのですが、
「心の中で生き続けてる。姿は見えなくなってしまったけど、触れることはできないけど、
心はいつも一緒」
悲しみが襲ってきて涙を流した後は、そう思うようにしています。
いろいろなことを思うけど、最終的にはこの思いにたどり着くようになりました。
今は「夢で会おうね。」と寝る前に思います。
亡くなって5ヶ月。
4回ほど夢で会いました。
大好きなぽんちゃん。
もう一度だっこしたいよ。
ぽんちゃん、ありがとう。
東日本大震災をはじめ、もっともっと大変な思い、
はかりしれない悲しみにあった方は数え切れないほどいるなかで、
猫のことでくよくよしていてはいけないと思っていて、なかなか口に出すことができません。
でも、私にとっては大事な大事な家族。
かけがえのない存在でした。
きっとこれからも。
きっと乗り越えられると信じて、
次からは、またなんてことない普段の出来事を書いていきます。












)













