相当病んでます。
俺が。
精神状態を立て直す為に、久しぶりに眠剤ODして深い眠りのポン突きになります。
なんの価値もない、面白味もない、俺みたいな奴がこんな話をするのもどーかと思う内容。
ほんまにおもんないでw
俺が幼少期。
家のすぐ近く、ほんまに徒歩1分のとこに
店名もない、小さいパン屋さん兼駄菓子屋がありました。
保育園の頃から、そこでお菓子を買ったりしてた。
小学生になり、腹空かせた俺は食パンの耳を貰ってはおばちゃんとお喋りしてた。
小学4年生の時。
名もないパン屋で、ずっとお菓子を万引きしていた。
万引きが、クラスメートに見つかっていたみたいでやな。
翌日、小学校の先生と教頭に呼ばれ、オカンがいた。
オカンと先生、俺でパン屋へ謝りに行った。
オカンはずっと頭を下げ、ごめんなさい、ごめんなさい。と謝っていた。
俺も、なんとなくごめんなさいと謝ってはいた。
先生も謝っていた。
先生は絶対どうでもええやろ、立場上、適当な謝罪やろ。
パン屋のおばちゃんは怒る事はもちろんなかった。
オカンとも仲良く、俺も保育園から仲良くしてもらってた。
パン屋のおばちゃん
「ええんやで、ポン君は何も悪い事していないんやで。おばちゃんは見ているし、知っているし、盗まれてなんかないからな。」
オカン
今までの分、全額支払いします。
パン屋のおばちゃん
「全部、知ってるのに私は何も言ってないよ。おばちゃんはポン君に盗まれたんじゃなく、上げたんよ。盗まれたなら、すぐにとっ捕まえるよ。」
おばちゃんは、ある日から俺が万引きしてる事に気付いていたけど、何も言う事なく、いつも俺のくだらん話に付き合い、聞いてくれてた。
俺の話が好きで、元気が出ると。
毎日、毎日、明るくおもしろく、おばちゃんはそのお礼にポン君にお菓子を持って行ってもらってたんやで。
幼い俺には当然意味は分からんし、なんなら今でも良く分かってはない。
万引きを分かってて容認してたって話やからね。
俺が小学校5年の時に、おばちゃんはある病気になり名もなき店はシャッターを閉じた状態となった。
俺のオカンが言うには、
元気になったら、またやりたい、開けたい言うてたみたいやわ。
ほな、元気なるんと違うか〜?🤔
でもな、オカンが言うにはな、
もしかしたら、前みたいに動けない体になるかもしらんみたいやし、まだ入院して手術もしてないから分からんねん。
ほな、元気なっても店開けれんがな!
俺もそうやと思ってん。
でもオカンが言うにはな、
あんたと話すると元気もらえるて。
ポン君にまた店来てもらいたい。
それから何ヶ月もして、ずっと店は閉まったまま。
ある日から、中学生のヤンキー達が店前で溜まりだした。
俺は、我慢できんくなり、小学6年生のどう考えてもチビっ子が、数人のヤンキー達に
ここで溜まるな!
違うとけ行け!
最初こそ、脅されはしたが、周りの通行人やら近所の目があったのか、ヤンキー達は原付に乗りどっか行った。
しばらくして、また夜に溜まりだした。
ここで溜まるな!
大事な店なんや!
俺は叫んだ。
見せしめなのか、中学生ヤンキーは俺を殴った。
俺は抵抗したが、ただただ殴られて遊ばれてからかわれて泣いて家へ帰った。
次の日も、俺はヤンキー達にいなくなれ!と文句を言うた。
また殴られた。
次の日も、その次の日も。
俺は殴られに行った。
毎日、1人で殴られて、毎日からかわれて。
バカにされて。
エロ本を顔に押し付けられたり、体を押さえつけられて、ズボンを脱がされて。
ションベンをかけられたりした。
通行人?
みんな無視やで。
避けるように無言に、誰も助けてなんかくれず。
まず、通行人自体が少ないからね。
なんなら、日を追うごとに通行人の数もさらに少なくなっていた。
俺は毎日、泣いて家に帰った。
毎日、近所の人らはヤンキーのふざけた遊びやと黙って見ていたんやろう。
警察に通報する者もいない。
俺は小学校から野球をしていて、アザになる時もあったし、家族もそこまで気にせんかったんやろう。
てか鼻血とかは出たが、まあ対してアザなんかできるほど強く殴られてはないか、そもそも雑魚なヤンキーやったから目立つアザなんかできてなかった思うけどw
服がションベン臭いのは、後日聞いたら寝ションベンしたんやなくらいしか思ってなかったみたい。
俺はヤンキーにイジメられてるなんて言えんしね。
また溜まってるから、また俺は殴られに行った。
来る日も来る日も殴られに行った。
俺はその日、左手薬指の骨を折られた。
我慢してた。
言えずに、我慢してた。
翌日も殴られに行った。
指が痛すぎて、茶碗を落とした。
兄貴が
どないしてん?
なんや指?
病院に行き、骨折やった。
おかげで今でも左手薬指の関節は曲がってる。
嘘みたいな話やろ?
毎回、モノの5分程度でヤラれて泣いて帰り、ヤンキーの遊びみたいなんに通報する大人とか、当時は地元に滅多にいなかったよ。
ポリきたら逃げるぐらい。
昔の大阪は、他所も大体そんな感じやったんちゃう?
今みたいに、なんかあったらすぐ通報とかありえんかったよ。
兄貴はまあヤンキーやった。
兄貴は中学卒業してるが、兄貴の年下の中学3年ヤンキー連中やった。
年が離れてるせえで、俺が弟やとは知らんかったようで。
何がどうなったかは知らんし、今でも知らんし聞く気もないし、兄貴の連絡先まず知らんが。
翌日からヤンキー達の姿はなくなった。
俺は別に勝負なんかしてないし、ケンカもしてない。
一方的にヤラれてただけ。
子供ながらに、おばちゃんの大事な店、俺にとって大事な店。
名もなき店を大事にしたかった気持ちだけでイジメにあった。
大事な場所をイジメの現場にしてしまい、汚したんや。俺は。
ヤンキーが落書きしたのを俺は毎日拭いたり洗ったり、キレイに消えんかったが、せめてもの償いで掃除とかしていた。
いつしか、気持ちは薄れて、どうでも良くなり、シャッターの閉まった名もなき店を毎日見ながら登校していた。
いや、学校休みの日もあったがw
小説やドラマなら、ここから感動のドラマチックな展開になるんやろう。
だが、俺の話。
そんなドラマや映画や小説のおなじみの、おばちゃん奇跡の復活、感動の再開とか、俺の毎日殴られた伝説がのちに称賛されて話題となる!とか全くないよ。
ほんま、なんもないよ。
実話やからよw
なので、おばちゃんが店のシャッターを開ける事はなかった。
そして11年後。やったかな?
俺は実家自体が引っ越してるから、当時とは違う場所が実家になっている。
たまたま、昔の実家近くに行き、旧友の家へ遊びに行った。
店が!
開いておる!
俺は名もなき店に入った。
おばちゃんの姿はなく。
お姉さんがいた。
店内にパンはなく。
駄菓子とジュースが少しあるだけ。
俺
「昔、おばちゃんに世話になって懐かしくて入りました。関係はあるんですか?」
お姉さん
「娘です。」
俺
「いつから引き継いだんすか?」
お姉さん
「今日から準備です」
俺は、泣きはせんが、体が崩れ落ちそうになった。
こんなたまたま来た日に、たまたま娘さんが店を引き継ぐなんて。
おばちゃんが亡くなったのは知ってる。
葬式やらは行ってないが、オカンから聞いてる。
お姉さん
「お店で毎日酷い事をされた子供が母の店を守ってくれたと聞きました。
店はずっとは続けはしませんが、その子が来てもらえるならと思い、お礼を言いたく開ける決意をしました。」
俺は聞かなかった事にして黙って、玉ねぎさん太郎と酸っぱいのが1つある3個入りガムとチョコバットを手に取った。
まだ今日準備を開始しただけで特にオープンはしていないようで
お姉さん
「あっ、まだレジもなにも準備していないので。お代はいりませんので、持って帰ってください。」
名もなき店は、おばちゃんといい、娘といい、俺に万引きされるのが好きみたいやね。
俺
「お姉さん!見てるけど、分かってるけど、これは万引きじゃなく、俺は貰っていいんすね?」
ありがとう。
そう言って店を出ようとした。
お姉さん
「こちらこそ、あの時はありがとうございました!」
俺である確証は何もない。
どの時のありがとうなのかも分からん。
俺は、それでええと思った。
店はもう存在しない。
名もなき店は、
ポン突き心の店となった。
この話の本質は、ほとんどの人には分からないであろう。
娘さんに、お礼はしっかり受け取りました。
あの開店準備初日にたまたま偶然店を訪れた青年は俺でした。
あの時、言えなかったが。
どんな形であれ、このブログが娘さんに届きますように。
もう、顔も分からん、どこに住んでるかも分からん。
俺みたいに、静岡に引っ越しし、そもそも名字知らんし、女性やから結婚して名字が変わってるかもやし。
探して伝えるは不可能やろう。
友達や知り合い等がたまたまこれを見て、伝われば嬉しいかなと。
当事者が見れば必ず分かる実話ですので。
この話を最後にアメブロで書きたいと俺はそう思っていた。
2022年2月12日
また会う日まで。
まあ、まだアメブロは続けるんやけどなw
