2025年もいろいろありました
(まだ2025だけど
)
それはそれは月ごとに、疾風のごとく
沢山の出来事に吹かれて
だからか4月までの記憶がありましぇん
出来事の合間合間の自分時間の貴重さ。
このお一人様時間が心地よくて、出来事に邪魔される形になると「ちっ
」と思いながら動き出し
動いているうちに、なんとも言えない清々しさに吹かれ。
今では「ちっ
」という心の音は、エンジンのかかる音だと認識されてます
ケガもしました
3週間後の再診で、指達にヒビが入っている事がわかり………。
さらにその2週間後の診察で、指達の付け根が折れてますね〜。というね
病院行くたび重症化するという経験をしました
全治1か月が、全治3か月以上に
治りかけてる今は、良い経験したな〜と思ってます
自分時間を味わい過ぎて、動き出すと時間をぎゅっと凝縮するので慌ただしくなる癖。
このスピード感と効率の良い動きが大好きだったけど、緩める事を覚えました
身体さん、お付き合いありがとう
「私達にも少し時間をくれたらよかったのにー」
母が倒れて5分で亡くなった為、私はよくこの言葉を父の前で口にしていました。
父は数カ月の心の準備の時間を作ってくれた
半分近く小さくなった身体をさすりに、病院に行くと言葉ではなく「うん、うん、」と返してくれて嬉しかったなあ……。
それと相反して「あぁ〜いやだ……いやだ。お父さんのこんな姿みたくないよぉ……。」と、私は帰り道に心の中で叫んでた
の、繰り返しの数カ月後の足のケガ👣
本当に父に会いにいけなくなった。

ごめんね。お父さん。
どんなお父さんも、愛しきお父さんなのにね。
どうしても、子供の心に戻っちゃった。
それはね…… 今でも。
父と母の子として娘として。
受け入れてくれて、愛してくれて、護ってくれて
本当にありがとう
って、心底吹き出してくるから 子供に戻っちゃうのよ
そんな生き方があってもいい
と、思わせてくれて本当にありがとう
と全身ピン!と立ち、そのままディーラーさんに飛び込み「新えみちゃん号🚘️」を契約してきたのが、
父が亡くなる1か月前。
前の「えみちゃん号🚘️」は、父が買ってくれたもので、父が生きてるうちは絶対乗り続ける。って決めてたのにね
出来事は想ったように現れてるだけ
そこに感情やドラマをのせるも自分

嫌ってた事が溶け、愛にかわり
愛に溢れてた事が、空の氣に溶けたよ。
みんな、光ってて素敵だー


自分だけで在ったら、なんと暇でつまらない世界であったろう
だから皆、分かれそれぞれに立ってる
私にとって……
2025年は、深さへの分岐点でもありました
(まだ2025だけど
)

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これからも引き続きひっそりと(なんで?)
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2026年も、よろしくお願い致します























