こんにちは、yuriです。
前回は、嵐のような年子育児の中で、私の中に芽生えた小さな「違和感」についてお話しました。
小児科の先生や保健師さんに相談しても、いつも返ってくる言葉は「個人差の範囲だから、様子を見ましょう」。
その言葉を信じ、ただ時間だけが過ぎていくことに、漠然とした不安を抱えていました。
多分発達障害を抱えているお子さんを育ててきたママさん達も同じような道を歩んできたかもしれません。
今、自分のお子さんの発達の遅れが気になっている方にも参考となればと思い、
今日はその「様子見」期間が終わりを告げ、私たちの進むべき道がはっきりと見えた日。
兄妹それぞれの診断について、お話したいと思います。
そらまめ君の診断 ~涙が乾いた、母の決意~
そらまめ君が3歳を目前にした頃、私の不安は日に日に大きくなっていました。
一向に増えない言葉、そして一度始まると手が付けられない癇癪(かんしゃく)。
「もう、様子見ではいられない」
その一心で、専門の施設に予約を入れ、3歳になってすぐに発達検査を受けました。
心理士さんとの面談、医師の診察を経て、告げられた診断名は「自閉症スペクトラム症(ASD)」。
頭ではどこかで覚悟していたはずなのに、いざ言葉として聞くと
頭をガツンと殴られたような衝撃でした。
ああ、やっぱりそうだったんだ、と。
一瞬、目の前が真っ暗になりました。でも、不思議と涙はすぐ乾いたのです。
「私がここで止まっていたら、この子はどうなるの?」 その思いが、すべての不安を追い越していきました。
診断はゴールじゃない、スタートラインだ。 そう覚悟を決め
私たちはすぐに「集団療育」の扉を叩くことにしました。
りんちゃんの診断 ~「育てやすい」の裏にあった衝撃~
そらまめ君の療育が始まり、少しずつ前進し始めた頃。私は、妹のりんちゃんのことも気になっていました。
兄とは正反対で、癇癪もなく、いつも穏やか。
そらまめ君に比べたら、なんて「育てやすい」のだろうと、ずっと思っていました。
でも、発語はそらまめ君と同じように、とてもゆっくりでした。
兄のことがあったからこそ、見過ごしたくない。
りんちゃんも、そらまめ君と同じ施設で、3歳を過ぎてから発達検査と専門医による診察を受けました。
診断は、「軽度知的を伴う、自閉症スペクトラム症(ASD)」。
正直に言うと、そらまめ君の時とは比べ物にならないほどの衝撃でした。
「育てやすい」と感じていたからこそ、診断された事実が重くのしかかってきたのです。
「私はこの子のことを、ちゃんと見ていあげられていなかったんじゃないか…」
穏やかさの裏にあった、りんちゃんなりの「しんどさ」に気づけなかった自分を責めました。
この時の衝撃と後悔は、今でも忘れられません。
こうして、我が家の凸凹年子兄妹は、それぞれに診断を受けました。
長かった「様子見」のトンネルを抜け、私たちはようやく、療育という形から支援のスタートを受ける事になりました。
ここからが、我が家の本当の意味での「試行錯誤」の始まりでした。
りんちゃんは診断を受けた時に「療育手帳」も取得した方がいいと言われたので、
診断書を市の児童相談所に提出し、療育手帳の申請をしました。
※県によっては療育手帳の取得の基準が違うみたいなので、もし療育手帳を申請される場合はお子さんが申請対象の基準を満たしているかお医者さんに確認してみるといいかもです。
後はネットで検索をかけるとそれぞれの都道府県で療育手帳の診断基準が色んなサイトで出ている場合もあります。
次回は凸凹兄弟の療育を受けてみて、どうだったか?
療育手帳を取得して受けられるものや
特別児童扶養手当に関して話していきたいと思います。
最後までブログをお読みいただきありがとうございました
気軽にコメントやイイねを頂けるとブログ作成の励みになります


