最近は読み逃げばかりで
ほぼ放置のブログでした
久しぶりの更新は
このような報告ですみません
我が家は私の両親と同居28年
両親は家庭内別居状態
かれこれ15年くらいになるかなぁ
頑固、わがまま、自己中の父
自分で車を運転し
近所の内科への通院
スーパーへの買い物
自宅のお風呂に入らず
日帰り温泉に通っていました
とにかく文句が多い人
家族みんな顔を合わせてもほぼ会話なし
へビースモーカーで
自室で吸うからいつも廊下や2階には
副流煙が流れてきて
私はタバコの臭いが大嫌い
常に換気したりして
不快でした
年末くらいから出掛ける頻度が減って
部屋からキッチンにくる姿を見て
ちょっと痩せたかなぁと思ったけれど
足取りはしっかりしていたし
咳き込むのは日常の事だったので
気にもせずでした
12/29にトイレの外に便が汚れていたり
おしっこも濡れていた事があり
そろそろ地域包括センターに
相談した方がいいのかなぁ
でも、本人は嫌がるよなぁ😮💨
などとうっすら考えていました
12/31から1/3まで母は
妹宅で過ごす事になり私は
しばらくゆっくりできるなぁと思っていました
元旦の昼前
毎年お雑煮は父が欲しいと言い
いつもは自分で取りに来ていましたが
今年は言って来ないので
父がトイレから出たタイミングで
(勝手に部屋に入ると怒ります)
と聞くと
と
蓋付きのどんぶりに私がよそって
父の部屋に届けました
と言うので、大きめの湯呑みに
お茶を淹れて持っていきました
その時にも父は相変わらず
タバコを吸っていて
私は何だよー!
タバコを吸う元気があるのか?
痩せたとか心配する程でもなかったのか!?
と思い、気のせいかって感じでした
その後は普段通り
別々の生活をしていて
父は、元旦から日が変わるくらいの夜中に
自分でキッチンに来て器など洗って
全て食器乾燥機に入れてありました
その時夫は2階の階段横の洗面所で
歯を磨いていましたが
姿は見ていないけれど
スタスタと歩く足音は聞いていて
普段と変わらないと思ったそうです
翌2日も何時かは分からないけれど
部屋から咳払いが聞こえました
おそらく私が洗濯をしたりしていた時かなぁ?
いつもの事なのでそこまで気にも留めず
翌3日
妹が母を連れてきました
ちょうど同じ頃私は夫と買い物から戻り
玄関先で妹が
年始の挨拶に仏壇のある父の部屋に
ノックしました
妹はたまに来るだけなので
父と会話はできます
そして
妹が部屋を開けるとなんと父は倒れていました
もう既に冷たくなっていました
私たちも全く想像していなかったので
みんなパニックでした
急いで救急車を呼び隊員さんが心電図や聴診器
瞳孔を確認
亡くなっている為搬送はできず
それからは警察官、刑事課の方々が何人も来て
事件性は無いか等
事情聴取も色々聞かれました
その後検死のため警察署に父は運ばれ
警察の方がかかりつけ医と連絡を取ってくれて
立ち合ってもらえました
検死の間に警察官から
どこに葬儀を頼むか決めて
迎えに来てもらえるよう連絡を取ってください
との事で電話をしたり
検死が終わった連絡が入ると警察署に行き
今後の手続きなど教えてもらい
葬儀場の受付に移動して
今後の予定、お寺への連絡など
深夜までかかりました
翌日の午前に父のかかりつけ医から
検案書
(亡くなってしまっていたので診断書ではなく検案書になります)
が出来たとの連絡があり
私が取りに行き、少し先生とお話しができました
検死では原因は特定できなかったのですが
かなり重度の慢性閉塞性肺疾患(COPD)であったのでそちらが原因ではとの事でした
推定時刻も2日の午後6時頃と書かれていて
父は亡くなる前日まで
タバコを吸っていたと主治医に言ったら
「私もねータバコはやめましょう
と言ってたんだけどねー
やっぱりやめられなかったですね」
と残念そうに言ってくださりました
年始の連休中にも関わらず
主治医にはお世話になりました
長年診て下さったお礼を言って
それからは
一連の通夜、葬儀等を終わらせて
今日に至ります
ずーっと父が使っていた部屋は
ごみ屋敷、チリ埃も凄いけれど
とにかく全てタバコのせいでヤニ色😭
葬儀が終わると祭壇を家に作るので
まずは夫とそのスペースを作るために片付けて
その後は妹が仕事を休める間にと
2人➕互いの夫にも少し手伝ってもらい
何とか片付けも進みました
年寄りは色々と捨て方がわからないのよね
もう物の多さと
全て埃が凄くて、妹と
これ、一人っ子とか無理だよねぇ
業者呼ばなきゃだね
と言ってます
私の心境としては
薄情かも知れないですが
最後に子孝行で
介護をさせず介護制度も受けず
紙のパンツも履かず
自分の部屋の布団の上で亡くなって
ありがとう
と思っています
父は携帯も持ちませんでした
遺品の財布の中に
診察券や保険証と一緒に
テレフォンカードと
私の携帯の番号が入っていました
それを見て初めて
涙が止まらなくなりました
時々来る妹とは会話ができても
結局頼りにしていたのは
私だったんだなぁと
切なくなりました
今は色々な手続き等は全て私がやっています
生きていた時は何かと文句ばかりの父でしたが
今は何の文句も言われないので
お供えやお寺さんへの連絡なども
嫌な気持ちにならずにできます
私の場合は亡くなって初めて
親を許せたような気がします
あ、母は居ますけどね
私は毎日、妹はうちに来ると
お線香を付けて手を合わせますが
母は未だに一度もお線香を付けません
何なんだろ
そういうのイラっとするのよね
お父さん
大っ嫌いだったよ
でも今までありがとう
やっとじーちゃんとばーちゃんに
迎えに来てもらえたね
どうぞ安らかに…