なまの実験室
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iPadな日々

iPadにもけっこう慣れて来ました。

論文が読めるようになったし、文章の草稿を書いたり、メールやウェブを見たりで、机に座ってもパソコンをしばらく立ち上げないこともあります。

iPadは何が良いかと言うと、凝った機能なんかじゃなくて、フィット感というか、すぐ手元にあるような感覚が気持ち良いんですね。文章書いたりネットサーフィンしてる時の距離感が近くて、ちょうど良い感触なんです。キーボードがもう少し打ちやすければ!


今更な感じもしますが、Twitterをやってみました。amebaなうがあるじゃないか!と言われそうですが、iPadとの相性が抜群なのです。僕はわりと長文考え込んじゃうので、短くささっと書いておくのがもしかしたら合ってるかも・・・?何日続くか分からないけど。

権力握って責任取らず



自由な国家で政治家が権力を握ることが許されるのは、失敗や不祥事の際に責任を取るからというのが一つの理由と思う。実権を握っておいて責任は取らない、これを独裁と言う。

そう言えば、菅さん「民主主義は期限を決めた独裁」と言っていたね。国民が選んだからには任期中はあらゆることが許されるという論理なんだろう。ロベスピエールもヒトラーも、そうやって権力を振りかざしたよなぁ。

小沢、菅、仙谷、鳩山・・・それぞれ出身は違うけど、行き着く先は皆同じ全体主義だね。

iPad

今日、iPadを買いました!!
論文や本を読んだり、手軽にネットサーフィンできたりするのが面白そうだったので、一番安いモデルを購入。
もうすぐOSが新しくなるらしいですが、我慢できずに買ってしまいました。

大学のwirelessネットワークに繋がるように設定し、とりあえず使えるようになりました。

論文のPDFを入れて読みたいと思っているのですが、無料のリーダーだと整理したりするのがいまいちな感じだったので、有料のを買ってみようかと思っています。

日本語の本の入手方法はこれから調べます。

動きは非常に快適!
この記事もiPadで入力中です。

しばらくゲーム機になりそうな予感・・・

尖閣ビデオの感想

 昨日の夜、尖閣の流出ビデオを見たけど、あれでは意図的にぶつけてきたのは言い訳のしようがないと思う。
 民主党や中国を擁護したい議員達が「あの程度で衝突と言えるのか」みたいなこと言ってたけど、おかしな思想で目が曇っているらしい。回避行動を取ってる海保の船に向かってぶつけてきてるのは明らか。それに、自爆テロしようとしてたならまだしも、思いっきりぶつけたら向こうも沈んじゃうでしょうに。


 このビデオが巻き起こした騒動は何を意味するのか。

 中国漁船(?)が違法であることと、中国政府の言いがかりが理不尽なのは、もともとビデオの公開が無くても分かっていたこと。尖閣諸島は日本の領土なのだから。ビデオは全編を国会議員に見せておけばそれで良かったと思う。

 中国漁船の野蛮な行為が逮捕しなければならないほど悪質なのはビデオで初めて確認されたことだけど、中国政府はそこに異議を唱えているのではなくて、尖閣諸島で日本政府が取り締まること自体にいちゃもんを付けてきている。日本の主権を認めることになるから。だからこのビデオは外交上の争点を明白にするようなもの、つまり外交カードになるようなものではないと思う。もっとも、双方の国民感情を刺激はするから、外交問題に発展することはあるだろうけど。

 まず、このビデオは日本政府が漁船の船長を起訴せずに釈放したという対応が、国内法秩序に照らして不適切だったことを国民に確信させた。
 また、その対応を擁護してきた政府与党が、中国に媚びへつらう異常な集団だということを露呈した。
 そして、民主党政権が、求心力を失って政府の管理・統治能力を欠いている印象を強く与えた。それゆえ国民からの信頼も失った。

 流出させた人はしかるべき法の裁きを受けるべきであって、ルール違反が完全に正当化されることは無い。義憤に駆られて民主党政権を告発する、という感じでやったんだろうか。

 そんな感じで、これは国内問題なんだと思う。

 民主党が煽ってきた“民衆主義”から来る「情報公開の要求」と、全体主義的権力志向から来る「隠蔽体質」のゆがみが、政府の信頼を引き裂いたような印象。
 民主党政権はいい加減、「責任の取り方」というものを誰かに教えてもらわないと。自分たちを正当化し、責任転嫁することしか知らない。ここで内閣総辞職しないと、義憤が政府転覆に発展してしまう。


 いずれにせよ、領土・領海内の無法・無秩序を許してはならないから、日本政府は外国の蛮行を断固はねのける責務がある。

子ども手当

子ども手当、所得制限せず=上積みは支給対象全体に—小宮山厚労副大臣
時事通信 10月13日(水)16時16分
 厚生労働省の小宮山洋子副大臣は13日、時事通信のインタビューに応じ、来年度の子ども手当の支給対象について、「所得制限はあり得ない。社会全体で子どもを支える基本哲学に反する」と述べ、財源不足などを理由に政府・与党内でくすぶる所得制限論を強くけん制した。(後略)


「所得制限はあり得ない。社会全体で子どもを支える基本哲学に反する」

何だろうこれは。とても不気味だ。
「社会全体で子どもを支える基本哲学」とは何か?それは、家族ごとに子育てをするのではなく、社会全体で“平等”に(画一的に)子供を育てるべきという意味だと考えられる。子供は家族の制限から“解放”され、社会(国家)が第一義的に面倒を見るというのが、その目指しているところだ。
なぜなら、民主党自ら「所得制限」が「社会全体で子どもを支える」ことに「反する」と言っているから。所得制限は家族に対して行なわれるものなので、子供が家族の制限の下にあることを前提とする。だから「基本哲学に反する」のだ。
扶養控除の廃止が子ども手当の支給とセットとされていたのも同じ理由による。
子ども手当は親に渡されているが、これはいわば国家からの“養育費”であり“報酬”である。

民主党が目指すのは、プラトン『国家』に書かれたあの異様な世界であり、ヒトラーユーゲントやレーニンの家族解体実験と全く同じ精神がそこには宿っている。

まともな感覚を持っているなら、親による自由な子育てを否定する民主党の実験に戦慄する。

「手当をよこせ、まだ足りない」と言うことはゆすり・たかりと同じであり、良識ある文明人ならこんなことは言わない。
所得制限に関して言えば、「高額所得者から奪い取れ」という他人の財布に手を付けるような卑しい泥棒根性からそう考えるのであれば野蛮な考え方だが、高額所得者が自らの意思で辞退できるのならば逆に高貴な精神を醸成する。


【追記】
「社会全体で子どもを支える基本哲学」についてもう少し突っ込んでみる。
子ども手当とは、「社会の子供」を育ててくれる「親という名の個人」に支払われる給料、あるいは経費。「支援」や「援助」ではなく「手当」と呼ばれるのは、意図してのことか、真実を言い表している。
子育てという労働に対する対価だから「所得制限はあり得ない」。
それが想定する世界では、全ての子供が等しく孤児となり「社会の子供」となっている。
実に巧妙かつ不気味なイデオロギー政策。
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