どこかしらに残したいと思い 今回 文章として
記録用として 書かせて頂きます。
私事ではありますが、先日祖父が亡くなりました。
心臓発作による急死でした。
ご老人には この季節に 特によくある、
冬場の気温差で 心臓が止まってしまうという事が
湯船に浸かる際に 起きてしまうという
不運に不運が重なった、
最悪の状況で起きてしまいました。
私の住んでいる場所と 祖父の住まいは
県をまたいでいて、車で高速道路を使い
30分ほどで着く距離ではあるのですが、
年明けやお盆の家族行事で集まったり、
家族全員でお休みが合えば 会いに行くくらいの
頻度でしか遊びに行ってませんでした。
年明けに 集まった際
長生きしなきゃね と話したところでした。
1月 23日の 夜に 亡くなったと 連絡が来ました。
どこでどう亡くなったか その時は
まだ不明だったのですが、
湯船の中で 亡くなっていて、
大体の死亡時刻、日程は 推定で 1月 17日頃だったそうです。
亡くなってから 発見まで 1週間ほど
かかってしまいました。
もっと早くに見つけられてあげれば、
という気持ちでいっぱいでした。
本人も絶対まだ死ぬと思っていなかったと思うし
これから頑張って生きるという気持ちが
あったので 悔しい気持ちでいっぱいです。
それ以上に 悔しいのが、多分亡くなる前日の
16日の夜に珍しく 私のケータイに
祖父から着信があり、会話をしました。
その際 かなり酔っていて、
いつも 泥酔して 電話をかけてくるという
ちょっと困った所もありましたが
寂しいんだろうな、という気持ちで
いつも電話に付き合ってました。
その時、「コロナは大丈夫か?」「風邪は引いてないか?」などと、私の心配をしており 声が聞けて嬉しかったと。
じゃあね。と、声をかけて 電話を終えました。
私に電話をかけた後に お風呂に浸かったのか。
それとも、その次の日だったのか
それすらも 分かりません。
最後の着信には 私のケータイ番号が残ってました。
後悔しても仕方ないですが、
あの時に もっと話をしていれば良かったとか
そういうことばかりです。
初孫の私を 甘やかしてくれて、
妹が産まれる際には 寂しくないようにと
色んなところに連れて行ってくれて、
欲しいものを沢山買ってくれて、
私には 生きたいように生きろ。
学校も嫌なら行くな、
宿題もやりたくなければやるな。
でも、それでいいと思ってるなら
それで良いけど 自分のためにならないと
思っているなら やりとげなさい。
自分の考えを貫きなさい。
よくそう言ってくれました。
頑固で 自分の意見が通らないと
へそを曲げて 拗ねてしまうおじいちゃん。
最後に喧嘩してしまったのが
今でも心残りです。
それでも、その後 普通に接してくれて
仲良くご飯食べてお酒飲んで
楽しく過ごせたのが最後の思い出です。
これから もう あの楽しい空間が
無いのだと考えると 辛くて苦しくて
今でも 胸が張り裂けそうです。
それでも、私は 残された母と父を
支えながら、感謝しながら
生きていきたいと思います。
最後まで 読んでくださってありがとうございます。
皆様もご親族を大事にしてください。
記録用として 書かせて頂きます。
私事ではありますが、先日祖父が亡くなりました。
心臓発作による急死でした。
ご老人には この季節に 特によくある、
冬場の気温差で 心臓が止まってしまうという事が
湯船に浸かる際に 起きてしまうという
不運に不運が重なった、
最悪の状況で起きてしまいました。
私の住んでいる場所と 祖父の住まいは
県をまたいでいて、車で高速道路を使い
30分ほどで着く距離ではあるのですが、
年明けやお盆の家族行事で集まったり、
家族全員でお休みが合えば 会いに行くくらいの
頻度でしか遊びに行ってませんでした。
年明けに 集まった際
長生きしなきゃね と話したところでした。
1月 23日の 夜に 亡くなったと 連絡が来ました。
どこでどう亡くなったか その時は
まだ不明だったのですが、
湯船の中で 亡くなっていて、
大体の死亡時刻、日程は 推定で 1月 17日頃だったそうです。
亡くなってから 発見まで 1週間ほど
かかってしまいました。
もっと早くに見つけられてあげれば、
という気持ちでいっぱいでした。
本人も絶対まだ死ぬと思っていなかったと思うし
これから頑張って生きるという気持ちが
あったので 悔しい気持ちでいっぱいです。
それ以上に 悔しいのが、多分亡くなる前日の
16日の夜に珍しく 私のケータイに
祖父から着信があり、会話をしました。
その際 かなり酔っていて、
いつも 泥酔して 電話をかけてくるという
ちょっと困った所もありましたが
寂しいんだろうな、という気持ちで
いつも電話に付き合ってました。
その時、「コロナは大丈夫か?」「風邪は引いてないか?」などと、私の心配をしており 声が聞けて嬉しかったと。
じゃあね。と、声をかけて 電話を終えました。
私に電話をかけた後に お風呂に浸かったのか。
それとも、その次の日だったのか
それすらも 分かりません。
最後の着信には 私のケータイ番号が残ってました。
後悔しても仕方ないですが、
あの時に もっと話をしていれば良かったとか
そういうことばかりです。
初孫の私を 甘やかしてくれて、
妹が産まれる際には 寂しくないようにと
色んなところに連れて行ってくれて、
欲しいものを沢山買ってくれて、
私には 生きたいように生きろ。
学校も嫌なら行くな、
宿題もやりたくなければやるな。
でも、それでいいと思ってるなら
それで良いけど 自分のためにならないと
思っているなら やりとげなさい。
自分の考えを貫きなさい。
よくそう言ってくれました。
頑固で 自分の意見が通らないと
へそを曲げて 拗ねてしまうおじいちゃん。
最後に喧嘩してしまったのが
今でも心残りです。
それでも、その後 普通に接してくれて
仲良くご飯食べてお酒飲んで
楽しく過ごせたのが最後の思い出です。
これから もう あの楽しい空間が
無いのだと考えると 辛くて苦しくて
今でも 胸が張り裂けそうです。
それでも、私は 残された母と父を
支えながら、感謝しながら
生きていきたいと思います。
最後まで 読んでくださってありがとうございます。
皆様もご親族を大事にしてください。