小・中・高・大 ~トロフィーをかかげよう~ (ウルフルズ)
この曲を聴きながら、思ったこと。
今日はセンター試験の2日目、だそうですね。
俺も例に漏れず、九州のとある国立大学で2度(2県)、センターに対峙しましたよ。
(つまりは一浪ってことですわな)
それでもっていまや大学4年、院に行かない俺にとっては、大学生生活、いや、学生生活最後の数ヶ月を過ごしている、というわけです。
センター試験を受けてた頃は、それはそれは希望に満ちて、楽しい大学生活を夢見たものでした。
たしかに楽しいのは楽しかった、でも何か物足らなくて、たぶん本来の大学生の「仕事」を全うしてきた4年間ではなかった気がする。
小さい頃から、「良い大学までは行きなさい」ってずっと周囲に言われてて、それがいつしか目標になって、大学の先のことまでは、深く考えたことがなかった。
つまり、10代の頃の俺は、良い大学に進めれば(人生の)ベスト、それだけしか考えてなかったのかもしれない。
「良い」大学に進めてるか否かは別として、(とりあえず)名の知られた大学に入学した。
だけど、10代の一番大切な時期に定めた目標は、そこで途切れてしまった。
だって、もう<来ちゃった>んだもん、ここまで。
大学以降の夢なんて、特に考えてなかった。
だから、この4年はそれを探す毎日だった、結局見当たらなかったけど。
内定は東京でもらったけど、それも「いつのまにか」で、それが本望だったとは言えない、今さらだけど。
路頭に迷った4年間が紡ぎだした卒論だって、「会心の出来」には程遠い、いや、むしろ記憶から消したいくらい。
俺は、もし10代の頃の目標を、もっと豊かに持っていられたら、もっと充実した生活が送れてたのかなぁ、ってたまに思うし、悩む。
一旦過去を横に置いて、もう一回、20代で10代の頃にやるべきだったことをやらなくちゃいけない。
それを「まだ若いんだから、きっと大丈夫だよ」って言っちゃえるのかどうか、いささか不安です。
言葉ではなんとも言えるけど、やっぱり生活の中では手足を伸ばして自由にできる時期ではなくなってくるから。
親の保護の下でフリーハンドに夢を試行錯誤できる時期ではなくなってるから。
・・・でも、、、俺には目下、夢は無いけど、夢を見るのを辞めたいわけじゃない、夢が出来たらまっすぐそれに向かって歩いてみたい。
だから受験生諸君、今さら言っても遅いけど、そしてかなり理想論者的で、的外れだけど、「目の前の受験だけにとらわれちゃいけない」。
君たちが大学に行く理由は、その先の夢のための<ステップ>であって、大学(学部)は決して<ジャンプ>するところじゃない、完成じゃない。
君たちの夢は、大学の合格証明書コレクターではないだろう![]()
「将来のことを少しでも思い描いて、心の中に大事にしまった後に、参考書とノートだけに向き合って欲しい」。
「どうしてその大学に行きたいのかをもう一回おさらいしてから、机について欲しい」。
ちょっと高尚なこと言ってるかもしれませんが、それが学生生活の寿命が近づいてきた大学生の「遺言」です。
何かの縁でこのブログを見てくれた高校1~2年生や、受験生が、この文章から何かを得てくれれば幸いです。
そしてまだ<俺の思う理想の10代>を経験してない俺。
今はやりたいことや夢が見当たらなくて、途方に暮れてるけど、いつか偶然にも何かに出くわせるように、下を向かないように、自分らしさを失わないように、進め。
進めるよね、きっと![]()