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前回マーラー交響曲第9番の各指揮者の演奏の印象を一通り語りましたが今回は前回取り上げなかった指揮者の印象を語りたいと思います。
音楽之友社の「名曲名盤500」(2017年版)でマーラー交響曲第9番のCDのベスト1に輝いたクラウディオ・アバド&ベルリンフィルを遅ればせながら聴きました。
このアバド&ベルリンフィルは全体の印象としては主観の強いバーンスタインと主観を排し客観性に徹し演奏の美しさのみを前面に出したカラヤンの中間的な印象と感じます。
バーンスタインがこだわった死の世界にのめり込むほどではなくかといってカラヤンの様に客観性に徹しているのでもない。
いや、主観はあるがバーンスタインほどの死への強い思い込みの観念ではなくアバドは生理的な死の恐怖を演奏で表現していると感じます。
アバドはこの演奏の前に癌で闘病生活をして死生観を新たにしたと聞いています。
アバドのマラ9は一般人が共通に感じる死へ生理的恐怖、人間の本能的な死への恐怖を描いていると感じます。
だからその演奏は私の様な一般人には分かりやすい。
死の恐怖がバーンスタインほど深くなく一般的な人が誰でも感じる生理的恐怖なので分かりやすくその分聴き安いと感じます。
鑑賞用としてはバーンスタインほど深くも重くもなくカラヤンほどあっさり味気ないわけではなく演奏の主張が共感し易く分かり易く聴き安い。
アバドは一般的なリスナーに受け入れやすい演奏だと思います。
バーンスタインのマラ9は終始死の世界から死を眺めている印象で意識が死後の世界にどっぷり入っていて黄泉の国から死者の立場で現世の死を観察しているように感じる。
一方アバドのマラ9は現実世界に身を置いて死の恐怖と向き合いあくまで終始生身の人間として死の恐怖と戦いながら生者の視点で死を見つめ眺めていると言う印象です。
バーンスタインの視点は死後の世界すなわち死者の立場から死を眺めており一方アバドは現世から生者の視点で死を眺めていると言う印象です。
バーンスタインとアバドは視点が全く違うと感じます。
バーンスタインのマラ9の死の恐怖、死の痛みは観念的であり宗教観が反映されていると感じられ重くて深いので聴いた後どっぷり疲れますがその分病みつきになる部分がある。
一方アバドは私の様な一般的な人間には死の恐怖が生理的、本能的である分共感しやすく分かり易く聴き安い。
鑑賞用としてはアバドの方が死の恐怖の意識がぐっと浅く身近で一般向けだと思います。
名曲名盤500で1位に選ばれたのも頷けます。
アバドは現世から生者の立場で死を見つめ死の恐怖と戦い最後は死を称え人生を讃美して演奏を静かに終える。
アバドのマラ9は非常に分かり易く取っつき安い。
そしてスリリングでテンポが良く演奏がもたれることが無く飽きない。
一般的なリスナーに受け入れやすいのはバーンスタインよりアバドだろうと思います。
バーンスタインのマラ9はコアでヘビーなファンの心をつかむのでしょう。
バーンスタインのマラ9一度はハマったら後を引いて時々無性に聞き返したくなるような演奏。
アバドのマラ9は毎日聴いていても聴き安く飽きない演奏。
同じマーラー交響曲第9番でも指揮者によって解釈ががらりと変わり聴き手の印象も全く違ってくる。
マーラー交響曲第9番は死がテーマの為重く難解な曲であるので指揮者によって解釈も演奏の印象もそれぞれ違い本当に奥の深い曲なのだと思いますがそれだけ興味が後を引き不思議な魅力を持った曲だと改めて感じます。
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【 マーラー:交響曲第9番 アバド&ベルリンフィル】
名曲名盤500で一位に輝いたアバド&ベルリンフィルのマーラー交響曲第9番です。
必聴です!!
【最新版 名曲名盤500】
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