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『ホジュン 宮廷医官への道』(ホジュン きゅうていいかんへのみち、原題:「許浚」、朝鮮語: 허준)、あるいは『ホジュン ~宮廷医官への道~』及び『許浚 - 医の道に辿りつく』は、韓国のテレビドラマである。
概要
1976年、李恩成(イ・ウンソン、朝鮮語: 이은성)が許浚の生涯を題材としてシナリオを書いた連続ドラマ『執念』がMBC(韓国文化放送)から放送された。李恩成はこれをもとに1990年、『許浚 (小説)許浚』を発表し、300万部を越えるベストセラーとなった。しかし、執筆中に李恩成が死去したため未完のままとなっている。
1999年には、『小説 東医宝鑑』を原作としてMBCが連続ドラマ『ホジュン』(全64話。放映期間:1999年11月 - 2000年7月)を放映し、韓国で63.5%の高視聴率を記録した。2003年には台湾で『医道:一代神医 許浚』という名で放映され、2005年には香港でも放映された。中国では2006年から正式放映された。
日本では『ホジュン ~宮廷医官への道~』というタイトルで2007年4月2日から同年6月29日までBS朝日で放送された。さらに同年7月2日から7月6日まではその名場面集が放送された。好評だったため同年8月29日より毎週水曜日22:00 - 22:54に毎週1話ずつ再放送した。なお、BS朝日では最終話を2回に分けて放送したため、オリジナル版の全64話完結に対し、全65話完結扱いであった。現在BS日テレで、2013年9月4日より毎週月曜~金曜16:00 - 17:00に放映中。
『小説 東医宝鑑』は日本で『許浚 - 医の道に辿りつく』(桐原書店、2003年、ISBN 4342625814、ISBN 4342625822)として翻訳されている。また、文庫版として『ホジュン 宮廷医官への道』(上中下巻、ランダムハウス講談社、2007年3月 ISBN 4270100877、ISBN 4270100885、ISBN 4270100893)が刊行されている。
2013年3月から9月まで、MBCで同作品のリメイク版である『亀厳許浚』が放送された。
ストーリー  16世紀中期の朝鮮時代、愛人の子として生まれ、密貿易・身分違いの結婚という大罪を犯したホ・ジュン(許浚)が、逃亡先で師匠となるユ・ウィテ(柳義泰:架空の人物)と出会ったことによって、「心医」の道を志す。さまざまな困難に苦戦するが、自分の正しさを信じ、自らの道を突き進む強い意志の持ち主。献身的な治療で、多くの人々を救うためにひとつでも多くの病の治療法を見つけるためにホ・ジュンは奮闘する。
登場人物
重要人物
ホ・ジュン(許浚):チョン・グァンリョル
主人公。武官にして地方長官であるホ・リュンと孫氏の間に庶子として龍川(ヨンチョン)に生まれる。学問や武芸を修めてきたが母親が賎民のために官職に就けず、密貿易などの自堕落な生活を送っていた。ある日、冤罪で父親を失い追われていた両班(ヤンバン 貴族)の娘イ・ダヒと出会い徐々に変わっていくが密貿易が発覚し逮捕され、父の手によって母とともに慶尚道の山陰(サヌム)という村に逃れる。やがて、医師ユ・ウィテとの出会いによって医術を学び、医員(医師)として病人を憐れむ真の心医を目指し、その後科挙を受け内医院(ネイウォン 宮中の医局)史上最高の成績で首席合格し宮廷医官となる。宮廷医官となってからも、皆が嫌う恵民署(ヘーミンソ)勤務を志願し、出世とは無縁の生活を送る。やがて恭嬪(臨海君・光海君の母)やその弟を見事治療するに至り、宣祖の信頼を得て参奉(チャンポン 従九品相当)から直長(チクチャン 従七品相当)へと抜擢される。その後も波は有ったが宣祖の信任を得て、内医正(ネイジョン 正三品堂下相当)のドジを差し置いて、僉正(チョムジョン 従四品相当)から正三品堂上官の御医(オイ、王の主治医)と春秋館編修官(チュンチュグァン ピョンスグァン 正三品堂下から四品相当)に任じられ、念願の両班となる。この頃から、宣祖の後継者争いに否応無く巻き込まれることになり心を痛める。更に正一品・輔国崇禄大夫(ボグクスンロクテブ)に任じられる。宣祖の崩御に伴い罰せられ流刑となる。流刑になっても貧民を診療し、御医の頃から取りかかっていた医書の執筆に取り掛かり完成させる。光海君の恩赦により山陰に戻り、オグン、ホンチュン、コクセらとユ医院のあった場所で晩年まで貧民の診療を続けた。疫病の流行で、患者を治療するなか自らも感染してしまう。漢陽(ハニャン 現在のソウル)の内医院からかつての同僚たちが応援に駆けつけるが、患者の治療の最中に鍼を持ったまま息絶える。死後、陽平君を追号される。