今宵は満月。月がいよいよ澄んで、趣深い。
「もののあはれ」を感じずにはいられない。
情趣 悲哀 哀愁 同情 憐憫 愛情 慕情 賛嘆
心の中に様々な思いが駆け巡る。
月は限りなく幽玄である。
そのため、和歌には数多く月が出てくる。
月見れば ちぢに物こそ かなしけれ
わが身ひとつの 秋にはあらねど
(月を見ると様々に物悲しい気持ちに誘われる。
私ひとりだけのために訪れた秋ではないのだけれど。)
〈大江千里〉
心にも あれでうき世に ながらへば
恋しかるべき 夜半の月かな
(心ならずもこのつらい世に生きながらえたなら、
きっと恋しく思うにちがいない今宵の月である。)
〈三条院〉
なげげとて 月やは物を 思はする
かこち顔なる わが涙かな
(思い嘆けといって月は私にそう思わせるのか。
そうではないのに、月のせいでもあるかのように流れ出る恋の涙である。)
月は人の心の奥へと入り込み、余情を残していくのかも知れない。
かぐや姫ではないけれども、月を見ると何故か物悲しい気持ちになる。
その昔、「月」は「憑き」だと理解されていた。
月の光が人の魂を異界に連れ去るものだと思われていたからだ。
私も月の魅力に憑りつかれているのであろう。
今、この目に映る今宵の満月は昔と何一つ変わっていない。
月を見ていると時空さえもおぼつかなくなる。
自分がいつの時代のどこの国の何者なのか。
この世は夢幻なのか、現実なのか。
月の前では、この世のしがらみが無になる。
そしてただ、言葉にならない心だけが月の光に照らされる。
