🔵罪を憎み人を憎まずとは

   〜毒牙にかけられた幼恋〜

 

中学三年生の頃、席を変えてもらう時期が

楽しみだった。

何故なら、可愛い女の子の近くの席に座れる

 

と思うだけで、ワクワクするからのだ。

期待通り、僕の席の前にいつも気になった

色白のポッチャリでロングヘヤーの小柄な

 

女の子が、僕の前に席に座ったのだ。

授業の始まる前、朝シャンした女の子の

エメロンシャンプーの醸し出すフェロモンに

 

僕は、いつも授業中うっとりするのだ。

その子とは、けっこうおしゃべりもして

ほのかな気持ちで、楽しんだものだ。

 

その子は、中学卒業後、本土に就職した。

僕が高校、大学に合格したときもお祝いの

 

手紙がきたのだが、僕は、鈍感な男で

その子の僕に対する思いに気付かず

過ごしていたのだ。

 

大学の夏休みに、その子が誰かに暴行された

たという噂が流れた。

何か起こったことは分からないのだが、当時の

 

僕には、関係がないこととして、その後、

関心が薄れ、忘れかかったものだ。

ところが、僕の友人が、酔うと

 

意味深の言葉が

「彼女に君も来るよと言って呼び出したよ。」

と。

 

ところが当の僕は、もう、昔の関係のない

出来事でのことで、事情を詳しく聞くこともなく、

やり過ごしたものだ。

 

ときは、40年流れ世間的に僕も名が知られる

ようになって、いつか、その子に会える日が楽しみ

だったが、近場に住んでいることは噂では

 

聞いているが、全く所在は知ることができないでいた。

数年前に、友達のひとりから涙ながら具体的に

告白したのだ。

 

これで、すべてのことが氷解した。

 

その子が、近場にいるはずだが、忽然と一切の

連絡をたってしまった理由が分かったからだ。

もし、僕に会えばことの経緯が分かり、僕を

 

巻き込むことになることをその子は最も

恐れたから、連絡を絶ったのだ。

もちろん、その後の同級生の集まりにも

 

姿を現わすことはなかったようだ。

若い頃に、もし、このことを知ったら

きっと僕は激昂して、さすが刃傷沙汰までも

 

ならないとしても、、僕の名前を使って、

友達がその子を呼び出し、暴行し、

その後も僕との交遊を続けた友の

裏切りに、怒り心頭であった。

 

だけど、よくよく考えて見ると、

この被害者は、僕ではなく彼女自身だ。

僕は、単に呼び出しに名前を使われただけだ。

 

それと、もし当時の若い僕が、このことを

知るとなったときに、単純な僕は、友と険悪な

関係になるのは間違いない。

 

そういうことをも考えて彼女は、忽然と姿を

消し去って、今日に至ったということを

わかった。

 

彼女の思いやりの美しい所作に、

涙もろい僕は酒の涙でボロボロとなった。

 

僕達の幼恋は、僕の最も親しい親友に

無残にも毒牙にかけられ、その事実を

40年後に知り、怨み怒り心頭になったが、

 

本当の被害者は僕ではなく彼女で、

また、友人も罪を悔み背負い生き続けて

いく、被害者の一人であるかも知れない。

 

罪を憎み人を憎まずということは、

そういうことなのかも知れない。