私の家はそれなりに礼儀にはうるさい、ということが分かった。
当たり前だが、他人の家の環境を聞くことはあっても、体感することは難しい。
礼儀にうるさい家に育ったから、他人も同じようなことを言われて育っているものだと思っていた。
でも、それが崩されたのは大学1年生の時。
大学に入るまではギブアンドテイクチックなことはそんなに体験していないし、たいして礼儀なんて気にしなくても過ごせた。むしろ、しっかりと礼儀を気にした人はいるのか、という話しである。ただ、挨拶といった類は「学校もうるさかったせいで」周りも当たり前のようにはやっていた。
大学に入って驚いたことは、挨拶やら感謝が言えていないということである。これは一種の恥ずかしさからくるものだと自分自身に当初は言い聞かせていたが、実際はそうではなかった。
礼儀を気にする私なので、礼儀が出来ない人は基本的に仲良くなろうともしない。悪い癖と言うのは容易に移るし、きちんとした所で過ごしたいという思いが今もある。
実際にどういう場面でこの人はダメだと感じたかと言うと、例えば「プレゼント」である。プレゼントを頂いたらそれなりのお返しをするというのは、私にとっては当たり前である。誕生日プレゼントを頂いたら、その人の誕生日にもプレゼントを差し上げる、これが普通である。だけど出来ていない。
ゆとり世代だから、という理由で済ませたいがこれで済ませたら、彼ら・彼女らの子どもも同じように「無知」な人となる。
まだまだある。サークルで旅行に行くとなった時に、1人の学生が行けなくなった。行く寸前でのキャンセルである。LINEのグループを作っていて、普通であればLINEのグループトーク以外にも旅行計画を立ててくれた一人一人に申し訳を述べる。だけどそれが出来ていない。
実際に彼女がした行為と言えばグループトークで「忙しくなったので抜けます!」だけであった。もう耐えられない、自分とのある次元での差が歴然となった瞬間であった。挙げれば枚挙にいとまがないが、そういう団体なりに所属をしている私も私である。
昨日の自分と今日の自分は変わらないといけない、ということを多くの本が述べている通り、いつまでも「レベルが低いと痛感している」団体には属してはいけない。さっさと身支度を済ませて出発をする準備をしなければ。
私が以前に付き合っていた彼女は素晴らしいほど礼儀がしっかりとしていた。
プレゼントは必ずお返しをするし、いつもいつも感謝を述べてくださったし・・。私も彼女と同じような環境に過ごしていたのでとても付き合いやすかった。彼女と別れてから同水準の人を探す旅に出かけている。見つかると信じて。。