皆さま、こんにちは。
引きこもり生活中、新聞を見ながら思いつくいたことを・・。
このコロナ禍の中、実施することについていろいろと話題になっていました大学入学共通テストが、無事に(!?)終わったようですね!
※1月16日(土)・17日(日)に続いて、1月30日(土)・31日(日)の2回目もあり、さらに2週間後の2月13日(土)・14日(日)の特例追試験もありますので、「終わった」と言うのは“正確(適切)では”ありませんが・・。
パラパラっと、全体を見渡しまして──。
社会科(地歴公民)が面白いですね!
いやっ!
「面白い」と言うよりも、私、社会科(地歴公民)には、“何とも複雑な”思い出があるのです。
まあ、このくそ爺は、はるか昔の共通一次試験世代なんですが・・。
記憶を甦らせれば、‘うん’十年以上前の18歳の冬、共通一次試験に遅刻して行った大馬鹿者が、この私なのです。
前の日に「下見をしておけば良かった」のです。でも、遊んでしまいました。市バスに乗って行くのを、甘く見ていました。市バス1本で行けるので、簡単に考えていました。他の路線には乗りなれていたので・・。
試験会場のA大学があんなに広いとは思っていませんでした。同じ京都市内のB大学やC大学には、クラブ活動の練習会や記録会で行っていたので、“大丈夫だろう”とたかをくくっていたんです。でも、当日、構内で迷ってしまいました。
大学入学共通テストと共通一次試験とでは、ずいぶん様子が違うので、比べるのは違うかも知れませんが・・。
はじめ(1教科目)は、社会科だったのですが、半分(1教科=日本史)しかできませんでした。共通一次試験は、「5教科7科目1,000点」だったですが、私、個人的に「5教科6科目900点」で勝負してしまったのです。
一部の友だちには知れてしまいましたが、担任の先生には“適当な自己採点の報告”で誤魔化して──。
結局、親や学校には、ばれなかったのが幸いでした。
今となっては「時効」で、懐かしい思い出ですが・・。
そんな訳で、‘この’試験の社会科(地歴公民)には《特別な思い入れ》があるんです。
そして、今の社会科(地歴公民)は、とっても「面白い」ですね!
何故って、知ってるだけでは解けないですから!
巷で話題になっていたのは、地理Bです。
大問5では、京都府宮津市が出題されていました。
おおっ、地元・京都府やんか!──だけてはありません。
様々な地点から「天橋立を写真撮影」した設定で、地点A(北側)から撮影した写真を4枚の中から選ばせると言う問題でした。
これは──。
今月9日に放送された『ブラタモリ♯172天橋立〜なぜ人々は天橋立を目指す〜』が、ドンピシャだったのです。
※全国的かどうかは知りませんが、昨夜も再放送されていました。
しかも、番組中で「北側から見た天橋立の景色」が、‘そのまんま’映ってましたよね。
これって、的中なの?
「テレビは、見ておくべきですね!」
──と、テレビっ子(爺)は、思いました。
それから、大問3では、「アメリカ合衆国」がテーマで、しかも「大統領選挙」が出題されていました。
「面白い」ねえ!
昔と違って、「地名や知識を問う問題が減りました」ね!
テレビやインターネットなど、必要な様々な情報を、(主体的に)考えながら得ることが、大切になってきそうな・・。
↑本邦の場合、アメリカ大統領選挙については、地上波でさえ、トランプ信者によりフェイクニュースが垂れ流されていたようなので、しっかり真実を見極めることが大切ですね。
それよりも──。
もっと“度肝を抜かれた”のは、世界史Bでした。
大問1で、いきなり!
「『史記』に見える始皇帝死亡時の逸話」と「近年発見された竹簡にある全く異なる逸話」が紹介されていました。
そして、「『史記』は正史の祖とされるものの、そこに記された内容が全て紛れもない事実だったとは限らない」と来ましたから、もう“感動”でした。
ねえっ、私も、このブログよく言ってますよね(?)。
『日本書紀』に書かれていることは、事実とは限らないって・・。
そして、まだまだ「新しい発見(発掘)によって歴史は変わる」って!
それと──(オマケの話)。
私、基本的には「アンチ·司馬遼太郎史観」ですが、司馬遼太郎を読まない訳ではありません。
『項羽と劉邦』と『尻啖え孫市』、『峠』は、何回も読んでます──次の場面、次の台詞が思い浮かぶくらいに──。
私が、もし受験生で、世界史Bを選択していたら、「よっしゃー!」、「『項羽と劉邦』おおきに!」と、微笑んでいたかも・・。
すみません。横道に逸れ・・。
そして、大問3では、ジョヴァンニ・ボッカチオの『デカメロン』からの出題でした。
14世紀、ペストが猛威をふるっていた頃のフィレンツェが舞台ですよね。
「新型コロナウイルス(COVID-19)に関心を持て!──そして、パンデミックに対しては「歴史」から学べ!」と言うメッセージか!
──と思っていたら。
ジョージ・オーウェルの『1984年』からの出題。
主人公が「歴史記録を改ざんする仕事」をするあらすじが紹介されました。そして「歴史資料の改ざんは実際に行われたのか」との生徒役の質問へと続き・・。
さらに、18世紀の中国で、大規模な図書資料の改ざんが組織的に行われ、影響を与えたことが、先生役から説明され・・。
資料の改ざん。
歴史修正。
公文書の管理。
国家と官僚のあり方。
「それって、今、この国で起こった(起こっている)出来事ちゃうん?
そう言うことに、関心を持てよ!」
──と言う強いメッセージを感じたのは、私だけでしょうか?
「もり・かけ・さくら・・・・」
またまた、横道に逸れ・・。
改めて「歴史研究における資料の価値」について考えながら・・。
「知識だけでは解けない、資料を多用した思考力を問う問題」だなあと強く感じました。
そして、こんな問題に挑戦できる今の若者たち、幸せだなあ──と羨ましく思いました。
とりとめのない話ばかりですみません。
いつものことですが・・。
今日は、写真なしで終わります。